27. 討伐訓練(1)

 日も登り切らない早朝、夜の冷たさが残る柵内の広場。

 先のコウレンの宣言が、静かな学院と隣あう山林へと染み込んでいく様子を私たちはただ静かに聞いていた。


「……それでは、本日の訓練についての詳細をタッタからお伝えします!――タッタ、お願いしますね」


 コウレンからの声かけに対し、タッタはひとつ、静かにうなづいた。

 そしてわきけるコウレンと入れ替わるように、彼は私たちの正面で立ち止まった。

 

「――一同、傾注!!!」


 タッタの蛮声が響く。その声で、私も含めた一同が姿勢を正し直す。

 衣擦れや金音、土の上を滑る足の音が一斉に鳴り、瞬く間に規律立った静寂へと消える。

 そして、遠くの葉音が聞こえるほどに静まった様子を確認したタッタは、再びその口を開いた。

  

「……これより、本日の訓練事項を伝達する!!本日の訓練内容は討伐とうばつ訓練、課題は低級魔獣ヘルハウンド六体の討伐!!ヘルハウンドの舌、または尾の持参をもって認定する!!場所はこのさくの外、貴様らの背後にある森林のうち、地図アの十一からキの十八にもうけられた魔術結界内!!制限時間はヒトナナマルマル、十七時の銅鑼どらかねが響くまでだ!!!」


 昨日の夜に見返した地図を思い出しながら、彼の示した範囲をおおよそで把握する。確か、区画の一辺が二〇メートルだから……約二万平方メートル?……うん、けっこう広いってことだけは分かった。


 加えて時間だが、確か前に鳴った鐘は六時を知らせていたはずだ。となると、長ければ十時間を要することになる。

 結構な長丁場に対して若干の不安を抱えつつも、タッタの話を聞き逃さないよう、私は再び耳を傾けた。


「なお、結界内にいるヘルハウンドの頭数については事前共有をしない!!また、魔術結界内への入退場は一度のみだ!!退場した時点でその班の訓練は終了したものとみなす!!加えて、班員のいちじるしい負傷など、喫緊きっきんの事態に至った際には、前日に各班長へ配布した信号とうをもって所在しょざいの伝達をすること!!」


 緊急時以外、途中退場は認められない。となると、食事や休憩、トイレも結界内ですることになるのか……

 

「最後に!!……本日の貴様らは、迷宮探査時における基本装備を初めて身につけたはずだ。戦闘せんとうにかかわらず、あらゆる面で勝手が異なる点は常に意識するように……以上、行動開始!!!!」


 怒号にも似たタッタの号令を合図に、全員が行動を始めた。

 最後に付け加えた一言からタッタなりの配慮と優しさを感じつつ、私もミールらと合流しようと振り返る。

 が、そこにはすでに三人が集まっていた。

 

「おぉ〜、男の子の班は張り切ってるねぇ」

「どーせ魔術を魔物に使えるってワクワクしてるんでしょ」

「男の子だねぇ〜……」

「で……私たちはこれからどうするのよ、アズサ班長?」


 ミールと軽い雑談をしていたエミリが私に話を振ってきた。

 班長なんて普段じゃ言わない言い回しに、からかいながらも鼓舞するような雰囲気を感じつつ、私は返事を返した。


「うん……ひとまずは昨日の夜に言った通りに行こう。まずは状況を見て、第一作戦か第二作戦かを選びたいし……ひとまずは、安全第一で慌てずにいけば、なんとかなると思う」

「そうは言うけれど、本当に上手くいくのかしらね……」

「……エミリに同意、だ。この甲冑かっちゅうの重さ、可動域……しばらくは慣れがいりそうだ」

「あ〜分かる!!籠手こても鍛錬の奴よりも重いから、体力最後まで持つか不安だなぁ……」

「まぁ、体力面は私も不安ではあるけどね……」


 みんなの不安な気持ちも痛いほどに分かる。私としても、本当に魔物を倒せるかなんて半信半疑でしかない。

 低級魔獣のヘルハウンドについても知識では知っている。『迷宮構造学』で暗記させられたからだ。ただ、知識と実物とではあらゆる面で異なる。


 それでも、私たちは奴隷だ。課されたからにはやるしかない。そう言い聞かせながら、私たちは柵の向こうにある森へ向かうため、出入り口へと歩き始めた。



                  ◇



 日ものぼり、木漏こもが差し込みつつも、やや薄暗い森の中。その中をき分けるように黙々と、私たちは縦列じゅうれつ陣形で進んでいた。

 

 甲冑と刀を携えるレイリンを先頭に、回復を担うエミリ、指揮と遠距離攻撃を担う私。そして殿しんがりには、背後からの奇襲を警戒してミールを配している。理論上は前後どちらからでも、前衛を起点とした戦闘陣形に切り替えられる。群れによる面での狩りを行うヘルハウンドを考慮しての陣形だ。

 

 ただし、これはあくまで理論上の話。薄暗い森の中、低木に潜みエミリと私だけを狙うように奇襲をされるリスクは十分にある。そのため、今の私たちは、全員が意識を張り詰め、周囲を警戒しながら歩みを進めていた。が……


「……アズサ、斜め右後ろに――


 背後から囁くように、ミールからの報告が届いた。

 

「――前進止め、全員、その場で警戒けいかい陣!!」


 すぐさま全員が足を止めると同時、レイリン以外が瞬時に向きを変えた。

 東西南北にそれぞれ一人、背中合わせの単純な陣形。時間にしてたった数秒。だが、その数秒で命を落としかねない。だからこそ、わずか数日の付け焼き刃でも、この行動だけは毎晩練習をした。


