第83話

 最終決戦のあと、封魔堂に封じていた妖たちは、物部の術者死亡により、その呪縛は解かれ、封じる必要が無くなり解放した。

 数日経つと、蟻臣ありおみの怪我はほぼ完治し、霊力も回復していたが、玄理くろまろは父の死により心に負った傷はまだ癒えてはいない。部屋に籠り、一人静かに時を過ごしていた。


『玄理は大丈夫か?』

 紅い宝珠に宿る紅蘭こうらんの霊魂が美夜部みやべに聞くと、

「ああ、大丈夫だ。今は静かに見守ろう」

 と美夜部が答えた。


 そして、葛城山を離れていた葛城円かつらぎのまどかたちが戻ってきた。当主である葦田あしだが斃され、まどかが新しい当主としてその座についた。葦田の遺体は、死後一月、殯宮もがりのみやに安置してから埋葬となり、玄理はこの後、一年は喪に服す事となる。


 そして一月が経ち、葦田の葬儀、埋葬が行われた後、玄理は出雲の国へと、伴侶の布美ふみを迎えに行った。

「玄理、お前の無念は察する。俺も胸が痛む」

 と出雲布奈いづものふなが言葉をかけた。

「うむ。ありがとう」

 玄理はそう言って、布美に目をやると、布奈の隣に静かに座す布美は、終始言葉も無く下を向いていた。死者を悼み、涙を流しているようだ。

 布美の隣には布由ふゆが熱い視線を玄理に向けていた。彼らの父も既に亡くなっていて、父を失った者の気持ちが分かるのだろう。


「もう行くのだな」

 出雲の国を発つ玄理に、布奈は言葉をかけたが、それ以上は続けなかった。喪に服す玄理は、父の眠る地から、長く離れる事は出来ないという事を知っていたからだ。

「うむ」

 玄理は短く返事をし、布美を連れて葛城山へと帰った。

 玄理の伴侶である布美は、これから一年、玄理と共に喪に服す。


 今回の戦では、葛城氏の死者は当主の葦田のみだったが、物部氏は攻め込んできた者たちが全員殉死となった。この戦いの犠牲者である物部の骸は、丁寧に棺に納め、彼らの故郷へと運び、遺族へと引き渡された。

 負けを期した物部の一族は、葛城への恨みもあるが、彼らが誠意をもって、遺体を送り届けた事で、その場は怒りや憎しみは見せずに、静かに遺体を引き取った。


 物部の当主の布都久留ふつくるとその双生である術者が死んだあと、当主となったのは物部木蓮子もののべのいたび。布都久留の長男であり、戦で命を落とした多波の長兄。

 葛城氏と物部氏の戦いは、葛城氏の謀反と見做され、中央政権から葛城氏はすべて排除された。もちろん、玄理も呪禁師じゅごんしの任も解かれ、都に居た葛城の者たちは役を解かれたと同時に住まいも失い、葛城の土地へと帰って来た。

 中央政権では依然として、物部が中心となっていた。葛城との戦いで多くの犠牲を出した物部だが、本拠地にはまだ多くの術者が居た。そして、葛城への怨恨は消える事は無く、水面下では、次の戦に向けて着実に準備を整えていた。


 葛城山では、ある出来事が起こった。先日の物部との戦いで奪って、厳重に保管していたはずの布留御霊剣ふるみたまのつるぎが無くなった。保管場所には術を施し、誰もそこから盗み出すことは出来ない。それが無くなったのだから、誰が持ち出したのかと、当主のまどか、高位の術者たちが集まり議論したが、術を施した円が術を解いていない事と、他の者が術を解いた痕跡も無い事実に、これは人の仕業ではないとの結論に至った。

「布留御霊剣は最高峰の霊剣であり、それ自体に何らかの意思があるのかもしれない。あれは元のあるべき場所へ自ら戻ったのだろう」

 と円がこの出来事に対しての答えとして持論を述べると、集まった者たちはそれに賛同するように頷いた。


 喪に服して過ごす玄理、その伴侶の布美は、それぞれ一人で部屋に籠り、静かに時を過ごし、決まった時間に二人揃って、葦田の墓所へ参拝に行く事を日課としていた。

 ある日、参拝から戻った玄理が一人、静かに時を過ごしていると、御簾の向こう側に立つ男が、

「玄理」

 と声を掛ける。

「兄様」

 玄理はその声と人影が放つ気で、それが円だと分かっていた。

「少し外に出ておいで。お前の顔が見たい」

 と円は言葉を続ける。

「はい」

 玄理は返事をして、御簾を上げて顔を出すと、円は優しく笑みを向け、

「少し歩こう」

 そう言って、玄理に手を差し伸べた。

「はい」

 玄理は返事をして、円の手を取り、履物を履いて外へ出る。


 木々に囲まれた小道を並んで歩くと、陽の光を受ける木の葉が揺れ、柔らかに影を作り、木漏れ日は静かに差し込み、二人の顔を優しく撫でる。玄理が自分より少し背の高い円をそっと仰ぎ見ると、円は柔らかに微笑み、温かな眼差しを向けた。穏やかで優しい彼の綺麗な顔を見ていると、まるで、ここだけがゆっくりと時間が流れているかのよう。言葉を交わすことなく、ただ心地よい沈黙に抱かれながら、玄理は円の隣を歩く。円が何も言わないのは、玄理を気遣っての事であるのを知っていた。そして、言葉を交わさずとも、互いに理解し合える事も知っていた。暫く歩くと、木々が途切れ、開けた場所へ出る。そこには小さな滝があり、清らかな水が細く流れていた。

「玄理、そこへ座ろう」

 円がそう言って、大きな岩に腰をかけると、

「はい」

 玄理も円の隣に腰を下ろした。

「ここは変わらないな」

 円が言う。

「はい」

 玄理が答える。

「この平穏が、少しでも長く続くといいな」

「はい」

 円が言うと、玄理が短く返事をする。

 この先、再び物部氏との戦いは必ず起こる事を二人は知っていた。物部の犠牲者は少なくはなかったが、勢力は衰えず、政権を握っていた。そして、多くの術者が次の戦いに備えて修練を積んでいる。布留御霊剣も今は物部の元へと帰っているだろう。


 いつかまた起こる戦は、これまで以上に大きな戦いとなる事を、二人は強く意識していた。

「次は私も共に戦う」

「はい」

 青く晴れた綺麗な空を見上げて言う円に、玄理は短く返事をした。


                        了

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白兎と少年の物語 ☆白兎☆ @hakuto-i

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