第51話 魔法学園への誘い

 アーネンさんは現在実施中の授業を緊急中断し、更に本日受け持つ予定の授業スケジュールを全て自習に変更するという暴挙に出た。

 ……そう、その原因は僕がこの学園に訪ねたからだ。

 アーネンさんに腕を組まれて、なかば強制的に連行されている。

 すれ違う生徒達は不思議そうにその光景を見ていた。


 クーヤの話ではアーネンさんは教師陣の中でも古株な上、ハイメス国”四賢者”に数えられる程の実力者で、国内でも王族に次ぐ強力な権限を保有する人物らしい。

 その為、この程度の自由奔放な振舞いは笑顔で受領されるという。

 気の毒なのは授業を反故ほごにされた学生達だろう……本当に申し訳ない。


 その後僕達は、アーネンさんの個人研究室に案内された。

 アーネンさんは終始笑顔で未知の生物を観察するように様々な角度から僕を見定める。

 うーん、なんだか非常に居心地が悪い。

 クーヤも用意した紅茶を飲みながらむくれたような表情を浮かべ、母親の奇行とも呼べる言動を無言で眺めていた。

 クーヤの家でも飲んだけれど、この国の紅茶はとても美味しく不思議と心が落ち着く。

 まるで魔力マナの自然回復をうながしてくれているような感覚だ。


 ふいにアーネンさんがクーヤの方を向き、悪戯っぽい笑顔を浮かべ「もしかして、クーちゃんの彼氏さんかしら?」と問いかけた。

 その瞬間、クーヤは紅茶を盛大に吹き出し研究室の床にぶちまけた。


「ケホッ!ゲホッ!何を…突然言い出すのですか」


「あら違うのね、残念。ねぇラルク君、ちょっと測定してみよっか!」


 そう言うとアーネンさんは魔力マナを測定する魔導具を僕の前に置いた。

 またこれか……この魔導具は今までに累計3個ほど破壊した経歴がある。

 決して安い物では無い事を知っているが故に、結果が分かっている事象を前に躊躇ちゅうちょしてしまう。


「あの、実は……」


 僕は2人に魔力マナ測定時に起きた器物破損事件を話した。

 しかし、その反応は意外なものだった。

 2人は目を輝かせて「是非に見たい!!」と詰め寄って来た。

 その表情は本当にそっくりで、まるで親子と言うより一卵性の双子のように見えた。


 彼女は先程の物とは別の真新しい魔導具を棚から取り出し僕の前へと置いた。

 見た目が少し変わっていて、最新式のような真新しさを感じる。

 僕は気乗りしないまま、しぶしぶ魔導具に両手を触れた。


 ―――ビシッ!!


 一瞬、輝いたと思った時には、すでに幾つかの欠片に砕け完全に壊れていた。

 当然2人はその事実を目にして、結果を伝えていたにも関わらず唖然としていた。

 アーネンさんは「ちょ、ちょっと待ってね!」と言い、最初に持って来ていた古い型の魔導具を再度持って来た。


「クーちゃん、お願い」


 そう言われ、クーヤは魔導具に両手を置いた。

 黒水晶が魔力マナに反応して発光する。

 そして濃い黄色の輝きを放った。


 続いてアーネンさんが触れると、部屋全体を照らす程の激しく白い光を発した。

 手を離し、改めて魔導具を僕に差し出した。


 ……僕は溜息をついて、再度両手を添えた。

 結果は同じ、むしろ今度は黒水晶が砂のように細かく粉々になった。


「凄い……古い型じゃ原型すら残らないなんて」


 クーヤとアーネンさんは砂粒のようになった黒曜石を手ですくい、驚きと喜びの混ざった表情を浮かべていた。

 壊れた2台の魔導具の金額を気にするのは商売人としての原価意識から来ているのだろうか。

 流石に弁償しろとか言われないよな。


「本物ね、私の目は確かだったわ!」


 アーネンさんは僕の両手をグッと掴み、「私の元で魔法スペルを学びなさい!」と叫んだ。

 僕は突然の申し出に驚き戸惑った。

 嬉しい申し出ではあるけれど、僕には魔法スペルを扱う才能が無い。

 単純に魔力マナ蓄積量が多いだけなのだ。

 その事を説明すると、予想だにしない意外な答えが返ってきた。


「ラルク君は才能が無い訳じゃ無いと思うの。あなたは何か特殊な結界のようなモノが作用して魔力マナの出力を制御されている感じがする……特殊才能ギフトの影響かしら?」


 アーネンさんは小声でブツブツと独り言を呟きながら、僕の肩に手を添える。


「私はその人の得意、不得意な属性を見抜く特殊技能スキル属性看破クレアボヤンス】を持っているの。貴方は膨大な魔力マナと6属性全ての魔法スペルを扱える才能があるわ、これは確率的に1000年に1人生まれるかどうか…まさに奇跡と言ってもいい。」


