第3話 蘇生

 午後八時過ぎ。


 流歌は地下一階の転移陣の間に到着。洞窟のような場所で、壁が薄っすらと光るので視界を確保できる。


 そして、転移陣の前には一人の女性が待ち構えていた。


 顔立ちは日本人だが、ロングの髪も綺麗な目も金色。聖職者のような白い服を着ているけれど、実のところその服装にあまり意味はない。


 大事なのは、彼女が両手に持っている白銀の杖。先端に放射状の豪奢な飾りが付いたそれは、聖妃せいひの杖という名前で、回復や蘇生の力を増幅してくれる。



 彼女の名前は、光瀬愛海みつせまなみ。探索者名はヒカリ。年齢は十八歳。見た目は少し幼く見えるが、もう高校を卒業していて、社会人として働いている。大学には進学していない。そして、愛海まなみは聖女というスキルに目覚めており、強力な回復と蘇生の力を持つ。回復薬なども作成できるので、普段はそれを探索者ギルドに売って稼いでいる。



 よくダンジョンで死体を回収してくる流歌は、愛海まなみとも交流が多い。友人同士と言って差し支えないくらいだ。



「ウタ姫、お疲れ様ですー。今日も安定のゲチャグロ死体でしたね! ぞくぞくしました! 最高です! じゃあ、ちゃちゃっと蘇生しちゃうんで、蘇生室に運んじゃってくださーい」


「……私も自分を異常者の類だと思ってます、あなたも相当ですよね」


「この仕事やってて普通の精神保ってる人なんていませんよー。あっはー!」



:ヒカリちゃん頑張ってー! 俺はヒカリちゃんを見にきてるんだよー!


:ヒカリちゃんの陽キャサイコパスぶりも素敵!



 配信はまだ続いている。ここまで来ればもう終わってもいいのだが、死人が復活するところまで見て安心したいのが、リスナーの心情。


 ヤバいリスナーばかりだが、なんだかんだ本当に人が死ぬところを見たいとは思っていない。ちゃんと生き返るからこそ、無邪気に盛り上がっていられるのだ。



(リスナーが本当に人の死を望んでるんだったら、私も胸糞悪すぎて配信なんてやってられん)



 そんなことを考えつつ、流歌は遺体袋を蘇生室に運ぶ。蘇生室といっても、簡易的なテントだ。蘇生直後は概ね素っ裸になるため、蘇生はその中で行われる。


 それと、地下一階の転移陣の間には、愛海の他にも三人の救護係が待機している。蘇生まではできないが、回復魔法は使用可能な人たちだ。怪我人が来たら対応する。


 ちなみに、回復魔法はダンジョン外よりダンジョン内で使うと効果が高くなる。救護係がダンジョン内に待機している理由の一つはそれだ。あとは、病院などへの搬送中に人が死ぬと蘇生ができなくなってしまうので、ダンジョン内で治療するということでもある。


 回復薬を使って傷を癒やすこともできるが、魔法で癒やす方が少し安く済む。また、回復担当を連れていないパーティーも多いので、救護係の需要は少なくない。



「死体も運び終わりましたし、私の仕事は終わりですね。蘇生には十分ほどかかるので、しばらく雑談でもしますか?」



 流歌の問いかけに、リスナーが即座に反応。


 スリーサイズは? とか、彼氏いるの? とかのどうでもいい質問は華麗に無視。



「私はアイドルではありませんし、人気が欲しいわけでもありません。気に入らない質問や不快な質問はただただ無視します。ご了承ください」



 流歌のスタンスに反感を覚えるリスナーもいる。しかし、大多数はむしろ好意的で、ダンジョン配信はそれでいいのだと受け入れてくれる。


 雑談をしているうち、テントから愛海が出てくる。



「終わりましたー。母子ともに健康ですよ、お父さん」


「誰がお父さんですか。あの人はただの他人です。……あ、もしかして、本当に妊娠中の女性だったとかですか? お腹に子供が……?」


「いえいえー、肉体の特徴的に、妊娠の可能性がないのは確かです。今のは冗談ですよー」


「肉体の特徴的に……?」



 流歌が首を傾げると、「処女ってことですよ」と愛海が流歌に耳打ち。



(蘇生魔法を使うとそんなところもわかるのか……? まぁ、わかるんだろうな)



 あまり関心を持つことでもないので、流歌は軽く流しておく。



「とにかく、ウタ姫の助けた女性は無事です。意識も取り戻しました。まぁ、魔物に生きながら食われたことで、結構なトラウマになっているようですけれどね。テントの中でぶるぶる震えてますよ。なかなかに壮絶な体験だったみたいです」



 あははー、と愛海は無邪気に笑う。本当に、愛海の感性は常人から大きくかけ離れてしまっている。


 ただ、流歌は愛海を責める気にはなれない。これは凄惨な死を見すぎた弊害で、職業病でもある。


 魔物に食われた人間の死体だとか、猛毒に侵されている死体だとか、呪いで変形した死体だとかを見続ければ、まともな精神でいられるわけもない。



:相変わらずぶっ飛んでるヒカリちゃんも最高。


:最高っていうかサイコー(←サイコパス)かな?


