第36話 2匹目の黒猫

◇◇◇◇◇◆



「ただいま!」


 僕が帰還するとサタ・ナとレ・ヴィが焦った様子で駆け寄って来た。

 勝手に出かけた事を怒っているのだろう。

 どうせこの体は本体じゃないのだから死んだりしないのを知ってるくせに。

「そういう問題ではありません!」と言うのは容易に想像がつくけどね。


 いつもなら”お小言”を言われるのは気分が悪いけど、今日は特に気分が良い。

 何故かと言うと、約12年ぶりに愛しのラルクに出会えたのだから!

 話す事はできなかったけど、彼は昔の幼かった面影を残しながらも大人の体に成長していた。

 いやぁ、嬉しいな♪もう目が覚めたかな?さっきから彼の事ばかり考えている。

 それにしても自然と頬が緩むなぁ、これが恋なのかな?なんか恥ずかしいなぁ……エヘヘ。


 今でも鮮明に覚えている。

 結婚しようと約束したあの日の事を……。

 その時の彼の記憶は僕が消したのだけれど、魂の繋がりは決して切れる事無く続いている。

 僕があの時した約束を果たした時に、彼を必ず迎えに行くんだ。

 それとも、適当な理由をつけてアル・ゼに連れて来てもらおうかな。


「レイス様!」「レイス様!」


 ニヤニヤと思い出し笑いをしていると、2人の宰相から定例のお小言が始まった。

 しかし僕の頭の中はラルクの事で一杯で、彼女達の言葉は右耳から入り左耳から出ていく。


「ほら、しょうがないじゃない。ラルクが初めて”神だ頼み”をしてくれたんだよ?加護を与えている以上、応えない訳にはいかないじゃん!お仕事だよ」


 僕の言葉を聞いてサタ・ナは大きな溜息をついた。

 ……その態度はアビス国王女兼破壊神様に対して失礼じゃない?


「そういう問題ではありません!」


 はい!サタ・ナさんアウト!それはNGワードです。

 レ・ヴィは「加護を与えた者のピンチならしかたがないかも知れませんね」と、わりと僕に賛同の意を示してくれている。

 やっぱりレ・ヴィは話が分かるね、サタ・ナは短気で頭が硬いんだよな~まったく。


「あ、でも自分だけ彼氏がいるとかムカツくので駄目です」


 ……ああ、レヴィは嫉妬深いんだった。

 そこから小一時間、「国の在り方」とか「正しい外交と外出」とかのお説教は続いた。

 しかし僕の頬は終始緩みっぱなしで、ノーダメージなのを悟った2人は諦めて自分の職務へと帰っていった。

 僕は自室に籠り、ベッドにダイヴする。

 大き目の枕を抱きしめながら、今日の事を思い出しフワフワとした余韻に浸っていた。


「ラルク……また逢いたいな」




◇◇◇◇◆◇



 レイス様が来られたのは正直驚きだった。

 彼女はアビス国の最深部、99階層に常に座しておられる。

 外に出るなんて何年ぶりだったのだろうか。


 俺様は腕の中で眠るラルクに目をやった。

 安らかな寝顔をしやがって、たった今ここに破壊神レイス様がいたんだぜ?

 すぐにでも起こして教えてやりたいが、それは硬く禁じられているため話す事はできない。

 それよりも……


 俺様は目の前で喜んでいる魔人バカを睨み付ける。

 こいつ俺様が回避する事を見越して後方のラルクの右足を捥ぎやがった。

 ラルクが”不死”じゃなかったら出血多量で死んでいたかも知れない。

 俺様の垂れ流している殺気に気付いたのか、部下と話していた魔人バカが近付いて来た。


「少年の足は治ったようですね、先輩♪」


「何が先輩だ、煽ってんのか?」


 俺様の今も増大する苛立ちと殺気に、魔人バカの部下がジリジリと後ずさる。

 怒りにまかせて全員喰らってやろうかと真剣に考えていた。

 ラルクを傷付けレイス様を煩わせた挙句、俺様の評価を地の底まで落したんだ。

 こいつらごときが全てを失ったとしてもお釣りがくるだろうぜ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。先輩も聞いてたろ?俺はもうアビス国に戻る事になったんだ」


「……だから何だよ?俺様には関係の無い話だ」


 俺様が魔人バカの言葉を冷たく切り捨てると、何を思ったか魔人バカは「そうでもないんだな」と威張ったように胸を張る。

 魔人バカがどういう心境か全く理解できない。

 お前が元の鞘に戻る事など、どう考えても俺様には無関係だろうが。


「俺がレイス様に与えられた仕事は……ラルク様の警護。まぁ先輩の補佐って所なんですよ!」


「はぁ!?」


 冗談だろう?

 こんなトラブルメーカーの原子みたいな魔人バカが俺様の補佐だと?

 驚きよりも、こんな魔人バカを補佐につけないといけない程に頼りないと思われたのだろうか?という疑念が生まれた。

 確かに今回は俺様の失態でラルクの命を危機的状況に追い込んでしまったかも知れない。

 しかしその事で、この身勝手で傲慢な魔人バカの面倒を見ろと言うのか。

 そんなに俺様は信用を落としてしまったのだろうか?

