21. アズサ先生

「お願い!!私に……私に魔力の使い方を教えて欲しいの!!」

「……え?わ、………私に?」


 覚悟を決めた様子でそう言ったエミリに対し、私は思わず聞き返してしまった。だって……そもそも私は彼女と同じ奴隷で、同じ教育しか受けていないんだから。


 一応、前世での義務教育レベルの知識や概念がいねん的な感覚とかで下駄げたかせてもらっているかもしれないが、逆に言えばそれ以外は目前のエミリと同じ、魔術師見習いの素人しろうとでしかない。


 それに、おそらくはある程度の教養きょうようを身につけられるような環境かんきょうにいた彼女の方が、魔術に関しては――いや、それは無いかも。まとに当てるどころかその場で爆発させていたのは、後にも先にも彼女だけだった……気がするし。


  なるほど……徐々に彼女の意図いとが分かって来た気がする……が、コウレンやツツギでなく私を選んだその真意を聞いておきたい。依然いぜんとして体を強張らせて緊張したままのエミリに対してだが。


 ……なるべく言葉を選んで聞くしかない、やるしかない。そうい言い聞かせながら、私は小上こあがりに座るエミリに視線の高さを近づけるように、ひざを曲げ、しゃがみながら彼女と向き合った。


「えっと……エミリ。私をたよってくれたのはすごくうれしい、うれしいんだけど……」


 恐る恐る語りかけている私。目前のエミリはそんな私をまたたき一つもせず、ただじっと見続けている。……なんか、私まで緊張で胃が痛くなってきた気がする。


「あー……コウレンさんやツツギさんじゃなくて、貴女あなたと同じ奴隷である私を選んだ理由、聞いてもいい……?」


 上目うわめがちにたずねた私の言葉を聞いた彼女は、一瞬考えたのちにハッとした様子で口と目を見開いた。

 ……ミールほどじゃないけど、結構表情に出る子なのかな。

  

「あっ!ご、ごめん!!そうよね!!アタシ、自分のことばっかりで……!!」

「いやいや!!その、めっちゃ緊張してたのは分かってるから……!!」

「えっ!!ウソ!!……やだぁ、恥ずかしすぎるってもー……!!」


 あわてて謝ってきた彼女をなぐさめるように、私も言葉を返す。

 それを聞いた彼女は両頬りょうほほに手を当てながらうつむきがちに照れていたが、やがて申し訳なさそうに、ぽつぽつと私を選んだ理由を話し始めた。

 ……ミールとは少しベクトルが違うけど、かなり感情豊かな子なんだなぁこの子。


「その……アズサも、あの場に居たから知ってると思うけど……アタシ、って……全然上手くいかなかったじゃない?」

「……うん、何回か失敗して爆発してるのは見てた」

「う、うぅ〜……」


 私の返事を聞いた途端とたん、エミリは両頬りょうほほえていた手をそのままスライドさせ、真っ赤になった顔をおおい始めた。

 白い肌なのもあってか、顔の横から見える耳の紅潮こうちょう具合がまぁー分かりやすい。見事に赤くなっている。


 そんな具合でテンプレじみた照れ方をしていたエミリだったが、顔を手で隠したまま、再び私へ説明をし始めた。

 

「……それでね?あの講義が終わった後、私と、他に上手くできなかった子たちが集められて、コウレン先生に教えてもらいながら練習したの。そしたら、そもそも魔力の扱いが下手だ、って言われちゃって……」


 その後もゆっくりと、恥ずかしさで言葉に詰まりながらもエミリは私に説明をしてくれた。

 その内容を要約ようやくすると、次の様な感じだった。


 コウレンが言うには、そもそもハクボウ自体は過度かどに魔力を消費をしないよう、使用魔力の上限を術式レベルで定めてあるものらしい。

 だが、エミリは感覚的な魔力の調節が大雑把おおざっぱすぎるようで、上限の五十倍ぐらいの魔力を詠唱時にドカンと突っ込んでしまっている、とのこと。結果、許容値きょようちオーバーではなつ前に爆発、というのがコウレンの分析した失敗の原因らしい。


