8. 一時の安らぎ、マーブルな誘い
あれから少し時間が経ち、私たちはコウレンを
日は少しばかり高くなり、森には先程より日差しが強く差し込み始めている。私たちの足元を見れば、
そんな
私たちはあの
右に座るコウレンを見る。彼はこちらに気づく様子もなく、木製の
改めて先の状況を振り返る。ガビガビで伸び切った髪、
……正直に言おう。すでに私は彼のことを信用……いや、信頼しつつある。まだよく分かんないのに。
だってさぁ!?おにぎりくれたんだよ!?見ず知らずの乞食にさ!!?んで小汚ねぇはずの私達のこと普通に
――と、腹も心も満たされたおかげか、こんな限界オタクのような
そしてコウレンの奥、彼の右隣に座るミールだが、これまたさっきまでの警戒心は
「……うん、二人共落ち着いたようですね」
ふとコウレンの声がした。顔を上げれば、その深い
「はい。えっと……すいません、色々恥ずかしいところ見せてしまって」
「え?あぁいやいや、そんな……!君がこの子を守るために必死だったのは、話している間もずっと感じていましたから」
「そう、ですか……」
「それに……私を見る
そう言いながら、コウレンは隣に座るミールの肩を軽く叩く。手はそのままに、彼は再びこちらを見ながら言葉を続けた。
「それじゃ、改めて君たちのこと、お聞きしても?」
それは、私たちがおにぎりを貰う前、警戒心を全面に出しながら
「はい、私はアズサっていいます。そしてその子はミール」
「はい!ミールです!」
「そして、私たちは……」
すこしだけ生まれた無意識での迷いか、言語化出来ない何かが私を止めた。――いや、多分彼なら大丈夫。
「……私たちは、奴隷で、逃げてきたんです」
◇
一言、彼に奴隷だと打ち明け始めてからは、再び言葉に詰まることはなかった。
「……これが、私たちのことと、
「そう、ですか……うん、ありがとうございます。話しづらいことも打ち明けていただいて」
一通り話し終えたあと、見上げた彼の顔が一瞬だけ微笑んだ。だが、視線をこちらから外すと同時、その優しい微笑みはすぐに消えた。こちらではない、どこか遠くを見つめるその顔は真面目で、それでいて
それから一分ほどだろうか、吹き抜ける風が起こす
「よし!では、色々教えてくれたお礼にひとつ!」
そう言いながら、彼は四歩ほど前へ歩き、右手の
「それじゃ二人共、そこでじっとしててください」
「え、あっ、「はい!」」
私たちは言われるまま、座ったままに返事を返した。その声に彼は
「
彼が何かを
「――
そして一言、彼が呟いた。と同時、見えない何かが私たちに迫り、そしてぶつかった。意図していなかった突然の感覚に驚き、思わず瞼を閉じる。ふわりとした感触、ほんのりと涼しさが全身を
……今、私は何をされた?それを確かめるように目を見開こうとしたその時、隣からミールの明るい声が森に響いた。
「……すっごい!!体、綺麗になってる!!!」
聞こえた内容に思わず耳を疑い、ミールの方を見る。そして、目に写った光景を前に私は思わず言葉を失った。
そこには、
髪の長さや
慌てて自分の体へと視線を下ろせば、肌は風呂上がりの白さに戻り、服もボロい以外は新品並に汚れが消えていた。そして、伸びて
「どうですか?ひとまずは体の汚れと匂い、消してみましたが」
そう言いながらコウレンがこちらへと歩いてくる。いやなんてこと無い雰囲気を出しているけどこの人、マジでスッゴイ人なんじゃないか……!?
「すごい!!すっごいです!!!!」
ミールがすかさず返事をする。戸惑いつつも
「そうですか、ならよかったです」
私たちの反応で安心したのか、彼はまた
その時ふと、私の
「すいません、これってつまり……」
「そう、これが
やっぱり。やっぱりそうだった。
これが、魔術。コウレン、魔法使いだったんだ。
……いやそりゃ学校で魔術教えてるなら使えて当然だろうし、そもそも全てを疑っていたわけじゃないよ?けれど、聞くだけと実際に体験するとでは、その認識には果てしないものがあるじゃん?ましてや、
とにかく、今の私にとってあの体験はあまりにも
ふと、コウレンがしゃがみ込んだ。地面に
「アズサ。君は
唐突に私への
「そしてミール。貴女も素晴らしい子だ。魔術で気配を消していた私を、
視線を右にずらし、今度はミールへと言葉を
言葉の裏にある意図を
「その上で、僕から君たちに一つ、提案があります。――奴隷の身分から、普通の市民に戻ってみたくはありませんか?」
「えっ……」
思わず声が漏れる。奴隷じゃなくなる、方法がある……?
「――僕の務める
予想外の提案だった。あまりにも虫のいい話だった。絶対になにか裏がある、そう疑ってしまうぐらいには、その提案は私たちに都合が良すぎるものだった。
「もちろん安全ではない。それに、市民の権利は、君たちの命を
やはりそうだ。そんな美味い話があるはずがない。でも分からない。なぜ今?なぜ私たちに?どれだけの危険?
「――その身一つで逃げてきた君たちには今、
瞬間、思わず息を呑んだ。その言葉を聞いて、当てが無いことに気づいたからではない。
目前の、私たちを見つめる彼の瞳の奥に感じてしまった、言葉にしがたい何か。ドス黒いとも、
その感覚の答えも分からぬままに、彼は右手を差し出し、再び私たちへ語りかける。
「……もう一度聞きます。そこに
森が風でざわめく。問いに続く声はない。ミールも、私も。
さっきまでの、心から彼を信じ切っていた私は嘘のようにもういない。今はただ、シロともクロがかき混ぜられた、マーブル状のレイヤー越しに彼を、彼の手を見つめている。
ふと、右手に誰かが触れた。いや、握った感触だ。小さくて、
繋いだ手を握り返す。明確な、自信のある回答はまだ持ち合わせていない。正直不安のほうが勝っている。でも、もしかしたら……ミールとなら、この先の自由をつかめるかも知れない。心の中に湧いた、そんな
私とミールが彼の方へ向きなおる。この先でなにが待ち受けているか、私たちに知るすべはない。それでも、分が悪い
そう信じて、私たちは差し出されたコウレンの手を取った。
お互いの、やせ細った手を力強く握り合いながら。
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