文芸部の灰かぶり姫
「やっべ、バイトまであと30分だ。悪いけど、先抜けます!」
壁掛け時計を見た颯吾が、大慌てで荷物をまとめ、部室を去っていく。
どたどたと遠ざかっていく足音に、残された僕とレイラ先輩は、顔を見合わせ苦笑する。
「毎度毎度、慌ただしい奴ですみません」
「いいのよ。それより清瀬君は、一緒に行かなくていいの? バイト先同じよね?」
「今日はシフト入れてないんですよ。僕だって、四六時中一緒にいるわけじゃないんで」
「それもそうね。ならついでにもう一つ聞くけど……秋津君と何かあった?」
「…………イエ、ベツニソンナコトハナイデスヨ?(下手な口笛を添えて)」
「あら、そう? 今日はあまり目を合わせていなかったし、やり取りも途中から『それな』『一理ある』『分かりみが深い』のローテーションだったから、てっきり喧嘩でもしたのかと思ったわ」
そんなに分かりやすいっスか、僕。
「仲直りは早めにね。先輩としては、可愛い後輩たちには末永く仲良くしてもらいたいんだから」
末永く仲良くするために、一旦お邪魔虫をする必要がありまして。
「貴方たちには、本当に感謝してるのよ」
机上の資料をまとめながら、レイラ先輩は微笑む。
「去年の春、先輩たちが卒業して、たった一人の部員になってしまった私を、あなたたちは助けてくれた。……あの時は頭を抱えたわ。新入生勧誘期間の後で規定人数に達していなかったら、問答無用で廃部と言われていたから」
そう言って先輩が髪を掻き上げる。白い耳が露わになり、花の香りが漂った。
「白状するとね、本当は勧誘期間が終わったら部を畳むつもりでいたの。今どき文芸誌製作なんて流行らないし、事実誰も興味を示してくれなかったから」
記憶の宝箱から思い出を取り出して、レイラ先輩は柔らかく微笑む。
「そんな時よ。私の元に風が吹いたのは」
なるほど、言い得て妙だ。
確かにあいつは周囲を巻き込んで逆巻く
「彼は前回号に載っていた私の作品を、それはそれは真剣に読んでくれたの。……本音を言うと、逃げ出したくなるくらい恥ずかしかったけどね。自分が書いたものを面と向かって読まれる機会なんて、それまでなかったから」
へぇ、そういうものなのか。
変わらず感じる天の声も、その点は全力で同意している。
「彼は作品を読み終えると、私の手を取ってこう言ってくれた。『貴女はここで筆を折るべきじゃない。俺にできることなら何でも協力させてください』って。……あれには、本当に驚いたわ。部を畳もうとしてることも、筆を折ろうとしてることも、何一つ話していなかったから」
見える、見えるぞ。
人の寄り付かない部室棟の最果てで、ぽつんとしているレイラ先輩。
そこに現れる我が相棒。握られる手。作品への賛辞。献身的な言葉。
うん、これは運命を感じても仕方が無い。完全にラブコメの導入だもん。
我が相棒ながら、凄まじい
え、その時僕は何をしていたのかって?
もちろん、颯吾と一緒に部活巡りをしてましたよ。
その瞬間だけは下腹部がエターナル・ブリブリザードしていて、トイレに籠もってたけど。
決定的場面に立ち会えないあたりに、僕の友人キャラとしての星の巡りが表れてる気がする。
「私が部員と実績が足りないと相談したら、彼は貴方を連れてきてくれた」
えぇ、覚えていますとも。
延長12回を投げきった括約筋投手の熱投を讃えながら、フラフラと個室トイレを出た僕の手を、颯吾は問答無用で引っ張り、駆け出したんだ。
あの時はいつまた波がブリブ……ぶり返すか気が気でなかった。
というか、今思い返してみたら僕、手洗ってないな。うぇ、ばっちぃ。
「あれからも、あなたたちは何度も私を助けてくれたわね。実績作りのため購買数を伸ばそうとした時も、OB会と軋轢が生まれてしまった時も、私の周りがその……少し困ったことになってしまった時も」
レイラ先輩の言う困ったこととは、去年の秋に起きた、一連の出来事のことだろう。
今でこそ校内屈指の美少女として名高い先輩だが、出会った当初は結構な地味子ちゃんだった。
目元は前髪で覆われ、眼鏡も野暮ったく、猫背だったせいでスタイルの良さもそこまで際立っていなかった。
それが、どういう心境の変化か(すっとぼけ)、二学期になって大幅なアップデートを果たしたから、さぁ大変。
突然現れたシンデレラに、校内の男子諸君は、大いに色めき立った。
結果、お近づきになりたいという男子生徒が、レイラ先輩の元に殺到。
内気な先輩にとって、それはかなりの苦痛だったことだろう。
それを解決したのは、もちろん僕! ……の、相棒!
先輩の危機を察知した颯吾の鉄壁ガードは、それはそれは凄まじかった。
朝・夕の通学路、休み時間、放課後の部活動と、可能な限り先輩の傍に控え、邪な男衆をひたすら撃退し続けたのである。
中には颯吾に嫌がらせをする輩や、かなりヤバめのストーカー気質の奴も混じっていたけど、あいつは最後まで先輩を守り通した。
校内に始末屋の名が浸透したのも、この事件が契機だったと思う。
あ、一応誤解のないように言っておくと、僕も多少は貢献してるからね?
矢面に立つのは怖いから、作戦立案とか情報収集に徹してたけど。
『北中のぬりかべ』が受け止められるのは、ボールだけなのよ。敵意は無理。
「分かってはいるの。彼はただ、困っている人を見たら放っておけないだけなんだって。誰が助けを求めても、きっと彼は手を差し伸べるって」
でも、と続けて、レイラ先輩が僕を正面から見据える。
その瞳に光るものが何かを、僕はよく知っている。
これは、恋の輝きだ。
生憎、それが僕自身に向けられたことは、一度もないんだけどね。
モテ男の相棒をやってると、橋渡しをすることが多くて、この目を見る機会にも恵まれるんだよ。
あはは、おふぁっくですわよ☆
「ねぇ、清瀬君。昼休みの話の続きなのだけど……」
恥ずかしそうに話を切り出すレイラ先輩に、僕はサムズアップを返す。
「分かってます。僕は、いつでもスタンバイできてますよ」
「ごめんなさい。私こういう経験無くて。正直、この感情が恋なのかもよく分からないの。これからどうしたらいいか……」
「その点はご心配なく。僕がきっちりアシストしますから!」
さぁ、肝心要のヒロイン候補がその気になってくれたぞ。
僕もそろそろ、本格的な準備を始めないとな。
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