一念発起、輝夜姫

「清瀬四等兵、あんたねぇ! ……って、どうしたの? 何か元気なくない?」


 観覧車から降りてすぐ。

 輝夜の表情が、僕の顔を見た瞬間、怒りから心配に変わった。

 粗暴な反面、こういう気遣いができる奴なんだよな、こいつは。


「別に大したことじゃないから。ちょっと考え事をしてただけだよ」

「本当に? あんた抱え込んで失敗するタイプだから、困ったことがあったら吐き出しなさいよ」

「だから大丈夫だって……そんなことより、ごめんな。僕がことごとくヘマしたせいで、折角のチャンスを棒に振らせちゃって」

「まぁ、そのことはもういいわ。あんたのその顔見たら、怒る気も失せちゃった。そもそも、こうして遊びに来られたのは清瀬がセッティングしてくれたお陰だしね。作戦面であんたや夏葉におんぶに抱っこしてたあたしにも、非はあるから」


 この素直さが、輝夜の魅力だ。

 直情型だけど、ふとした拍子に素直に反省することができる。

 簡単なことだけど、これをやれる人は多くない。


「そういや、ナツと颯吾は?」


 手近な自販機でコーラを買いながら、辺りを見回す。


「夏葉がお腹空いたみたいで、二人でおやつ買いに行ってる」

「燃費悪いなぁ、あいつも」


 さっきアトラクションの順番待ちの間に、重箱いっぱいのおにぎりをみんなで食っただろうが。

 何なら、半分近く自分でたいらげてただろうが。


「それでさ、夏葉には観覧車の中で話したんだけど……あたし、今日中に秋津に告白するから」


 ブッ、フォ⁉

 突然の決意表明に、思わず口にしたコーラを噴き出してしまう僕。

 ……流石に天丼し過ぎだから、人の話を聞く時は極力口に物を含まないようにします。はい。


「ごほっ……な、何でまたそんな急に? 奥手なお前らしくもない」

「だって小細工を打っても、今日みたいに上手く行かないことの方が多いじゃない? それでズルズルと時間を取られるくらいなら、いっそ早々に気持ちをぶち撒けちゃった方がいいかなって」


 な、何という男らしさ……!


「それに……この緊張感が長期間続くのは耐えられない(涙目)」


 そして何という女々しさ……!

 でもまぁ、確かに輝夜らしい決断ではあるよなぁ。


「と、ところでさ。今日のあたしの格好について、秋津何か言ってなかった?」


 落ち着かなさそうに髪の毛を手で梳きながら問う。


「あいつが言ってたのは社交辞令じゃなくて本心だよ。相棒の僕が言うんだから間違いない。さっきも観覧車で今日の富士宮はどストライクだって言ってたしな」

「そ、そっか! ……そっかぁ~~~!」


 爆発した嬉しさを噛み締める様に、輝夜の顔がふにゃぁ~と蕩ける。

 うん、素直に可愛い。こいつ、こんな顔もできたのか。

 輝夜はそのまましばらく照れ照れ照れりんこしていたが、やがて何かを決意した様にむん! と力強く頷いた。


「よし、決めた! あたし、今から告白する!」

「ま、また急だな……大丈夫なのか?」

「時は来た、それだけよ」


 往年の破壊王を彷彿とさせる台詞と共に、輝夜が僕にビシッと指を突きつける。


「というわけで、清瀬四等兵。秋津を人気のないところに呼び出しなさい」

「え、そこは僕なん?」

「こう言っちゃなんだけど、あたし、今の時点でもういっぱいいっぱいだから。例えるなら、ファミコン版ドラ◯エ3の容量くらい限界よ?」

「そいつぁ大変だ」


 ゲーム史に残るレベルかよ。

 てか、それだと会話すら覚束なくならないか? 本当に大丈夫か?


          ☆☆☆


 その後、頼まれた通りに颯吾に連絡をつけた僕は、輝夜を人気のない一角に案内した。


「それじゃあ僕はそこらで時間潰してるから、終わったら連絡し……イタぁっ⁉」


 いそいそとその場を離れようとしたところで、手首を掴まれ強引に引き戻される。


「な、何で行っちゃうのよぉ……」


 そう言う輝夜の目は、うるうると潤んでいる。


「だって嫌だろ? 告白するところを誰かに見られるのは」


 そう答える僕の腕は、ギリギリと締め上げられている。超痛ぇ。


「全然気にしないから。ばっちり聞いてくれてていいから。だからどこかで見守ってて」

「いや、でも……」

「あー、もう! 玉砕した時に行き場のなくなった感情を受け止めて欲しいって言ってんの! それくらい分かりなさいよこのボンクラ!」

「あー、さては! 玉砕した時に僕を憂さ晴らしのサンドバッグ代わりに使うつもりだな! それくらい分かるぞこのアホンダラ!」


 丁々発止とした言い争いの末に、輝夜の手から力が抜ける。


「だって不安なんだもん。見た目はどれだけ誤魔化せても、あたしは秋津好みのお淑やかな女の子には、逆立ちしたってなれっこないんだから」


 スカートの裾を掴んで、シュンとする輝夜。

 あぁ、もう、本当やり辛いなぁ!