 魔法スペルの6属性とは――

 炎・水・風・土・光・闇の6種類に分類される。

 通常得意な属性が1つあり、上位魔法ハイスペルを習得できる。

 そして、さらにもう1~2属性扱えれば魔術師スペルユーザーになれる条件を満たすことになる。

 僕は上位魔法ハイスペルを使用することができなかったので職業選択肢すらなかった訳だ。


「伝説に残るこの国の王女様は、全属性にくわえ極大攻撃魔法アルティメルスペルを操る 魔術を極める者スペルマスターだったと記録に残っているんだ。君はその素質があると断言しよう!」


 まくし立てるような早さの饒舌じょうぜつさに圧倒され、少し恐怖を覚えた。

 それよりもアーネンさんの言葉に気なる部分があった。


 ”何か特殊な結界のようなモノが作用して魔力マナの出力を制御されている”


 ……と言う部分だ。

 僕は自分の能力を思い返し、心当たりがないか考えてみた。


「破壊神の加護」……未知の部分が多く、1番影響を受けている可能性がある。

「不死状態」……これは生きていると同時に不死種アンデッドの特性も得ている。

「魔族隷属」……不明。

「意思超越」……不明。

「神秘奏者」……不明。


 思い返してみると、自分の事が何一つ分かって無い事に愕然とする。

 実際に特殊才能ギフトの一覧が記された書物をいくつか買って目を通したけれど、類似や該当するモノは無かった。

 ”魔族隷属”はそのままの意味なら、魔族を使役できると取れるけど旅に出てから実感するような事は起きて無い。

 思わず考え込んでしまったが、結論なんて出る訳でも無く…


「母上ラルクが困っておりますので、その辺で諦めてください。私達は禁書庫に用があって来たのです」


「禁書庫? なぜそんな所に興味があるのかしら?」


 僕はアーネンさんにルーン文字の刻まれた武器を見せて、古代ルーン技術に関する書物が禁書庫に保管されている可能性があるとマウリッツさんに聞いたと話した。

 アーネンさんは「……ふむ」っと一言呟いて考え込む。


 クーヤが僕の耳に顔を寄せ「……あれは何かを企んでいる顔だ」と小声で囁いた。

 俯いている表情をそっと覗き見ると、目を見開いて口元を醜く歪ませてニヤついていた。

 こわっ……!

 彼女の表情を見た瞬間、生物的本能が危険を察知して逃げろと信号を送ってきているような気がした。


「フフッ、禁書庫に入れるには条件があります」


 アーネンさんは不意に顔を上げると漆黒の瞳を輝かせて僕を見つめた。

 僕はどんな要求がくるかと身構えた。


「ラルク君、君の人生を1年間売ってくれないか?」


「はぁ!?」「ああっ!?」


 虚を突かれて反応ができない僕の替わりに頭上のスピカと、膝の上のレオニスが起き上がり反応した。

 今まで普通の猫のように大人しくしていて喋らなかった2匹は急に怒ったように頭部の毛を逆立てていた。


「あら? この子達、喋れるの? おやぁ?」


 アーネンさんが頭上のスピカを見て目を細めた。

 僕の頭上に向かってアーネンさんが手を差し伸べた瞬間、「ガブリ」と妙な音が鳴った。


「あらら」


 アーネンさんがその手を引くと、スピカが噛みついた状態でぶら下がっていた。

 しかしアーネンさんは一切動じる事無く、スピカを眺めて微笑んでいた。

 よく見ると彼女の手が青白い光に包まれ、歯の食い込んだ部分の傷が瞬間的に完治していた。

 スピカが歯を食い込ませる度に自動的に傷が癒えているように見えた。


「こら、スピカ! 噛んじゃ駄目だろう! 離れろ!」


「フンス!」


 僕が怒り体を引っ張ると、スピカは不服そうな顔で吐き捨てるように手を履き出した。

 アーネンさんの手はスピカの唾液と血液の混合物で汚れてはいたが、傷は一切ついている様子は無かった。

 彼女は汚れた手を拭きながら興味深そうにスピカを見つめていた。


「この子もすっごく興味深い生物ね。……で、どうする? ラルク君。何も寿命を1年頂戴って訳じゃ無いの、とりあえず1年間だけこの学校に特別入学して私の指導を受けて貰うのが禁書庫を開放する条件って事。もちろん学費や生活費は私が持つわ、いかがかしら?」


 四賢者と呼ばれる人物に魔法スペルを教わる事ができる。

 それって凄く魅力的なお誘いではないだろうか?