 低木も生い茂る森の中、来るかもしれない驚異に対し、全員が臨戦りんせん態勢たいせいで構える。

 木々の葉音が、心臓が、私の息すらうるさい。それほどに神経を尖らせるこの瞬間は、あまりにも永遠のように感じられた。

いつだ、いつ来るんだ、どこだ、まだ潜むのか、長い、怖い、早く、早く――


「――グゥルァァァアァァッ!!!!!」

 

――刹那、視界の端、低木から影が襲いかかってきた。


「――敵、ミールッ!!!」

「――ッ!!ォらァッ!!!」


 飛び掛かるヘルハウンドの顎に、腰を落とし、捻りを効かせたミールの右フックがクリーンヒットした。


「――レイリンッ!!!!」

 

 鋼鉄こうてつ籠手こてから放たれた渾身こんしんの一撃を前に、ひるんだ魔獣は宙で身を反射的によじらせる。

 同時、距離を取るために飛ぶように身を引く私とエミリ。その間から、レイリンが身を屈めるように右足を踏み込み――


「――ハァッ!!!!」


地平から伸びた光芒が、ヘルハウンドの胴を二つに切り裂く。

逆袈裟斬りの太刀筋、そのきっさきが止まると同時、二つに分かれた魔獣の亡骸なきがらが地面へとむなしく転がった。


「………追撃、は……無い?ミール、気配する?」

「…………いや、多分ない。何も感じない」

「………戦闘、解除!警戒担当は、わ、私が!他は、一旦……休憩!」


 私の合図と同時、身構えたままの三人が一斉に、脱力するように座り込んだ。

 危機は去ったものの、初めての戦闘、初めての魔物、そして……血溜まりに浮かぶその骸前を前に、私の心臓は今だに早鐘を打ち続けていた。

 一瞬の、命のやり取り。それを前に、座り込むことすら怖いと感じるほどの興奮状態の中に、今の私はいた。

 

「「はぁぁぁぁ〜〜……!!怖、かったぁ〜〜〜……!!」」


 そんな私をよそに、ミールとエミリが声を揃えて声を漏らしていた。


 目前では、ミールが声を震わせながら空を見上げている。足を広げ座り込んでいるが、その表情は高ぶったままのように見えた。

 そして私の右隣では、膝から崩れるようにへたり込みながら、小さく震えているエミリがいた。


「……アズサ、いい、か?」

「んぇ!?え、あ、なに!?」

 

 そんな二人を眺めていた私だったが、唐突なレイリンの声に思わずテンパった声を上げてしまった。

 慌ててレイリンの顔を見れば、彼女も興奮状態の最中なのだろう、肩で息をしながら、するどい眼光でこちらをにらんでいた。


「すまない……一度、兜、だけでも……外しても、良い、か……?」

「え?」


 そういった彼女の顔を改めて見れば、兜と面具の隙間からでも分かるほどに、滝のように汗が流れていた。


「……うん、良いよ。早く脱いで休んで」

「……あり、がとう」


 感謝の言葉を述べると同時、レイリンは座り込んだ。兜の緒を緩め、面具を取り外した彼女の表情は、開放感に満ち溢れつつも、どこか……ごめん、つやめかしすぎる。面妖めんようすぎる。

 いや、だってさぁ……!!汗で濡れてるし頬も赤らんでる褐色美女だそ!?エロいに決まってんだろ……!!!


「……ねぇアズサ、一ついいかしら」


 煩悩ぼんのうの中にいる私を引きずりだすように、エミリが尋ねてきた。

私は意識を目の前に戻しつつ、エミリの方を見て軽くうなずいた。


「この結界に入る前、教えてくれたわよね。ヘルハウンドは群れで行動する。少なくても三匹程度の群れでいる可能性が高い……って」

「……うん、言ったね。だから、基本は隠密おんみつ重視で、第一作戦は私のハクボウによる狙撃そげきを、第二作戦はエミリの極大ハクボウでの全体攻撃を提案した。けど……」

「そう、わ……これってどういうことなのかしら」

「そうなんだよね……ちょっと、考える。待ってて……」


 初めての戦闘で忘れかけていたが、そこが一番不可解だった。

 ヘルハウンド。こいつらは確かに魔獣ではあるが、いわゆる低級魔獣であり単体での脅威きょうい度自体は低い。彼らの強みは討伐隊を見ても怯まない統率力の高さ、そして機動性による面での奇襲攻撃だ。

 それを捨て、単体で攻めるほどの……攻めなければならないほどの理由は……

 

「……考えられるのは二つ。私たち初心者が狩りやすいよう、仲間に気づかないほどに互いに距離があり、群れられないほどの個体数にしている。もう一つは……が存在する……?」

「…………前者であることを祈りたいわね」

「うん……」


 自分もそうであって欲しいとは思う。ただ、そうだった場合、うまく言葉にできないが……どうしても違和感を感じてしまう自分もいた。

 そんな私に対し、今度はレイリンが声をかけてきた。 

 

「アズサ……ヘルハウンドだが……舌と、尻尾……どっちを、切り取ればいい?」

「え?あーーーー……っと、そうだね……考えすぎかもしれないけど……両方ともぎ取ってってもらえるかな?」

「……了解した」

 

 先の不可解さもある。保険も取っておきたい。

 この提案がどう転がるかは分からないが、悪い方向には転がらないだろう。

 そう思いながら、私はヘルハウンドからそれらを剥ぎ取るレイリンの姿を静かに眺めていた。

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