迎えに来た (ホラー)


――「あれ? 日が沈まない……」



 彼女は秋月かなという。高校の帰り道だった。大きな瞳の印象的な彼女は赤い髪を一つにまとめ、セーラー服をきていた。肩にかけた学校指定のバックの肩ひもに両手の指をからめて歩く。


 だんだんと早まる夜と肌寒さを感じる季節のころだった。暗くなる前に早く帰りたいとい彼女はなんとなく近道しようとして路地裏に入った。それが失敗だった。


 住宅地に入り込む小さな道を歩いていくとだんだんと見知らぬ場所に入っていく。あたりを囲む住居の影で今どこにいるのかよくわからない。


「あう」


 一人だからだろうか、変な声を出した彼女は少し焦りながらも足を速めた。迷ったといっても近所のはずだった。それに都会で迷子になったわけでもない。いずれ知った道に出るだろうという楽観があった。


 見知らぬ公園があった。小さな公園にはさび付いた滑り台と砂場のある、逆にいえばそれしかない。なんとなく秋月はベンチを探したがなかった。彼女ははあとため息をついてバックからスマートフォンを取り出す。そしてSNSを通して友達に「やばっ、迷った💦」と送った。


 SNSの向こうにいるはずの友達の返信はない。画面には相手が読んだ時につくマークもつかない。ほんの少し寂しい気持ちを紛らわせるために送ったメッセージを見られないことで秋月はわかりやすく肩を落とした。


 その時に気が付いた。ふと後ろを振り向くときれいな夕日が浮かんでいる。


「あれ? 日が沈まない……」


 スマートフォンの時計を見てもそろそろあたりは暗くなるはずだと秋月は思ったが、そんな日もあるかと楽観的に考えた。ただ、早めに帰りたい気持ちは少し強くなった。彼女は公園を出てたぶん家の方向に歩き出した。


 歩いた。


 歩いた。


 代り映えのしない住宅地。夕日の中彼女は歩く。


「あれ? あれ?」


 どこにも出ない。仮に変な方向に行っているとしても大通りに出てもおかしくないだろう。しかし、彼女は迷ったままだった。


 夕日が、彼女の長い影を作っている。


 日が沈まない。秋月がスマートフォンを取り出してみればすでに夜の時間だった。彼女は怖くなってSNSで友達に連絡するが誰も出ない。だから親に連絡を取った。電話を鳴らす。


 電話に出る音がした。


「お父さん!? お母さん?」


 家の電話に連絡したからどちらが出たかわからない。だからそう聞いた。


『…………』


 電話の向こう側は無言だった。


「あの。ねえ。なんか迷ったみたいなの、迎えに来てほしいんだけど」

『……迎えに来てほしいの?』

「ひっ」


 秋月はスマートフォンを落とした。耳元でした相手の声は聞いたことのない声音だった。彼女はあわててスマートフォンを手に取るがすでに通話は切れていた。


「あれ。圏外」


 そもそもこのスマートフォンはつながらないはずだと気が付いたとき、彼女は走り出していた。声にならない悲鳴を上げて住宅街を走る。どこまでも同じような、夕日の作り出す暗さと明るさの狭間の世界を走る。


 涙を浮かべながら走る。小道を走り、そこを抜けると音がした。聞き覚えのある音だった。エンジン音に彼女はみればバス停があった。錆びたバスの標識の前に古ぼけたバスが停まっている。


「あ、ああ」


 助かったと思った。彼女は走ってバスに乗ろうとした。その時に声をかけられた。


「だめよ」


 優しい声だった。秋月ははっと我に返った。そうすると目の前のバスの異様さに気が付いた。広告を張るバスの側面には何もない。そもそもバスの中には誰も見えない。さびた妙に古い車体に秋月は震えた。


 バスの前で立ち止まり。しばらくするとすうぅとバスのドアが閉まって走り去っていく。その瞬間に糸が切れたように彼女はぺたんと座り込んだ。恐怖で声が出なかった。


「大丈夫?」


 さっきの優しい声に振り返ればそこには頭の白い女性が立っていた。曲がった腰をした彼女は秋月に近づいてきて心配そうな様子で声をかけた。その姿に秋月はぽろぽろと涙を流した。安心したのだった。


 老婆は秋月に向けていった。


「あれに乗ってたら大変なことになっていたところよ」

「の、の、乗ったら? あれ、どこに行くんですか?」


 老婆は皺がいっぱいの顔で笑った。


「助かるところだった」


 迎えに来たのだ。

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