 俺様は久々に悩み、頭を抱えてしまった。


 ふと、レイス様と魔人バカの会話を思い出す。

 そう言えば、軍規が堅苦しいから自由に動けるポジションが良いとか何とか我侭わがままをほざいていたな。

 そうか、それで俺様の補佐って訳か……

 釈然としないが破壊神レイス様がそう決めたのであれば従う他無い。

 決してレイス様に見限られた訳じゃないと思いたい。


「――って訳で、よろしくな! せ・ん・ぱ・い♪」


 俺の悩みを知らない魔人バカは、空気を読まずに俺様の肩を揉んできた。

 これはレイス様が俺様の失態に課した罰だと思い、素直に受け入れよう。

 ……そして、いざとなったら、この魔人バカ肉壁として消費しよう。

 俺様は苛立つ気持ちをグッと堪え、ラルクを抱えて借家へと戻る事にした。

 道中この魔人バカには色々と制約を教え込まなければならない。

 ああ、もう面倒極まりない……最悪だ。



◆◇◇◇◇◇



 目を覚ますと借家の寝袋の中だった。

 すぐ横でネイが僕の右手を握りながら寝息を立てていてギョっとする。

 どういう状況だ!?

 ……僕は、何をしてたんだっけ?


 僕は必死に忘れている事を思い出そうと記憶の糸をたどる。

 少しずつ忘れていた記憶が蘇ってきた。

 えーと、夜中にネイに告白しようとした時に樹海で爆発が起きた。

 その後、変な女と男に拉致されて、黒髪の少女が現れて……


 ――右足を失った。


 僕は焦りながら思わず自分の右足を確認した。

 ……有る!

 ごく自然に右足も左足もちゃんと付いている。

 どこにも怪我は無いし、他所もすこぶる健康で異常は見受けられない。


 えっ?夢?

 ……だったのか?


 あの右足を失った衝撃的な光景と、今までに感じた中でも最大級の激痛を鮮明に覚えている。

 肉が抉れて骨が剥き出しになり、止まらない大量の出血が地面の雪を色鮮やかな花畑のように赤く染め上げていた。

 しかし、怪我をした形跡はない。

 僕は現実と非現実の狭間で混乱していた。


「……ラルク。おはよう」


 不意に声の方向に目をやると、まぶたを擦っているネイが体を起こしていた。

 どうやらネイが目を覚ましたようだ。

 心配そうな表情のネイの瞳は少し充血しているように見えた。


「あ、うん。おはようございます」


 お互い見つめ合う状況になる。

 僕は独りベランダでの事を思い出してドキドキとしてしまった。

 今、部屋にはネイと2人っきり……

 これは昨日出来なかった告白のチャンスじゃないか?

 そう思った時に不意に頭上に何かが飛び乗った重さを感じた。


「おう! 起きたようだな!」


 黒い尻尾が頭上から垂れ下がる。

 ああ、スピカか。

 背後から忍び寄って定位置に乗って来たのか。


「おい! そこは俺様の定位置だ! 降りろ!!」


 !?


 頭上の物体をスピカだと認識した瞬間、目の前にスピカらしき黒猫が現れた。

 目の前の黒猫の首元には、僕があげたガマ口財布をぶら下げている。

 正面にいるのは間違い無くスピカだ。

 じゃ今頭上にいる尻尾の持ち主はいったい……?

 僕が頭の上の物体をそっと掴んで正面に下ろすと、それはスピカと瓜二つの喋る黒猫だった。


「うん? ……どした?」


 黒猫は僕に抱えられながら、クリクリとした黄金色の瞳を見開き不思議そうに首を傾げる。

 僕は思わず2度見した。

 あきらかにスピカが2匹に増えていたのだ。


「ネイ、これは……?」


「……帰ってきたら増えてた」


 ネイは何も不思議じゃない事のように答える。


「……猫は細胞分裂で増えないと思う、いや多分だけど」


 そう言って抱えているスピカ2号を見つめると「おい! 俺は単細胞生物じゃねぇ!」と鋭いツッコミが入った。


「そうだな、ただの単細胞だもんな」


 すかさずスピカ1号が小馬鹿にしたような口調で言葉を返す。


「……お前、先輩だからって容赦しねぇぞ!!」


「そうだな、容赦するのは俺様の方だしな」


 その言葉が開戦の合図となり、2匹の黒猫が取っ組み合いの喧嘩を始めたのでネイと2人で止めた。

 見た目もそうだが性格も似ているのか?

 ソリが合わないのは同族嫌悪的な感じなんだろう。


「俺の名前はレオニスって言うんだ。スピカ先輩の後輩って感じだ!よろしくな!!」


 同種の先輩と後輩の間柄なのか?


