第11話 天賦の才

翌朝決められた時間を1秒たりとも裏切る事無く目覚まし時計が鳴り響く。

 鋭く尖った空気の振動が鼓膜を通して脳に直接ダメージを与える。

 優しくかつ繊細に起こしてくれる目覚まし時計は、この世に存在しないのだろうか?


 重いまぶたを無理矢理こすり、ベッドの上で背筋を伸ばす。

 今日は研修初日だ、そう思うと少しだけ気分が高揚する。


 着替えて食堂に行くと同僚の皆は既に朝食を食べていた。

 口々に「おはよう!」「おはようございます」と挨拶を交わし簡単に朝食を済ます。


 ――午前8時


 就業の時刻となり、各部門に分かれて朝礼が行われる。

 各部門長が従業員を集め、僕ら研修生の紹介が行われた。

 ルーン部門の従業員は総勢8名とかなり少ない様子だった。


「えーっと、本日より約5日間セロ商会より来られた研修生を紹介する! では皆、自己紹介をしてもらえるかな?」


 リアナ先輩とカルディナ先輩と横並びに整列し、工房で働く人々の前で自己紹介をする。

 やはりこういう場はどうしても緊張してしまう。


「えっと、ラルクと言います。どうぞよろしくお願いします!」

「リアナです、よろしくお願いしま~す!」

「カルディナと申します。以後お見知りおきを」


 簡単な挨拶を済ませ、僕達は深々と頭を下げる。

 周囲から拍手を受け、教育担当となる人物が前に出る。


「彼が君達の教育担当を務めるだ」

「ん?」「ん?」「ん?」


 僕達は思わず目を丸くする。

 部門長が部下を「様」付けで呼んだ事で僕達は思わず耳を疑った。


 聞き間違い?

 ……様?

 レウケ様……?


「ああ、きちんと説明しないとな。レウケ様はこの国の第3王子なのだ」


「な、なるほど」

「ええええっ王子様!?」

「……玉の輿チャンス」 ボソッ


 王族が部下なのか、驚き過ぎて少し動揺してしまった。

 ……あと、カルディナ先輩の心の声がダダ洩れです。

 何故この国の第3王子が街の工房で働いているんだ?


「何故この国の第3王子が街の工房で働いているんだ?と言う顔をしてるので答えよう。……ずばり趣味だ」


 まるで僕達の心を読んだようにレウケ様が理由を語った。

 悪びれた様子も無く"趣味"と答えるのは、ある意味強者の貫禄が為せる技なのだろうか。


 シ――ン


 一瞬室内を沈黙が包む。


 工房での仕事を趣味だと言う。

 この場にいる全ての人が彼より階級が低い為、ツッコめないでいるようだ。


「……まぁ良い。ラルク! リアナ! カルディナ! が半人前程度にはしてやるぞ!」


 王族と喋るのも初めてだけれど、一人称を「」という人物がいる事に驚いた。

 最上級に高貴な家柄では、それが普通なのだろうか?

