始末屋と「じゃない方」
「失礼しましたー」「したぁ……」
翌日。学校にて。
昨夜の補導について、放課後職員室に呼び出された僕たちは、生徒指導や学年主任、教頭先生などの豪華な顔ぶれによるありがたい説教を受けることになった。
その後、反省文というお土産を持たされた上で釈放され、今に至る。
「いやー、思ったより軽い処罰で良かったな、トモっ」
「普通の! 高校生は! そもそも反省文なんて書かされないの!」
あっはっは、と能天気に笑う颯吾の頭を、思い切りひっぱたく。
痛ったぁ……全然効いてないじゃん、この石頭め。
「あ、あのっ、秋津君……!」
と、そこで一人の女子生徒が颯吾を呼び止めた。
どうやら僕たちが職員室から出るのを、待っていたらしい。
「誰? 颯吾の知り合い?」
「『依頼人』だよ、昨日の件の」
「あぁ」
「あの、さっき友達から『例の男と縁が切れた』って連絡があったんですけど、これ、もしかして秋津君が?」
「うん、まぁ、一応」
「そんな、私が相談してから、まだ二週間しか経ってないのに、一体どうやって……」
「結構グレーゾーンな手を使ったから、言えないことも多いんだけど……あちらさんの弱みも握った上で、等価交換で穏便に手を引かせた、て感じかな。うん」
なぁにが穏便にだ、えぇ格好しぃめ。
こちとら、まだ足がパンパンなんやぞ。
さて。事の経緯を説明すると、だ。
他校に通う友達を、悪い男から解放する手助けをして欲しい。
この女子生徒が、そんな相談を颯吾に持ちかけたのが、全ての始まりである。
その友達というのは、俗に言う『トー横キッズ』だった。
思春期特有の孤独感を紛らわせるため、人の大勢いる歌舞伎町を深夜までうろつき、家にもほとんど帰らない生活を送っていたらしい。
そんな彼女に近づいたのが、近くのホストクラブで働く男。
そいつは言葉巧みに彼女をホテルに連れ込むと、えーと、その、なんだ……チョメチョメした様子を隠し撮りした動画をネタに、脅迫を始めた。
最初はお小遣いレベルの要求だったのが段々とエスカレートしていき、『身体を売るか、クスリを売るか』までいったところで耐えきれなくなり、古い友達だった依頼人の女の子に相談。
警察に告発したら動画がネットに流されるかもしれず、何より親にバレたくない。
そんなわけで、頼りになると噂の颯吾に話が来たわけだ。
まさか、対処療法じゃなくて根本治療に乗り出すとは、思ってもみなかっただろうけど。
「あの子は、私の一番古い友達で。本当、秋津君には何てお礼を言ったらいいか……」
「別にいいよ、お礼なんて。代わりと言っちゃなんだけど、周りで困ってる人がいたら、同じ様に助けてやってよ。できる範囲でいいからさ」
それに、と言って颯吾が僕を親指で差す。
「俺だって、別に一人で全部をやったわけじゃないから」
「あっ、そうだったんですね。ありがとうございました、えっと……………………佐藤君」
「清瀬です」
さてはこの子、僕の名前が分からなくて、日本で一番多い苗字に全額ベットしやがったな。
その度胸は嫌いじゃない。
その後、何度も頭を下げる女子生徒と別れ、僕らは下校を始めた。
「『周りで困ってる人がいたら、同じ様に助けてやってよ』ねぇ」
「いきなり何だよ、トモ」
「別にぃ? ただ、行き過ぎた無償奉仕もどうなのかな、って思っただけ」
「いつも言ってるだろ。『サンコーの始末屋』は見返りは求めないんだよ。これは、そうだな、ライフワーク? みたいなもんだから」
「さいですか」
『サンコーの始末屋』。
四六時中校内の揉め事に首を突っ込んでいる颯吾と、毎度それに付き合わされている僕を指す、通り名の様なものだ。
トラブルに始末をつけるから、始末屋。
誰が呼び始めたのかは知らないが、2年生4月現在で、既に学校全体に定着している。
……もっとも、名前が知れてるのは主体的に動いてる颯吾ばかりで、僕の方は何か横にいる奴、みたいな認識らしい。
ちょくちょく『始末屋(じゃない方)』って呼ばれてるからね。ケッ。
ちなみにサンコー、というのは僕たちが通っている『三鷹の森学園高校』の通称だ。
俗に言うマンモス校だが、普通科進学コースはなかなかの倍率を誇っていて、学力レベルもそれなりに高い。幼馴染たちの万全のサポートがあったとはいえ、僕が受かったのは奇跡みたいなものだ。
人気の理由は、かなり緩く設定された校則だろう。
偏差値の高い高校ほど校則が緩い、なんてのはよく聞く話だが、サンコーはそれが行き過ぎている。
ぶっちゃけ、落第さえしなければオールオーケー。
そんなスタンスだから、度の過ぎた悪ふざけやイジメ、その他警察のご厄介になる様なことでなければ、大抵のことは許される。その分テストは難しいけど。
そのせいか、この学校には風変わりなクラブ活動だったり、想像もつかない様な悪ノリをする輩が多く、校内トラブルには事欠かない。
誰が呼んだか、『サンコー動物園』。言い得て妙だと思う。
颯吾が始末屋なんて酔狂なことをしてるのも、僕がそれに付き合わされてるのも、そこに火種と需要があるからなのだ。
ともかく、僕が入学前に思い描いていた『地に足付いた範囲で充実した高校生活』を破壊しているのは、他でもないこの親友である。
トラブル大好き人間のこいつに振り回されてる内は、穏やかな高校生活なんて、望むべくもない。あー、ヤダヤダ。
「いいよなぁ。お前くらい何でも解決できるスペックがあると、悩みとかもなさそうで」
下駄箱で靴を替えながら漏らした言葉に、深い意味はない。
ちょっとだけイジワルを言ってやりたかっただけなのだが、意外にも颯吾はそこで言葉に詰まった。
「……そうでもねぇよ。俺だって、誰かに助けて欲しい時くらいある」
「颯吾?」
見慣れた顔の、見慣れない表情に、少しばかり不安を覚える。
「なぁ、トモ。いつもの、やってかねぇか。……ちょっと、話したいこともあるからさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。