「あ、うん。ラルクです。宜しくお願いします」


「……ネイ。宜しく」


 レオニスと名乗った黒猫はスピカと共に僕の世話をするらしい。

 少しだけ言葉選びに納得がいかない。

「僕の世話になる」の間違いじゃ無いだろうか……


 そして僕の頭部にスピカが乗り、左肩にレオニスが乗っかって落ち着く。

 これはもう告白とかっていう状況じゃ無いな……

 僕は思わずため息をついた。


 窓から薄っすらと朝日が射し込み、日が昇った事を僕らに伝える。

 昨日の事をネイに聞いてみると、スピカとレオニスが僕を引きずって戻ってきたらしい。

 僕を誘拐した連中の姿はすでに無く、村の自警団が何人か捜索に向かったとの話だ。

 どこまでが現実で、どこまでが夢だったんだろうか?

 あの黒髪の少女はいったい誰だったんだろうか。

 その時、部屋の扉が開いてシャニカさんとルーティアさんが入って来た。


「ラルク君、意識が戻ったんですね! 良かった心配したんですよ!」


「ル、ルーちゃん!! ススス、スッピーが増えてるノ!!」


 シャニカさんが驚きと喜びが混在したような表情で大袈裟にルーティアさんの服を掴む。

 ルーティアさんも「おや、細胞分裂で増える生物でしたか!」と驚いていた。


「増えたわけじゃねぇ!」

「……先輩、もう増えた事にしよう。」

「やだよっ! 一緒にすんな!」


 ――と言うやりとりが繰り広げられていた。

 まったく朝っぱらから人の体の上で騒がしい。


 その声を聞いて、セロ社長とアネッタさんも部屋に入ってきた。

 2人とも心配してくれて少し恐縮してしまった。

 僕が昨夜の出来事を皆に話すと、セロ社長が「そう言えば……」と部屋の奥から1振りのイシルディンルーンショートソードを持って来た。

 それは、まぎれもなく僕の作った物だった。


「これは僕の……」


「ええ、今朝あの少年が返しに来ました。魔が差してしたけれど、一晩中罪の重さに苛まれて耐えれなくなったと言っていました。本当の悪人では無かったようですね。偉そうな事を言いましたが、私の目もまだまだでした」


 社長は「ははは……」と笑いながら剣を手渡してくれた。

 おかしい、僕の記憶とくい違っている。

 少年は僕をさらった連中に操られて、僕から剣を奪うように洗脳されていた様子だった。

 ますます訳が分からなくなってきた。


「……どうせ寝惚けてたんだろ?」


 そう思っていた矢先、スピカがアクビをしながら軽く言い放つ。

 確かに足の怪我の痕跡も無いし、あの恐ろしい戦闘に巻き込まれてこうして無事でいられる事が不思議でならない。


 "今だ!! ラルク走れ!!"


 そう言った少女は声質も相まってスピカとダブったように見えた。

 あれも……夢なのかな。


「幻術みたいなモノを掛けられたんじゃないでしょうか。かなり凄腕だったので上位魔法ハイスペルが使えたとしても不思議ではありません」


 実際に攻撃を受けたルーティアさんが真剣な表情で語る。

 回復促進の魔法スペルで打撃痕は完全に治っているが、痛みの感覚を思い出すみたいでルーティアさんが胸の辺りを擦っている。


「お前は何嬉しそうにしてんだよ!」


 何故かドヤ顔のレオニスの頭をスピカがペシリと猫パンチで叩く。

 そしてまた猫特有の本気乱闘が始まった。

 そして、僕とシャニカさんは慌てて止めて、事無きをえた。


 少し釈然としないけれど納得する事にした。

 ……しかし、1つだけ気掛りな事が残っている。

 僕が起きた時、綺麗な衣服に着替えさせられていたのだ。

 その事をスピカに聞くと「俺様とねーちゃんで着替えさせたぜ」とあっさりと答える。


 たった今、上下の衣類だけでなく下着までもが新しい物になっている事に気付いた。

 僕が皆の方を見ると、ルーティアさん達が一斉に顔を背け少しだけ頬を赤くしていた。

 何故か社長すらも俯き目を逸らす。


 ……え!?


 何この反応。


「雪の中に倒れてて、それを引きずってきたからな。……極小サイズにムググッ!」


 スピカを抱えていたネイが咄嗟に口を塞ぐ。

 ご、極小サイズ……?


「まぁ……なんだ、寒いと縮むのは自然な事だからな。気にすんなって!」


 レオニスの一言で猫達が何の話をしているか察してしまった。

 僕は思わずネイの方に視線を向ける。

 彼女は無表情で目を逸らし、ジタバタと暴れるスピカの口を塞いでいる。

 まさか……まさか……


「……ネイも見たの?」


 僕は敢えて主語を濁してネイに問い掛けてみた。

「下着を着替えさせた」「極小サイズ」「寒いと縮む」、この言葉の意味から導き出される答えは1つしか思い浮かばなかった。


「……子猫みたいで可愛かった」


 ほんの少しだけ頬を桃色に染めたネイがボソリとそう答えた。

 彼女の一言がトドメとなり、僕はその日寝袋に入って寝込む事となった。

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