料理は1%の才能と99%の運

「サユ、ちょっといいか?」


 バイトから帰宅してすぐ、沙雪の部屋の扉を開く。

 僕を出迎えたのは、部屋着姿の妹と、彼女の愛してやまないコレクションの数々。

 本格的なショーケースに飾られているのは、主に特撮ヒーローのフィギュアや、ロボットアニメのプラモデルで、いずれも躍動感溢れる原作再現ポーズで飾られている。


「お兄がウチの部屋に来るなんて珍しいね。そういえば、お昼に渡したお弁当はどうだった?」


 組み立て中のプラモデルから目を離すことなく、沙雪は尋ねる。


「そうだな……何というか、『軍が欲しがりそう』な味だった」


 主にバイオ兵器的な用途で。


「なるほど、戦場での糧食にしたくなるくらい、滋養強壮効果があるってことだね!」


 うちの妹は今日もポジッポジなんだ! 

 その自己肯定感は、一体どこから湧いて来るんだ!


「バイト中に聞いといたけど、颯吾も天体観測来るってよ」

「本当? やったぁ! あとはいい感じの雰囲気にすれば自ずと……うへへぇ」


 緩みきった顔で妄想に花を咲かせる紗雪。


「それで、颯吾を落とす算段はついてんのかよ」

「もちろんだよ、お兄。ウチが何のためにお料理の練習をしてると思ってるの? 天体観測の夜食にソー君の大好きな肉じゃがをご馳走して、胃袋を掴むためだよ。あとは腕を組んで胸でも当てれば、さしものソー君もイチコロ! 男子高校生はみんな等しくお猿だもんね!」


 無い胸を張って自信満々に語ってるところ悪いが、困ったらすぐに色仕掛けに走る辺り、思考が僕と変わらないぞ妹よ。

 何なら、兄は二週間前にその手の作戦があまり効果的でないことを実証済みだ。

 それも、お前より遥かに火力の高いレイラ先輩で。


「それよりお兄、また肉じゃがの練習したから試食してみてよ。さっきまでナツ姉に教えてもらってたんだけど、完成前に体調崩して帰っちゃったの。『調理の臭いを肺に入れ過ぎた』とかで」

「ヒェっ……」


 沙雪が生み出す禁忌は、経口摂取以外でも効果を発揮するのか。

 昔から実験体、もとい毒見役、もとい試食役を務めてきた僕は耐性がついてるからまだしも、一般人である夏葉には荷が重かったらしい。


 ま、まぁ、そんな腐海の森の様な代物でも、可愛い妹の手作り料理であることに変わりはない。

 兄として、責任を持って処理しなければ。……家庭外に死者を出す前に。

 辞世の句は、事前に用意してある。どんと来い、死神。


 沙雪とリビングに入ると、微かな異臭が鼻をついた。

 換気扇とガラス戸を全開にして、消臭剤をバカほど撒いた気配があるにも関わらず、なおも消えずに漂っているのは、熱したゴムを味噌で煮込んだ様な臭い。少し嗅いだだけなのに、凄まじい食欲減退効果だ。

 さてさて、肝心のブツは……。


「あれ、意外とまともな見た目してる」


 台所に置かれていた五つの小鉢には、普通の肉じゃがが盛り付けられていた。


「え、これサユが作ったのか? 昨日のやつと見た目からして全然違うじゃん」


 てっきり夏葉が作ったお手本かと思ったくらいだ。


「ふっふ~ん、帰ってからひたすらトライ・アンド・エラーを繰り返したからね。自分で言うのもなんだけど、この五つはかなりの自信作だよ。……あっ、ちなみに『エラー』の方はそこの袋にまとめてあるけど、間違っても触らない様にね。処理にはプロを呼ぶから」

「プロ。」


 気にはなったが、深く掘り下げるのはやめておく。

 メシマズ界の闇は、僕の様な一般人が気安く踏み込んでいい領域じゃない。


「味見してよ、お兄。自信はあるけど、食べてみないと分からないこともあるから」


 それなら僕が帰るのを待たずに、勝手にやってて欲しかった。

 こいつのタチが悪いところは、自分のメシマズ具合を正確に把握してるとこだと思う。


「それじゃあ、失礼して。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

「お兄、ご飯を食べる時の挨拶は『いただきます』だよ?」


 笑顔で凄まれ、意を決して肉じゃがを口にする。


「……あれ? 普通に食える」


 覚悟していた刺激の代わりに広がったのは、ホクホクまったりとした食感と、鼻を心地よく抜ける出汁と調味料の香り。

 手放しで美味しいと言えるほどじゃないけど、スーパーの惣菜レベルにはなってる。


「本当⁉ やったね、流石ウチだよ!」


 バンザイする紗雪を前に、僕は残りの肉じゃがを口に流し込む。

 いや、素直に驚いた。

 今朝まで禁忌を錬成してたのに、もう食卓に置けるものが作れるなんて。

 これまではワントライ目があまりに酷過ぎて強制的に打ち切らせてきたけど、繰り返し練習させてみたら、案外普通に料理ができる様になるんじゃないか?

 そう思いなから二つ目の小鉢に箸をつけたところで、


「あばばばばばばばばぱ⁉」


 僕の口内を、形容し難い痺れと痛みが襲った。

 何これ、隠し味に10万ボルトでも入ってんの⁉


「あー、二つ目はハズレだったんだねえ」

「あうえっえあいあ(訳:ハズレって何さ)」

「いや、見た目だけ成功して中身が伴ってない例もあるんじゃないかと、予想はしてたんだよね」

「先に言えやぁ!」


 なまじ一発目が当たりで、覚悟のガードを下げてたから、通常の二倍のダメージが来たわ! 

 プロレスラーだって、痛みが来ると分かってるから耐えられるわけで!


「というわけで、お兄にはどれくらいの確率で当たりが作れてるか、確かめてもらおうと思います」

「もしかして、人の心をお持ちでない?」


 我が妹は、兄を実験動物か何かと勘違いしているのだろうか。

 てか料理に確率論って。ゲームじゃないんだから、あんた。


「見た目が普通で実食しないと判断できないだけに、今までよりタチが悪いな。……まさか颯吾に食べさせる際も、いちいち僕に毒見させる気か?」

「そこは狙って当たりを出せる様に、乱数調整の方法を模索中」

「乱数調整。」


 どうしよう、妹の言ってることがよく分からない。

 その後、僕は残る小鉢を全て空けるハメになったのだが、ハズレしかありませんでした。

 口の感覚は、既にない。


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