 もちろん居残り練習の際には、反復はんぷく訓練用のあの魔術をしましょうと言われたが、それに加えてコウレンの野郎が一言。

 

 「折角せっかくなら、アズサさんにコツを聞いてみるのもいいかもしれませんね。四号とうの一番右が彼女の部屋ですから、夜にでもうかがってみればどうでしょうか」


 こんなアドバイスを彼女に残し、その場を後にしたらしい。

 ……いや、せめてエミリたちが来る前にこっちに教えてくれよあの野郎。無駄むだ身構みがまえちゃったじゃん。

 そう思いながら、改めてエミリの様子をうかがい直す。

 

 今は顔を手でかくしはしていないが、依然いぜんとして顔を赤くさせながら眉間みけんしわを寄せ続けている。

 その表情や仕草しぐざの向こうには、恥ずかしさ以外にもくやしさしさと焦りを感じてしまうほどに、切実せつじつな感情が強くにじみ出ていた。


 ……ここまで悩んでいる彼女を見てしまうと、私的な感情を優先させるのもなんか違う気がしてしまう。

 それに、コツを教えたところで私の練度れんどが減るもんじゃないよな。ゲスい話だがおんも売れる。悪用するつもりは無いけど。


「……うん、エミリ」

「……なに?」

「私でよければ力になるよ。……どこまで出来るか分からないけど」 

「……っ!本当!?ありがとう!!!」


 私の返事を聞いたエミリは、目を輝かせながら私の手を取り、満面まんめんみで感謝の言葉を述べた。

 私も私で色々理屈りくつねはしたが、結局は目の前の彼女を助けないと気分が悪い。そう感じる自分に今はしたがうことにした。



                  ◇



「それじゃ、まずはエミリの魔力操作がどれくらいか確認したい。反復訓練の魔術、見せてもらえる?」

「え、えぇ、分かったわ……!」


 教えるにもまずは現状がどれくらいかの確認もねて、エミリに反復訓練用の魔術を見せてもらうことにした。

 少し緊張きんちょうした様子で、エミリが聞き慣れた詠唱をそらんじ始める。

 彼女の構えた右手に小さな旋風つむじかぜうずを巻き始める。どうやら彼女の属性は風のようだ。


「っぐぅ……!!んー……!!」

 

 しかし、彼女の手元に出来上がったそれはあまりにも暴れまくっており、サイズも輪郭りんかくも常に不安定な代物だった。

 むしろ五十倍の魔力を注ぎ込んでしまう彼女からすれば、むしろかなり頑張っているのかもしれない。


 だが、このまま問題ないと返せば、私とミールの住むこの部屋はただのらばりそんだ。あわてて私のかごおさえてくれたレイリンにも申し訳ない。

 風のうずを維持できずに魔術を解除したエミリに対し、私は少しきびしい言葉を投げかけた。

 

「うん……まずは形か大きさを整えるところから始めた方がいいかもね」

「わ、分かった、けど……ど、どうやるのよ、それ……!」


 肩で息をしながらも、それが分かってりゃ苦労しねぇ、そう言わんばかりの眼光がんこうで私をにらむエミリ。そうだよね、ごめん。


「これはコウレン……さんも指摘してたけど、やっぱり結論は維持いじできる出力がどれくらいかを体で覚えるしかないと思う」

「やっぱり、そうなるわよね……」

「うん。まずは昼休みや夜でひまな時はこの反復訓練をし続けて、体の中に流れる魔力の感覚をつかむところからかなぁ……」

「……それ、毎日するの?」 

「うん毎日。時間内で出来るだけ」

「……」


 脳筋のうきんすぎる私の提案に思わず絶句ぜっくするエミリ。でもゴメン、私これしか知らないから……


「……まぁ大丈夫だって。エミリの体魔力量は私の倍以上あるんだから」

「いや、そうかも知れないけれど……」 

「それに、私みたいに水じゃないってことは自室でも出来るってことじゃない?だったら、ちゃんと続ければ私よりも上達は早いと思うよ」


 これは本当にそう思っている。事実、私も最初の三日間は若干立ちくらみがすることがあった。だが、倍以上ある彼女なら、一度感覚をつかみさえすればそういった心配も多分無いだろう。多分。