「分かったよ。なら見張りを兼ねて、そこの角で待機しててやっから! それでいいだろ?」

「うん……ごめんね、清瀬」

「いいから、こんなことで鼻声になんなって。……ほら、そろそろ颯吾が来るぞ。肝心なところでヘマしない様に、今の内に心の準備を整えとけよ」


 最後に強く言い聞かせて、僕は今度こそその場から離れた。

 別の建物の陰に身を隠し、『ちゃんと居ますよ』の意を込めて手を振ってみせる。

 と、そこで誰かの足音が聞こえてきて、輝夜の肩がびくっと震えた。


「おっす、輝夜! トモの奴、また変なところを集合場所に……って、あいつは?」


 僕の現在位置だと姿は見えないが、来たのは多分颯吾一人だ。


「き、清瀬なら急用ができたとかで、どっか行ったけど⁉」

「え、そうなのか? 何だよ、話があるって言うから慌てて来たのに……しょうがねえなぁ」


 そこで少しの間を置いて。

 呼吸を整えた輝夜が、意を決して口を開いた。


「あ、あの、話があるんだけど、聞いてもらってもいいかな!」


 恥ずかしくて顔を見られないのか、颯吾に背を向けたまま、秘めたる想いを吐き出す。


「あ、あたし……あたし、秋津のことが好きなの!」


 うおおおぉぉぉ! 言ったあああぁぁぁ‼

 想像よりもずっとストレートな、男前な告白だァ! 女子だけど!


「あんたの真っ直ぐなところが好き! 誰かのために迷いなく動ける優しいところが好き! 誰かを守るために身を投げ出せる強いところが好き!」


 出逢ってから約3年半。

 育んできた想いの全てをぶつける様に、輝夜は捲し立てる。


「あたしはあんたから色んなものをもらった。今のあたしがあるのも、あんたのお陰。……でも、まだ満足できないの。友達になれたことは本当に嬉しいし、幸せだと思ってる。でも、それだけじゃ嫌なの! この先も、ただ友達のままっていうのは辛いの!」


 その真っ直ぐな想いに、見てるこっちまで目頭が熱くなる。


「あたしは確かに秋津好みのお淑やかな女の子じゃないし、そんな風になることもできない。だけど、あたしはあたしなりに、好きになってもらえる様に頑張るから……だから……!」


 そして輝夜は、一際大きく息を吸い、その言葉を放った。


「だからお願い! あたしと、付き合ってください!」


 キタ―――ッ‼

 ヘタレの輝夜とは思えない、完璧な告白だぁ!

 さしもの颯吾も、これには心動かされたこと間違いなしだろう!

 みなさん、いよいよお別れです!

 次回は最終回! 『富士宮輝夜大勝利! 希望の未来へレディー・ゴーッ‼』をお送り致します!


「あ、あの……」


 なかなか返事が返ってこないことを不安に思ってか、輝夜が背後を振り返る。


「げっ」


 と、その身体がまるで石化した様にビシッと固まった。

 はて、どうしたのだろうか。ちょっと身体を乗り出して様子を見てみよう。


 輝夜の肩越しに見えた人物は、両手に買い物袋を抱えていた。

 口にはどこかで買ってきたのか、タコスが咥えられている。

 身長160センチしかない小柄な僕よりも、さらに一回り以上小さい体躯。

 そこに不釣り合いなボリュームのお宝を二つ携えておきながら、腰回りや脚回りはきゅっと締まった、メリハリの利いたスタイルの持ち主……、

 と、いつぞやの様な説明はさておいて。


「あの、輝夜ちゃん、それってどういう……」


 夏葉じゃねえかぁ!

 え、ちょっと待って、颯吾いねえじゃん。どこ行ったん、あいつ。

 最初の方は声してたよね? いつの間に入れ替わったん?

 何これ、新手のイリュージョン???