 無礼を働いたら投獄とか強制送還されたりするんじゃ……・。


「よ、よろしくお願いします」

「……お願いします」

「よろしくお願いします!!」


 返事の力強さから、カルディナ先輩のやる気のボルテージが急上昇しているのを感じる。


 慌ただしく朝礼が終わり、僕達は別室に通される。

 その部屋は刃毀はこぼれしたようなロングソードが100本以上無造作に置いて有り、机とイスが壁際に幾つか設置してある以外は何も置いてない殺風景な部屋だった。

 その部屋には大き目のアナログ時計が壁に掛けてあり、窓が無い為か防音性に優れているように感じた。


「ずいぶん殺風景だね。もしかして倉庫?」

「うん、ボロい剣が山ほどありますね」


 僕とリアナ先輩は室内を見渡して素直な感想を言い合う。

 レウケ様は隣の部屋から黒板を持ち込み、昨日渡された冊子に書いてあったルーン技術の基本的な説明を分かり易く、より噛み砕いて説明してくれた。


「今日の目標は1番簡単な文字を1文字刻み込む事を目標とする。コツさえ分かれば確実に出来るはずだ。」


 ルーン文字は基本25文字存在し画数が少なく、図形のような感じに見える。

 画数が多かったり効果が複雑なモノ程、魔力マナの消費量が増えるらしい。


 1番簡単な文字は”イス”と読む1画の文字だ。

 基本効果は”氷属性効果”や”物質を固める”といった物に変化するらしい。

 属性石の合成装備との最たる違いは、ルーン文字合成は複数の属性を付与出来る点だ。


 例えば炎を司る”ケン”と言う文字と反属性を意味する”イス”を同時に刻み込むことが出来る。

 その為、1つの属性しか付与出来ない属性石合成より奥が深いと説明を受ける。


 ボロいロングソードは練習用で、壊れても気にしなくて良いと話していた。

 なるほど、失敗しても損失や廃棄ロスの心配は無いという訳か。

 雑貨屋の息子として育った為か、妙な原価意識やリスクマネジメントを気にしてしまうのは悪い癖だ。


「では、さっそく実践してみようか! 皆それぞれ適当なロングソードを持って来い!」


「はい」「は~い!」「はい!!」


 無造作に積んで有るロングソードはホコリを被っており、鞘から抜くと錆や刃毀れが有る物ばかりだった。

 これは売物にはならないな、ジャンク品か再加工する為の素材って感じだ。

 まぁ失敗したら壊れる事が有るらしいし、練習用にはこれで十分なんだろう。

 僕達は適当な物を選び、レウケ様の元に戻る。


「よし選んだな。まず鞘から出し剣の刃を綺麗に磨け。一応、刃が付いているから手を斬らないように気を付けろ!楽に座ってやるが良い」


「はい。」「は~い!」「はい!!」


 皆で黙々と剣の刃を布巾で磨く。

 錆が落ちる事は無いが、比較的綺麗になったと思う。


「よし! 次に手元の特殊溶剤で"イス"の文字を書いてみろ」


 素材の準備を済ませ、作業場の床に直接腰掛ける。

 まずは濃いオレンジ色の溶液の入ったペンでロングソードに丁寧に文字を書く工程だ。

 ペン先を剣の刃に押し当てると、粘着質な液体がペンの先から少しずつ滲み出る。

 普通のペンと勝手が違うので少し苦戦したけれど、文字として分かる程度には書けたと思う


「よし! ではこれより魔力マナを注入しルーンを刻む工程だ。慣れない内は簡単な文字でも時間が掛かるからな、先にトイレを済ませておけよ」


 熟練者で1文字2時間と書いて有ったな……

 最低でも2時間以上ぶっ続けで魔力マナを注ぐって事は、1度始めたら途中でトイレにも行けない訳だ。


 僕達3人は一応トイレに行く事にした。

 無理矢理にでも出しておかないと数時間が無駄になる可能性があるしね。

 ・

 ・

 ・



「案外楽そうじゃない?」


「そうね、後は数時間魔力マナを注ぐだけだしね」


 リアナ先輩とカルディナ先輩が余裕そうに話す。

 うーん、その数時間が割と曲者かも知れない。

 もし5時間とか6時間掛かったら、自分の集中力が持つかどうか不安だ。


「フフ・・わざと失敗しようかしら。それで手取り足取りた・ま・の・こ・し♪」


 普段、上品な振舞いのカルディナ先輩が恍惚の表情を浮かべ独り言を呟く。

 カルディナ先輩の家は男爵という位の4女と聞いたけど、やはり王族と婚姻を結びたいものなのだろうか。

 平民の僕には階級や身分といった事柄は無縁の話だから良く分からない。


「あんたマジか」


 そして、わりとマジでドン引きするリアナ先輩。


「……カルディナ先輩、欲望が漏れまくってますよ」


 カルディナ先輩にならツッコミを入れても大丈夫だろう。

 少しだけ先輩の本性が伺えたような気がする。


 僕達は集中し易い姿勢でロングソードを両手で持ち魔力マナを込める。

 ちなみに僕は胡坐あぐらの姿勢が一番楽だ。


「よし、ではここからは完全集中だ。魔力マナで剣を包み込むイメージでゆっくりと注ぎ込むんだ」


 よし、集中。


 ――10分経過。

 文字の下の部分が炎で燃えるようにロングソードの刃を溶かして窪む。

 おお!……これが刻むって事か。


 ――20分経過。

 文字の2/3が刻み終える。

 あれ?結構早いぞ?

 1番簡単な文字って言ってたし、初めてでもこんな物か?