 そして1年後に禁書庫にも入れるなら、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。

 僕が前向きに返事をしようとした瞬間、クーヤが立ち上がりさげすむような眼差しでアーネンさんを見つめ、聞いた事の無いような低い声で言葉を発した。


「母上、それは愛人契約ではないですよね?」


 クーヤがとんでもない発言をして、それを聞いたスピカとレオニスの瞳がギラリとアーネンさんを睨んだ。

 自分の母親に向かって何を言ってるんだこのは!?

 いや、確かに見た目はクーヤそっくりで魅力的だけど……。


「愛人契約?……ラルク君はそっちの方が良いのかしら?」


「ええ!? あ、いや、それはちょっと……」


 貴族に愛人や第2、3婦(夫)人がいるのはおかしい事ではない、むしろ一般的と言ってもいい。

 しかし、目の前の自分の娘にそれを指摘されて「それいいかも!」的な表情を浮かべるのは、どうかと思うんだけれど…やはり庶民の僕とは感覚にズレがあるのだろうか。


 即座に完全否定しなかった事で皆の視線が一斉に僕に向いた。

 ……性格はどうかと思うけど、僕はこの人に 魔法スペルを学んでみたい。

 旅を続ける為に、少しでも強くなりたい!そういう想いが強く込み上げてきた。


「……魔法スペルを教えて貰えませんか? 僕は変な体質で魔力マナの扱いが上手くありません。唯一できる事と言ったらルーン文字を刻む才能があるって事だけですが……もし、自分の知らない才能を見出みいだして貰えるのであれば、是非お願いしたいです!」


 僕はアーネンさんに向けて力強く頼んだ。

 その時、アーネンさんの眼鏡が怪しく光ったような気がした。


「俺はあるじに従うけどさ……、良いのか? 先輩」

「……まぁ、しばらくのんびり暮らすのも悪くないかもな」


 スピカは机に飛び乗ると毛繕いをしながら興味無さ気に答える。

 気のせいかも知れないけど、どことなく不機嫌なように見えた。


「任せなさい! 君の類稀たぐいまれなる才能を、この私が開花してあげましょう! フフッ! 早速、入学手続きをしなくっちゃ! 部屋も用意しないとね! 特別待遇で女子寮にしてあげましょうか?」


 アーネンさんは鼻歌交じりにクーヤが良く見せる揶揄からかうような表情で、僕を試すように微笑んだ。

 1年間女子寮で過ごせと言うのは、喜ぶ男と罰ゲームに感じる男と2種類に分かれると思う。

 僕は完全に後者の方だ。

 変に自分の視線のやり場を意識したり、常に監視されてヒソヒソと噂話が聞こえてくるようで、気になって夜も寝れなくなりそう。


「いえ、普通の学生待遇でお願いします」


 こうして僕はアーネンさんの教員権限を最大活用した特別措置により、魔法学園スペルアカデミーに特別生待遇で中途入学が決定した。

 何故かクーヤもしばらくココに残ると言うと、アーネンさんが実践実技の非常勤講師という形で無理矢理ねじ込んでいた。

 もはや権力の私的乱用なのではないだろうかと感じ始めた。


 僕の部屋は男子寮の管理人室の横の空き部屋を借りる事となり、当然2匹の猫も同室で暮らす事になった。

 そして、ハイメス国魔法学園スペルアカデミー、高等部ハイレベル魔法スペル学科2年生として中途入学が決定した。

 アーネンさんの案内で校長と教頭、そして教員と職員の紹介をしてもらい、その後軽く学園内の案内を受けた。


 人生2度目の学生生活……魔法スペルを学べるのは楽しみだけれど、はっきり言って他国での学生生活というのは不安でしかない。

 他の生徒は、ほぼ全員が貴族階級で卒業後すぐにハイメス国魔法師団に入団できる実力を約束されている有能な生徒達らしい。

 初級の魔法スペルしか使えない僕が、輪の中に入れるのだろうか?

