24. 初回講義を終えて

 『迷宮構造学』を受けたあの日から六日が経った。

 同時にそれは、私を含めた奴隷全員が、ひとまずは迷宮へ向けての専門講座の初回を今日で受け終えたことを意味していた。

 しかし、それらを受け終えた子らの表情は明るいわけでもなく、どちらかといえば疲労や困惑の色のほうが多いように感じていた。


 もちろん私もめちゃくちゃに疲れている。ぶっちゃけ、『迷宮構造学』以外はよくわかってない部分のほうが多かった。そして同時に、勉強もなんだかんだで体力がいるんだなぁ、と改めて思い知らされていた。


 そんなこんなで溜まった心身の疲れを洗い流すべく、私達は今、奴隷らでごった返す風呂場の湯船に浸かろうとしていた。

 

「「「は゛ぁ゛ーーーーー……づがれ゛だぁー……」」」


 私と同じように、ミールとエミリも可愛げのない声を漏らす。当然と言えば当然だが、彼女らも私と同じく、専門知識を前に疲れが溜まっていたのだろう。

 そうして数秒ほど湯船の心地よさに浸っていたが、湯船の縁に頭を載せていたミールが、ゆっくりとした口調で話し始めた。

 

「もぉ~難しすぎるよぉ~……わかんないよぉ~……頭おかしくなりそぉ~……」

「ほんとよね……最初の授業なのに全然手加減なしじゃない。私もそうだけど、ほとんどの子は置いてけぼりでしょ」


 ミールの心からのぼやきに、エミリも同意する。そして彼女の言うとおり、ここ数日の座学はに対してはあまりにも容赦のない内容でもあった。――そう、今までみたいな容赦がほぼ一切、なかった。


「……もしかしたら、だけど……それすら前提の上でこうしてる気もするなぁ」

「……ねぇアズサ、それどういうことよ?」


 私が言った一言に、エミリが食いついてきた。姿勢をそのままに、私は彼女の方を横目で見ながら、自分の推測を述べ始めた。


「そもそもだけど、私たちって、大人たちからしたら消耗品に近い存在だと思うんだ。それに対して出来ることはするけど、期限が二年と決まっている以上はなるべく効率良く、出費も労力も最低限で済ませたい、としたら……多分だけど、全員の知識を六〇点ぐらいにするんじゃなくて、最終的にいくつかの八〇点や九〇点の子が生き残れば十分、って考えてる気がするんだよね」

「そうかも、しれないわね……だとしても、なんというか……」

「――非効率。そう、感じる」


 エミリの返事に割って入るように、レイリンが一言だけ言い零した。

 

 そう、そうなんだよ。そもそもが非効率すぎるんだ。

 死んでしまっても問題が起きない存在、というだけならば、子供の奴隷をわざわざ選び、衣食住を整え、一般教養レベルの教育を受けさせる、その意味は何なんだ?

 治安維持いじや社会福祉ふくしのいち事業……というには、その過程で課されることがあまりにも危険すぎる。すくなくとも子供にさせるようなものではない。


 若く無知むちゆえに洗脳しやすいから?そもそも奴隷の時点で決定権はないに等しい。それに魔術で強制的に行動させることも出来るだろう。

 じゃあ、奴隷の中でも、魔術で使役することもせず、子供を選ぶ理由って……?


「…………あ゛ぁ゛ーーーッ!!分からん!!!」

「うわっ!!……びっくりしたぁ~」


 色々と考えすぎて思わず叫んでしまった。そのせいで、隣のミールを驚かせてしまった。

 そんな私の様子を見ていたエミリも、その表情はそうよね~……と言わんばかりに目を細めながらこちらを見つめていた。


「まぁそうなるわよね……アタシらが考えるには、色々と情報が足りないし、多分難しすぎるのよ」

「そうそう!今は眼の前のことで精一杯だよぉ~!!!」

「……もういいや、今はもうなんも考えずお湯に浸かることにする」


 そう言いながら私は顎下あごしたまで湯船に浸かり直し、何も考えずに瞼を閉じることにした。



                  ◇


 

 風呂から上がり、一通りのことをし終えた私たち四人は、ひとまず私とミールの自室に集まっていた。

 そんな中、エミリは一人土間に立っていた

 

「……やった!!!やったわ!!一〇秒超えられた!!!」


 顔を赤らめ、満面の笑みで喜ぶ彼女の右手には、つむじ風の玉がある程度の球状を維持しながらブルブルと浮かんでいた。


 まぁサイズが私の水球よりも二回り以上大きかったりもするが、それでもこの部屋をぐちゃぐちゃにしかねない程には制御が出来ていなかったあの夜に比べれば、遥かに成長していたのは事実だった。


「おぉ~……おめでと~エミリ!!」

「……凄い、な。よく頑張った」

「と、当然よ!!!こんなの通過点でしかないわ!!」


 ミールとレイリンからの称賛に、照れ隠しの言葉を返すエミリ。その言動とは裏腹に、笑みを隠しきれてないところがなんというかいじらしく感じた。

 