 ――30分経った所で、僕の持っていた剣が眩く輝いた。


「うわっ眩し!!」


 何事が起きたのかと部屋に居た全員が驚く。

 部屋の隅で読書をしていたレウケ様が異変に気付き、驚いた表情ですぐに駆け付けて来た。


「おい! ラルク、ちょっと見せて見ろ!!」


 僕はロングソードを持った状態のままレウケ様に見せる。

 彼はマジマジと剣を見定めボソリと呟く。


「……成功している。ラルクお前本当にこれが初めてなのか!?」


「は、はい。初めてです。もちろん……」


 相手の喰いつき具合に焦って、言葉が倒置法になってしまった。


「ええええっ!」

「本当ですの!?」


 それを見た先輩2人も驚いた声を上げる。


 え?成功?

 僕は改めて自分の造った剣の刃を見てみる。

 "イス"の1文字が刃の両面に刻み込まれ、青く輝いていた。


「これで良いんですか? えっと……まだ30分位しか経って無いんですが」


「ああ、正直驚いた。君は天才かも知れない。2人の剣を見てみろ、それが普通の速度だ」


 僕はリアナ先輩とカルディナ先輩の剣を見てみる。

 リアナ先輩は丁度文字の1/3が焼き付き、カルディナ先輩は1/4が焼き付いていた。


「2人共初めてにしてはかなり筋が良いと思うが……君は桁違いだ」


 多分、偶然とか奇跡だと思うけど天才とか大袈裟だな……ハハッ。

 しかし、レウケ様に褒められて嬉しい。


「凄いな! ラルク君。コツとかあるん?」


「本当に凄いわ! あ、そう言えば魔力マナ測定器を壊してましたしね」


 研修前に僕が魔力マナ測定器を壊した事を先輩は知っていたようだ。

 測定器の経年劣化という話で終わったんだけど、スピカは僕の魔力マナ総量がでか過ぎるからだと言っていた。


魔力マナ測定器を壊した……だと?」


 それを聞いたレウケ様は別の部屋から真新しい魔力マナ測定器を持って来た。

 どうやら、この場で測って見せろという事らしい。


 黒水晶玉の嵌め込まれた測定器に両手を翳し、色の変化で魔力マナ総量を調べる魔道具だ。

 黒色→灰色→紫→濃青色→青色→濃緑色→緑色→濃黄色→黄色→白という風に変化する。


 僕が両手を触れて魔力マナを込めると一瞬で白く輝き「ピシッ」と音を立てて中央から割れた。

 やばい、タロス国の備品を壊してしまった。

 故意じゃないんですけど……。


「おおお~! すご! あれって、やっぱ魔道具の故障じゃなかったんだ」


「本当ですね。ラルクさんの魔力マナは桁違いですのね」


「君は一体……測定不能な魔力マナ総量の持ち主なんて聞いた事無い。よし!もう1本行こう!次は"ケン"の文字だ!」


「わ、わかりました」


 僕は2本目のロングソードを適当に選び、先程と同じ様に"ケン"の文字を書き魔力マナを込める。

 ・

 ・

 ・


 ――開始から約50分後。

 リアナ先輩の剣が輝き、部屋が照らされる。


「出来た!! やったね!!」


 彼女が喜びの声を上げると同時に僕とカルディナ先輩の造っていた剣も輝いた。


「出来ましたわ!」


「僕も出来た様です」


 成功したと思われる剣をレウケ様が1本1本、丁寧に確認して行く。

 そして溜息を付いて一呼吸置く。


 ……無言。


「お前達凄いぞ!! こんな宝石の原石は初めてだ!! 特にラルク! お前は天才だ!! あーはっはっはっは!!!」


 隣の工房に響く程の大声でレウケ様が叫び大笑いをする。

 何事かと隣室で作業していた従業員が集まり、しばらくして部門長や工場長までやって来た。


 レウケ様が興奮したまま理由を説明し、僕達が短時間で作成した4本の剣を皆に受け渡す。


「これを今日初めての初心者が作ったのか?」

「これは凄いぞ」

「1時間で2本も造ったヤツがいるらしいぞ」

「マジか!!?」


 皆、僕達の造ったルーンロングソードを回し見して驚いていた。

 従業員の人達の会話内容から1番簡単な文字とはいえ、これだけ短時間で作成できたのは快挙レベルらしい。


「もしかして私達凄いのでしょうか?」