 

「……じゃあ、アズサは毎日どれだけしてたのよ」

「えーっと……最初の三日間は昼夜のお風呂と自室で寝るまで、それぞれ四十回ぐらい失敗してたかな……」

「えっ?本当に部屋でもしてたの……?」

「うん……え?あれ?」

 

 こいつガチかよ、と言わんばかりにまたたきをしながらエミリに見つめられる。うん、ガチなんだ……すまない。


「……想像以上に不器用、だな」

「やっぱりそうなるよねぇ〜……」

 

 小上がりの方でくつろぐレイリンとミールからも追い打ちをかけられる。いやミールは味方でいてくれよ。


「まぁまぁ、そんなこと言ってるけど、実際見せてみた方がいいんじゃない?アズサ先〜生せ〜んせい?」

「だれがアズサ先生や」


 若干あおるような物言いでミールに揶揄からかわれたが、言われてみれば一理いちりある。

 具体的なサイズ感といった基準が分からないと、そこへ寄せることも出来ないのは、確かに色々不安になるだろう。

 そう思った私はとりあえず右手を出し、水球を作ることにした。面倒めんどいから詠唱破棄はきでいいか。


「…………????」


 数秒を経て、私の右手には水球が宙で静止するように浮かんでいる。形も真球。うん、合格。

 しかし、それの様子を見ていたはずのエミリは、まるで信じられないかのように口をボカンと開けながら言葉を失っていた。

 ……あ、これ知ってる。ぞくに言う『俺、なんかやっちゃいました?』だ。当事者とうじしゃになると反応に困るねコレ。どうしよ。


「え、あれ?アズサ……えい、しょうして……?」

「うん、感覚覚えたら無しでも行けるよ。詠唱ある方が安定するけど」

「ピェ……」


 どうしよう。エミリにバケモンの様な目で見られた。小鳥みたいな悲鳴ひめいも聞こえた。


「……ま、まぁ!!!!ここまでしろとは言わないから??!!まずはこのサイズになるように練習しよっか!!!!!」

「え……あっ、えぇ!!分かったわ!!」


 なんかもうしゃらくせぇのでゴリ押しでなんとかした。エミリ、アンタのためにもれてくれ。そう願いながら、私は水球を浮かばせた右手を構えたまま、土間の上に胡座あぐらで座り直した。

 

 ふと、小上がりのふちに座るエミリの向こうから、ミールとレイリンの会話が聞こえた。


「……ミール」

「ん?どしたのレイリン」

「今日は、有難あるがとう。夜遅くにすまなかった」

「え〜?いいよ気にしなくて〜」

「いや……私はエミリにうしか出来なかった。それに、対面した時、最初に声をかけてくれたことも……助かった」

「あ〜……アレはまぁ、ちょっとびっくりしたかも」

「……すまない、気をつける」

「は〜い。でも良かった〜エミリちゃんの力になれて」

「あぁ……凄いな、彼女は」

「でしょ?凄いし、変にこだわりもあるけど……私は一番信頼しんらいしてるかな」

「そうか……」


 ……盗み聞きで想定していなかったのもあるかもしれないけど、こういう形で聞くの、真正面ましょうめんからめられるよりもかなり恥ずかしいんだね。

 そんなむずかゆさを無視するように、私は改めて目前もくぜんのエミリに対して、感覚をつかむためのアドバイスをし始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る