「これだけ維持できるならもう、前みたいに爆発することも無いと思うよ、エミリ」

「え?……あ、そうね!!そうよね!!……次のハクボウの練習、ちょっと楽しみかも」


 喜びを隠しきれない様子でもじもじとするエミリを微笑ましく見ながらも、私はふと思い出したことを全員へと尋ねた。


「話は変わっちゃうけど……ミールやエミリ、レイリンはこのあとに受ける講座は決めてたりするの?」


 講座選択の確認。なにもこれは気なったからというわけではなく、単純に聞かなければいけなかったからだ。

 というのも、今日の『指揮しきの基本理論』初回講義を受け終えたあと、壇上だんじょうのコウレンから一言こう告げられた。


 「明日の座学の時間、各班の代表は班員の希望を私に教えて下さい。なるべく均一に、一人も受けていない講義が無いようにお願いします」


 そう、私はこの班の一応代表。正直自己申告でいいだろとは思うものの、言われたからには大人しく聞くしか無い……でも、できれば調節するようなことにはならないでほしいなぁ。

 少し不安を抱きつつも三人の返事を待っていたが……


「ん~……わたしは『野営・安全管理』と『斥候せっこう諜報ちょうほう』かなぁ」

「……私は、『野戦調理と食材調達』、『指揮しきの基本理論』を考えている」

「アタシは『非魔術救護きゅうごと判断基準』、あとミールと被るけど『野営・安全管理』って感じよ。アズサはどうなのよ?」


 ……どうやら私の悩みは杞憂きゆうだったようだ。


「えっ……と、私は『迷宮構造学』と『指揮しきの基本理論』って感じ」

「ん?……お~?被りなさそうじゃん!!」

「だね。…………よかったぁ~!!!!もし『野戦調理と食材調達』、誰も取ってなかったらどうしようって思ってたんだよね……」

「あら、料理苦手なの?」

「いや、だって私貧民街ひんみんがい生まれの奴隷だよ?出来るわけ無いじゃん……」


 ――嘘です。これは単純に私が前世でも全く料理ができなかったからです。

 本当に威張いばることじゃないが、前世の私はカレーすら炭にしかける腕前だ。一度家庭科で味噌汁を作ったときは、先生に「よくこんなに不味く作れましたね……」と言われたレベルでもある。要は、筋金入りのメシマズなのだ。


 そんな私が飯盒はんごうで米が炊けると思うか?否、無理だ。そんな奴が班員の士気に関わる飯を作りたいと思うか?絶対に思わない。

 なので、そういった意味でも、レイリンが『野戦調理と食材調達』を選んでくれたのはかな~~~り有り難かった。


「にしても意外だね!レイリンって料理とか好きだったの?」


 小上がりの上に胡座で座りつつ左右に揺れながら、ミールがレイリンにそう尋ねた。

 言われてみれば確かに、彼女の実家は確か鍛冶屋かじやだったはずだ。別に宿屋でもない彼女が、料理を選ぶことは少しだけ意外に思えた。


「……そう、だな。好きだ。」


 少し照れくさそうにそう言ったレイリンは、一息を入れながらそのまま話を続けた。


「……まだ、父も母も生きていた頃……二人とも、仕事が一番な人たちだった。ある日、母が寝込んだとき……米と燕麦の粥を作ったんだ。それを母は美味しそうに食べていた……それが嬉しくて、その日から私は、母とともに料理をするようになり……気づけば、料理は私の仕事になっていた。……父も母も、美味しいと言って食べて、その時の顔が嬉しかった。だから……私は人を笑顔にさせられる、料理が好きなんだと、思う」

「「「…………」」」

「……すまない、変、だったか……?」

「「「い、いやっ全然!?」」」


 申し訳なさそうにこちらを見るレイリンに対し、慌てて否定の言葉を返す。

 すぐに言葉を返せなかったのは、いつも寡黙かもくで言葉も少ないレイリンの饒舌じょうぜつさに驚いてしまったからでしかない。ただ、この驚きはミールはともかく、エミリも同じだったようだ。そんなに寡黙キャラなのか、レイリンって……


「……でも、いい思い出だね。聞かせてくれてありがとう」

「……あぁ。私も、話せてよかった」

「ねぇねぇ!!そしたら野戦調理も期待して良いのかな!?」

「ちょっとミール!材料とかも分からないのにそんな事言わないの!!」

「……出来るだけ、善処ぜんしょする」

「やったー!!」

「……カンザンに聞いたが、迷宮の生物も、食材に出来るらしい。楽しみだ」


 レイリンのその一言を聞いた瞬間、さっきまで笑っていたミールとエミリの顔が固まる。そして、何かを訴えようとする二人の視線が私に突き刺さる。

 

「えーっと……美味しければ、私は別に迷宮の生物食べてもいい、かな?」

「……善処する」

「「…………ヤダ~~!!!!!!!!!」」


 お互いに涙目で抱きつきあうミールとエミリ、そんな二人の全力の叫び声が秋の夜更けに響き、溶けていった。

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