「だね! まぁ、ラルク君程じゃないけどね」


「天才なんて生まれて初めて言われました」


 偶然とは言え、どうやら僕達3人はルーン部門において非凡な才覚が有るらしいとの事だ。

 その後、先輩2人は1文字刻みを1時間で2本目を成功させる。


「よし、じゃ切りが良いから2人は先にランチに行ってこい」


「はい! じゃラルク君、私達先にお昼にいきますね」

「ごめんな、先に行って来るよ」


 僕はレウケ様の指示で次の工程に当たる"2文字刻み"に挑戦し始めたので途中退席が出来ない状態だった。

 結局2人が昼食に行ったのち、2時間掛けて2文字刻みを成功させた。


「ラルク君凄いね!」


「本当ですわ」


 戻ってきた先輩達が出来上がった剣を見て賞賛してくれる。


「ま、まぐれだと思います。では僕も休憩しますね」


 動かずに魔力マナを集中する作業は、動かないが故に肉体的に疲労するのだ。

 一見矛盾しているように思えるが、動かずその場でジッとしているのは結構堪える。


 僕は1人だけ遅れた昼食を取り少し休憩をする。

 約2時間弱の休憩から戻るとリアナ先輩とカルディナ先輩が1文字刻みの3本目を成功させていた。


「教官!私達も次のステップに行けそうじゃないですか?」

「私もコツは分かりました」


「はっはっは! 随分とやる気だな! 宜しい、試してみろ!」


 リアナ先輩とカルディナ先輩も2文字刻みに挑戦させてくれと嘆願し、何故かテンション爆上げのレウケ様はあっさりと了承した。

 そして休憩から戻った僕は3文字刻みに挑戦しろと言われる。

 なんか研修カリキュラムが狂い始めてるんじゃないだろうか……。


 僕と先輩達はカリキュラムを越えた進行速度で次のステップへと進み始めた。

 ・

 ・

 ・


 ――更に3時間後。


 カルディナ先輩が剣を床に落し、よろける。

 それをレウケ様が支え、工房から医務室に運ぶ。


 ……どうやら先輩の魔力マナが尽きたみたいだ。


 カルディナ先輩の造っていた剣は変色し、文字の刻まれた部分から真っ二つに割れていた。

 レウケ様が戻り、剣を確認し僕達に見せる。

 失敗するとこうなって修復不可能になるのか、高価な武具はおいそれとルーンを刻めない訳だ。


 僕の予想通りカルディナ先輩は魔力マナ切れで気絶したとレウケ様が話した。

 心身に別状はなく、医務室で暫く休めば回復するだろうと言っていた。


「わ、私ももう駄目かも。フラフラする」


「無理はするな。初日にしては上出来だ」


 リアナ先輩も剣を放し、魔力マナの注入を止めて作成を諦めた。

 僕は……まだ・全然大丈夫そうなので続けて集中する。


「はぁ~、ラルク君マジで凄いな」


「一応、まだ大丈夫そうです」


 あまり目立ちたくはないのだけど、褒められるのはやはり嬉しいものだ。

 ・

 ・

 ・


 ――そして更に2時間後。


 精神的よりも肉体的に疲れて来た頃に、僕の持っていた剣が輝いた。


「おお~!! 出来た!」


「やった! はぁ~~~~。流石に体が固まった」


 レウケ様が出来上がった剣を念入りに観察する。

 僕は肉体的疲労から床に仰向けに寝そべる。


「お疲れ様~。ラルク君は3文字刻み成功か~!凄いね、さすが天才!」


 リアナ先輩が横に座り頭をポンポンと優しく叩く。

 少し照れ臭い。


揶揄からかわないで下さいよ」


「謙遜するな。君は間違いなく天才だ。……見事に3文字刻み成功だ」


 レウケ様も満気な表情で出来上がった剣を眺めていた。


 3文字刻みが出来るのはB級の魔法術者スペルユーザー以上の魔力マナ保有量が有り、ルーン工房を個人経営出来る資格が取得出来るの位の能力らしい。


 ●本日の成果

 ラルク:1文字刻み2本、2文字刻み1本、3文字刻み1本成功。

 リアナ:1文字刻み3本成功。

 カルディナ:1文字刻み3本成功。


 ……こうして1日目の研修は終了した。

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