秩父いいとこ一度はおいで
見渡す限りの、山・山・山。
亡父の実家は、そんな景色の只中にあった。
「お兄、何やってんのー。早くしないと置いてっちゃうよー」
視線の先では、振り返った沙雪が、ぱたぱたと手招きしている。
朝から電車を乗り継ぐこと、およそ3時間。
やっとの思いで辿り着いた最寄り駅から、さらに坂を上ったところに、目的地はあった。
「ゼェ……ゼェ……」
自分と沙雪、二人分の荷物を持ちながら、息を切らして進む。
僕たち兄妹は、外出の際に荷物が多くなりがちだ。
今回も一泊二日だが、旅行鞄はパンパン。いつも後悔してるのに、進歩がない。
「おいおいしっかりしろよ、トモ。野球辞めてから身体鈍ってんじゃねーか?」
先を行く颯吾が笑う。
軽装とはいえ、夏葉の分の荷物に加えて、沙雪の天体望遠鏡まで持ってるというのに、随分と余裕な感じだ。
手ぶらの女性陣と歩くペースが同じなのは、一体どういうことだろう。
と、そんな感じでヒィコラ歩くこと10分。
僕たちはようやく祖父母の家に辿り着いた。
老夫婦が二人で住むにはいささか大きすぎる、平屋の日本家屋。
先祖代々の豪農の家系とかで、かつては周辺の山々を含む土地をいくつも持っていたとか。
今は後継者がいないので、田畑の大半は処分したらしいけど。
「おぅ、よく来たのぅ」
「遠路遥々疲れたでしょう? さぁさ、上がって上がって」
玄関には、祖父母が出迎えに出ていた。
僕たち兄妹はともかく、颯吾と夏葉にとっては小6の夏休み振りの再会である。
祖父母は70代の割には、足腰がしゃんとしているし、会話もスムーズだ。
つい最近まで農業を続けていただけあって、健康そのもの。
「いやぁ、しかし婿殿も嫁御も少し見ない間に大きくなったなぁ」
「月日が経つのは早いわねぇ。前会った時はあんなに小さかったのに、すっかり大人びちゃって」
成長した颯吾と夏葉を見て、感慨深そうに言う。
婿殿、嫁御というのは、じいちゃんが冗談で二人に付けた愛称だ。
「ありがとうございます。おじいちゃん、おばあちゃんもお元気そうで何よりです」
「本当はもっと頻繁に顔を出したかったんスけど、何だかんだご無沙汰になっちまって。どうもすんません」
「はっはっは、あのやんちゃ坊主が一丁前の口を利く様になったじゃあないか。小生意気に図体までデカくなりおってからに」
颯吾の背中をバシバシ叩いたじいちゃんの視線が、僕と沙雪の方へ向く。
「それに比べて、お前らは育ち盛りなのにあんまり伸びとらんのぅ」
「うるせぇ、放っとけ!」
「誰の血のせいだと思ってるの、おじい!」
悲しいことに、清瀬家嫡流の面々は、揃いも揃って日本人の平均身長に届いていない。
「てか、じいちゃん。仮にも実の孫が遊びに来てるのに、よその子ばっか構うのはどうなん?」
「お前らは年に1~2回は遊びに来るし、別に珍しくも何ともないからのぅ」
「「言い方ぁ!」」
あんまりな物言いに、兄妹の突っ込みがハモる。
まぁ、祖父母にとっては颯吾も夏葉も孫同然の存在だから、仕方ないと思おう。
☆☆☆
その後、僕はばあちゃんと一緒に台所に立っていた。
昼に予定している、バーべキューの準備だ。
居間で颯吾や夏葉と話すじいちゃんの楽しそうな声をバックに、野菜を切る。
「それで、夏葉ちゃんとはその後どうなの、友春?」
「何だよ藪から棒に……別に、どうもしないよ。僕とあいつはただの幼馴染で……」
危うく包丁で指を切りかけた僕に、ばあちゃんはため息を吐く。
「たった一度フラれたくらいで諦めるなんて、情けない孫だねぇ。若い頃のおじいさんなんて、アタシに1819日アタックかけて、ようやくものにしたってのに」
「いや、その話はこれまで何度も聞いたから……って、ちょい待ち。何でばあちゃん僕がフラれたこと知ってんの……?」
「自分の孫のことだからね。年を重ねると、それくらいは分かる様になるもんさ」
年の功すげぇ! エスパーかよ!
畏敬の念を抱いたところで、ばあちゃんがスマホを取り出す。
「それにあんた、去年の春頃SNSに病んだ投稿ばかりしてたじゃないか」
バリバリ文明の力じゃねぇか!
「え、てか待って、僕のアカウントもしかしてバレてんの⁉ そもそも、二人ともXやってんの⁉ 高度情報化社会の奔流が、ついにこの片田舎にも⁉」
「今時のシニアたるもの、SNSの一つも使いこなせないとねぇ。……ちなみに、競泳水着に興奮することはおじいさんも全力で同意してたけど、だからって学校の水泳部相手に変な気を起こしちゃいけないよ?」
イヤァァァ! 性癖ツイの方までチェックされてりゅぅぅぅ~~~!
身内に見られるのは、流石に恥ずかしすぎりゅぅぅぅ~~~!
「何で特定されたんだ、本名アカじゃないのに……」
「アタシと沙雪がインスタのフォロワー同士で、ついでに教えてもらったのさ」
あいつかぁぁぁ‼
いくら愛妹でも、これは許せん! 今度シチューを作る際に、お前の嫌いなグリーンピースを一缶ぶち込んでやるかんな!
ちなみに、ばあちゃんのインスタは、趣味のガーデニングやフラワーアレンジメントを中心とした、なかなかに『映える』内容のものでした。はい。
「ともかく、一発オーケーもらえなかったくらいで凹たれるんじゃないよ。夏葉ちゃんも、いきなり告白されてテンパっちゃっただけで、何度も押し続ければ、その内ころっと落とせるかもしれないじゃないか」
そういや、一年前に颯吾に打ち明けた時も『そんなの振られた内に入んないだろ』とか何とか言ってたっけ。
でも……。
「ばあちゃんは分かってないよ。完成された関係を崩すのは、凄く怖いことなんだ」
それは振られた後、一ヶ月くらいギクシャクして、ようやく理解できたことだ。
「だから、その状況を壊す様な一歩を踏み出すのは、とても勇気のいることで……」
と、そこであることに気付く。
だとすると、僕たちと離れる可能性を覚悟した上で、お見合いをする決心をした颯吾も、相応の勇気を振り絞ったってことだよな。
「どうしたんだい、友春。急に固まって」
「ううん、何でもない」
……やっぱり、余計なお世話なんだよな。僕のやってることって。
居間から聞こえてくる颯吾の笑い声を聞きながら、僕は首をもたげた疑念を振り払うために、調理に没頭した。
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