「えと……輝夜ちゃん、これ、つまりはそういうことだよね?」

「う、うん……」


 そう、そういうこと(颯吾に告白してたら、何故か夏葉と入れ替わってた)だ。

 と、そこで不意にガタッという音が響いた。


「わ、悪い! 盗み聞きするつもりはなかったんだけど、トモを探し回って帰ってきたら、偶然、本当偶然出くわしちまって! 最後のとこだけちょびっと聞いちまった、マジでごめん!」


 珍しく顔を真っ赤にしてあわあわしながら、颯吾が頭を下げる。


「その、俺はそういうのに理解があるというか、真剣交際なら性別とかの壁も超えられると思ってるから……応援してるぜ、輝夜! だから、その……ごゆっくり!」


 最後に力強くサムズアップをすると、颯吾は踵を返してどこかへと小走りで去っていった。


「「「………………………」」」


 話の流れに乗り切れず、残された三人で顔を見合わせる。


 ――だからお願い! あたしと、付き合ってください!

 ――えと……輝夜ちゃん。これ、つまりはそういうことだよね?


 あぁ、うん。確かに最後の場面にだけ居合わせたなら、夏葉に告ったと勘違いできなくもない流れですね。

 って、何を冷静に分析してるんだ。早く颯吾の誤解を解きに行かないと――


 ズッシャアァ!


 って、何だ何だァ⁉ 

 突然輝夜が膝から崩れ落ちてしまったぞぅ⁉


「ふ、ふぇぇぇ~ん! あだじ、あだじあんなにがんばっだのにぃ~! 何でごうなるの~!」


 膝を突いたまま天を仰ぎ「あァァァんまりだァァアァ」と慟哭する輝夜。

 うん、そうだよね。

 乾坤一擲の告白が、不発どころかあらぬ誤解を生む結果に終わったんだもんね。

 そりゃあ泣きたくもなるよね。泣き方が幼稚過ぎる気もするけど。


 え~、というわけで。

 放送予定だった最終回ですが、急遽内容を変更して『さらば級友! マスター・カグヤ、昼下がりに死す』をお送り致します。 

 ……マジで、どうしてこうなった。


          ☆☆☆


「富士宮さぁ……」

「言わないでいいから。分かってるって」

「確かに告白自体は凄く良かった。端から聞いてるだけの僕もうるっと来たし、颯吾が相手でも気持ちのほどは伝わってたと思う」

「やめろっつってんでしょぉ……」

「つまり何が言いたいのかというと」

「あー、あー、聞こえない、聞こえな――」

「告白する相手くらいちゃんと確認しようよ……」

「んなーーーーーーーーーーーーーーーっっっ‼」


 痛烈な叫び声と共に、輝夜がテーブルに頭を打ち付ける。

 おいおい、スゲーな。頭突きの震動で周りの席まで揺れたぞ。

 とりあえず、他のお客さんには代わりに謝っとこう。


 僕と輝夜、それに夏葉を加えた三人は今、水道橋駅前のハンバーガー屋で反省会をしている。

 周囲からの好奇の視線を感じながら、僕は「しにたい、しにたい……」と呟き続ける輝夜の頭をそっと撫でてやる。生きろ、そなたは美しい。


 と、まぁここまでは既視感のある光景なのだが。


「ごめんねぇ、輝夜ちゃん。一番大事なところで邪魔しちゃって……」


 今回はもう一人、夏葉までいじいじしていた。


「駄目だね、私。こんなんじゃお姉ちゃん失格だぁ……」


 大丈夫、お前は誰の姉でもない。ただの一人っ子だ。


 輝夜の盛大な誤爆告白だが、まとめると以下の様な流れだったらしい。

【1:僕、電話で颯吾を呼び出す】

【2:颯吾、夏葉に先行して指定場所へ向かう】

【3:颯吾、輝夜と合流するも、僕の不在を知り、周囲を探し回る(精神統一中の輝夜は気付かず)】

【4:輝夜、一世一代渾身の告白(なお、その間無人)】

【5:告白もクライマックスになったところで、何も知らない夏葉が遅れて到着】 

【6:帰ってきた颯吾、輝夜の告白を夏葉に向けたものと勘違い】


 うーん、この噛み合わなさ。

 ものの見事に全員がやらかした結果だって、はっきり分かんだね。


「ともかく、颯吾の誤解はあとで解いておくとして……これからどうするよ、富士宮? 近い内にもう一度アタックかけたいなら、協力するけど」


 僕の申し出に、輝夜は「うにゃぁ……」と、伏せた顔を持ち上げる。


「ごめん、当分はいいかな。このショックはしばらく引きずりそう。一度完全燃焼しちゃったから、またすぐに告白するってのもキツいし。……ま、不発だったんですけどね」

「そうだよねぇ。輝夜ちゃん、頑張ったんだもんねぇ。本当、ごめんねぇ。ほら、笑いなよトモ。お姉ちゃんの情け無い姿を……」


 駄目だこりゃ。ネガティヴ沼に落ち込んだ、地獄姉妹の出来上がりだ。

 その後、僕は二人を励ますのに数時間を費やすことになったのだが。

 それはまた、別の話。

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