ワシャあメリーさんじゃけぇのぉ

 俺はしがない会社員。今日はたまたま早く帰ることができた。


 賃貸のマンションのドアを開けると奥の窓から夕日が見える。会社からまじ早く帰れてよかったぁって、日が沈んでないと思える。俺はリビングのテーブルに手スーパーの袋を置いて体を伸ばした。


 携帯が鳴った。


 なんだ? 知らない番号だ。もしかしたら俺の副業の電話かもしれない。そう思ってとった。



『ワシャぁメリーさんじゃけぇのぉ。今はごみ溜めにおるんじゃ』


 野太い声がした。そしてすぐに電話が切れた。


「は?」


 なんだこの電話。俺はすでに着信の切れたスマートフォンの画面に向って言ってしまう。一体なんだ、今の。ほんとに意味が分からない。いたずら電話か?


 とりあえず俺は変な電話に嫌な気持ちになったが、気を取り直して今日の晩飯の用意をする。晩飯と言ってもカップ麺だ。お湯を沸かして入れるだけの寂しい食事だ。


 また携帯がなった。さっきと同じ番号だ。


 ……無視してもいい。だが一言文句を言ってやりたくなった。電話に出る。


「おい! あんた誰だ」

『ワシャあメリーさんじゃけぇのぉ。今タバコを買っておるんじゃ。おどれの家にむかっとるけぇの』

「俺の家に?」

『首をあらっとれ』


 ぶちりと切れた。


 く、首? いったいなんだこいつ。警察に言うべきか。それに電話の向こうにいたおっさんが言っている『メリー』って昔はやったホラーの話か? 疑問がぐるぐると頭を回る。と、とりあえず鍵をもう一度確認しよう。それ持って俺は玄関へ向かう。


 その時、また携帯が鳴った。


 着信音が響き渡る。


 これに出るべきか? 俺はその場に立ち止まって考えた、いや呆然とした。少しして俺の携帯は音を止めた。


 静寂が、


 俺の部屋に広がっていく。そんな気がした。


 そんな中で携帯が一度だけ音を鳴らす。そこにはショートメッセージがあった。


『イマオマエノイエノマエニオルンジャ』


 俺は玄関のインターフォンの画面に飛びつくようにボタンを押した。マンションはオートロック。入口の映像をそこから確認できる。夕日に照らされたエントランスが映っている。誰もいない。


「な、なんだよ」


 そう思わず言った時。画面にそれは映った。ぴっちりと黒スーツを着込んだ大柄な人影が写っている。その顔はよくわからない。サングラスをしているのだ。手には煙草を持っている。


「や、やくざ」


 俺は慌てて画面を消してへたり込んだ。なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ。


「そ、そうだ警察」


 そう思って立とうとした時、ドアを蹴る音がした。ドアがガンガンと蹴られている。俺はその場にうずくまって頭を抱えた。なんとか悲鳴を押し殺した。



 しばらくするとドアを蹴る音もやんだ。


「帰ったのか?」



 俺は……よろよろと立ち上がってつぶやいた。その時だった。俺の手にある携帯が鳴った。振動と音が俺を揺さぶるようだった。恐怖で足が震える。出ないという選択肢を取れるほど俺には勇気はなかった。俺はなんとか電話に出る。耳に携帯を当てた時、地獄の底から響くような声がした。


『ワシャあメリーさんじゃけぇのぉ。今お前の後ろにおるんじゃ』

「ワシャあメリーさんじゃけぇのぉ。今お前の後ろにおるんじゃ」


 声が2重で聞こえる。俺の後ろ、何かがいる。


 ガチャリと何かの音がした。俺の後頭部に固い何かが当てられる、冷たい。冷たい感触だった。


「ひ、ひえ」


 悲鳴をかき消すように銃声が響いた。





「ええ、被害者は26歳の男性です。恐怖にひきつったような表情をしていますが外傷はありません」


 マンションの一室、その中では現場を確認する警察の一人がそう言ってどこかに報告をしている。彼の下には倒れた男がいる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった表情で冷たくなっていた。部屋の中には状況の確認のため何人かの警官がそれぞれ作業をしている。


 警察官はさらに続けた。マイクに向かって話をする。


「ええ、被害者の部屋からは麻薬が見つかりました。押収した携帯には……不自然ではありますが販売のやり取りを行ったSNSのページが表示されています。副業と称して販売をしていたようです」


 警官はそれだけを言ってマイクを切った。


 その時、彼は一瞬自分の傍を誰かが、大柄な誰かが通った気がした。わずかにたばこの匂いもした気がする。


「?」


 警官は気のせいかと思った。


『ワシャあメリーさんじゃけぇのぉ』


 もう一度警察官は振り向く。


 やはり誰もいない。


 すでに仕事を終え、闇の中に帰った後だからだろう。


 闇の向こうから仁義を通すために――はやってきたのだ……。



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