 完全無視や陰湿な嫌がらせとかされるんじゃ……

 ああ、想像するだけで怖い。



 ――そして、入学手続きから2日が経った。

 教科書や制服も届き、授業を受けれる準備が全て整った。


「では朝礼を始めます。……っとその前に、皆も噂を耳にしていると思うけど、今日から皆の仲間となる特別入学生を紹介します。クーちゃん、ラルク君入って来てね」


 廊下でドキドキしながら待っていた僕は緊張がピークへと達していた。

「さっ、行こう!」っとクーヤが僕の背中を軽く押してくる。

 僕は深い深呼吸をして息を整え、教室への扉を開いた。

 教卓にはアーネン先生が立ち、観客席のような造りの広い教室には50名くらいの生徒が座っていた。

 僕の横を2匹の黒猫が歩いているのを見て、女子生徒が反応し小声で話始めた。

 後方を歩くクーヤの姿を見た男子生徒も「おおっ!」と騒めき立つ。


「はいはい、静かに! では、自己紹介をしてもらおうかしら」


 僕とクーヤは黒板に自身の名前を書いていく。

 チョークを持ったのって何年振りだろうか?また持つ機会が来ようとは思わなかった。


「えーっと、1年間臨時入学をするラルクと言います。はっきり言って魔法スペルの扱いが得意ではありません。ゼロから学ぶつもりで頑張ります、よろしくお願いします」


 なるべく自分のハードルを下げる為に考えた自己紹介を行った。

 消極的と思われたとしても良い、目立たないように無難に生活をしよう。

 続いてクーヤが自己紹介を始めた。


「私は13歳の時にこの学園を卒業したクーヤ・イジ・ユーインです。家名で分かるように、アーネン先生の娘にあたります。おもに戦闘面の実践実技の非常勤講師として働かせて貰います、よろしく!」


 その後、アーネン先生がスピカとレオニスにも自己紹介を促し、「めんどうだな」と言いながら2匹が自己紹介を始めた。


「俺様はラルクの保護者のスピカだ!」

「俺はレオニス! あるじの守護者だ」


 2匹の黒猫が喋って自己紹介をした瞬間、教室全体が大騒ぎとなった。

 女子生徒は「キャー! キャー!」と嬉しそうに叫び、男子生徒も「すげぇ! 喋る猫だ!」と立ち上がって驚く。

 ……やはりこの国でも、喋る黒猫は珍しいらしい。


「はいはい、静かに! 取り敢えず着席して。簡単に説明するわね、娘のクーちゃんは知っている子もいると思うけど”S+級冒険者”の資格を有している自慢の娘よ。こちらのラルク君は私の見立てでは全属性の魔法スペルを操れる才能を持っているわ!本当に凄い子なのよ」


 アーネン先生が補足説明をした瞬間、驚きの声が上がった。

「はいはい、驚くのは早い!」と言い、教卓の下から魔力マナ測定の魔導具を取り出した。

 ええっ!?ここでをやるの!?


「アルフィオ君、ちょっと前に来てくれる?」


「……はい!」


 綺麗な顔立ちの長髪男子が呼ばれて教卓へと降りて来た。

 如何いかにも優等生といった雰囲気の男子生徒はアーネン先生の指示を受け魔導具に触れた。

 黒水晶は濃い緑色に染まり、「さすが!」とか「すげぇ」と生徒から声が上がった。

 たぶん、この男子が生徒全体の基準なんだろう。


 その後、クーヤも触れて昨日同様に濃い黄色に輝き生徒達が沸き立った。

 数日前の繰り返しのように次にアーネン先生が触れ、強く白い輝きを放ち生徒から歓声が上がった。


「さて、今日は世の中には上には上がいるという事象を皆さんにお見せします。さ、ラルク君、お願い」


「…わかりました」


 もう完全に見世物にされているような気がする。

 この一連の流れを見て、何故か緊張が一切無くなっていた事に気付いた。

 僕は小さな溜息をついて魔導具に触れた。


 ――ビシッ!


 結果は予想通り、魔導具の測定量をオーバーし完全に砕けて壊れてしまった。

 その光景を見た生徒一同は声を発するのを止め、時間が静止したかのように教室全体を静寂が包んだ。

 えー、この静寂はドンきされているんじゃないだろうか。


「ラルク君は先生よりも凄い魔力マナ総量を保有しているの! 勿体無い事に今まで魔法スペルの教育をほとんど受けて無いみたい。だから先生が弟子として教育するから、皆も仲良くしてあげてね!」


 生徒達から「ハ、ハーイ!」と小さく返事があり、パラパラと浅い拍手が教室に広がった。

 僕と比較された優秀そうな男子生徒も、僕を睨んでいるように見えた。


 最初は盛り上がった朝礼は最後はしんみりとした雰囲気となり、その責任が自分だという事を自覚して頭を抱える。


 このクラスで1年間……か。

 僕は入学初日から大きな不安を抱え、挫けそうになりながら強く生きようと誓った。

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