:本当にお疲れ様です。



「……ヒカリさん、笑うところではないですよ。でも、とにかくお疲れ様です」


「本当ですよ、もう! 蘇生魔法を使える人が少ないからって、急に呼び出されるんですからね! ぷんぷんです! ウタ姫、この後暇ですか? 暇ですよね? 一緒にご飯食べに行きましょう! そのあとはホテルでしっぽりです!」


「……食事はいいですけど、ホテルとか言い出すのはやめてください。私たちはそういう関係じゃないですから」



 実態としてそういう関係ではないのだが、ネット上で流歌と愛海はカップルということになっている。


 そういうのを面白がって広める人がいるのだ。


 別に困ることでもないので、流歌は無視している。


 リスナーにどう思われているかはさておき、流歌はもう配信を終わらせる。



「えっと、リスナーの皆さん。今日もご視聴ありがとうございました。今回は比較的ソフトな配信になりましたが、場合にっよってはショッキングな映像を見ることになります。まともな人間は今回限りで見るのをやめた方が良いでしょう。もし、刺激に飢えているとのことでしたら、また次回、誰かが死の淵に立ったときにでもお会いしましょう。さようなら」


「ばいばーい!」



 流歌が淡々と挨拶して、その隣で愛海が子供みたいに両手を大きく振る。



:今日もお疲れ様!


:なんだかんだ、人が嫌がる仕事を引き受ける偉い子!


:また見に来るよ!


:ウタさんが回収してくれた子、私の友達なんだ。地下七十一階で死ぬとか、長期間死体が放置される可能性もあって、結講心配してた。早期に回収してくれて本当にありがとう。ウタさんがいると、安心して探索できるね。



 流歌は最後のコメントに何かしら反応をした方がいいかもと思ったが、気の利いた言葉も浮かばなかったので、そのまま生配信を終了した。



「ウタ姫、頼りにされていますね! かっこいいです!」



 何故か愛海は随分と嬉しそうだ。



「死体を回収しているだけなんですけどね」



 感謝されたくて、死体回収をしているわけではない。でも、感謝されて嫌な気分になるわけでもない。


 流歌は、仮面のしたで小さく笑った。


 それから、流歌は愛海と共にダンジョンを出て、さらにダンジョンを覆うように設置された建物からも出る。


 ダンジョンに隣接した探索者協会に赴き、依頼完了の報告。


 今回の死体回収の報酬は七十万円。どこから回収してくるかで報酬は変わるのだが、地下七十階から地下七十九階からであれば、一律で七十万円だ。ちなみに、地下一階から地下十九階からであれば十万円、地下二十階から地下二十九階からであれば二十万円、という風に決まっている。


 報酬は、一旦探索者協会から流歌に支払われた後、協会が回収対象になった本人に請求する。その流れのおかげで、流歌が報酬を貰い損ねることはない。


 蘇生を担当した愛海にも、三十万円が支払われる。お金の流れは死体回収のときと同じ。人の命が三十万円というのは破格の安さだが、蘇生担当者に競合がいて、当たり前に人が生き返る世界だと、そのくらいの金額に落ち着くらしい。


 合計して百万の出費が、流歌が回収した人に降りかかるわけだ。一般的には相当な出費だが、分割払いも受け付けているし、地下七十一階まで行ける探索者は儲かっているはずなので、支払いも難しくないはずだ。


 報酬を受け取り、二人とも更衣室で着替えを済ませて、外に出る。


 ダンジョン近くには探索者が集まるため、付近には飲食店が立ち並ぶ。馴染の店もあるが、新規開拓も捨てがたい。



「さぁ、流歌さん! 臨時収入も入ったことだし、一緒にどーんと美味しいものを食べよう! いいお肉が食べたいね!」



 プライベートでは、二人とも砕けた話し方をしている。それくらいには、もう親しい関係だ。



「……あの死体を見て肉が食いたくなるのか。すごいな……」


「骨付きの美味しそうなお肉だなー、って思いながら見てたよ!」


「それは流石に冗談だよな?」


「当然だよー。人間のお肉は美味しくないからねー」


「……実際に食べたことがあるみたいな言い方だな」


「ふふー?」



 愛海は意味深に微笑む。本当に人間を食べたことがあるわけではない、はずだ。しかし、愛海の感性は常人とかけ離れてしまっているので、ありえないと完全否定はできない。



「……この件は深く追求しないでおく」


「そーおー? なら、とにかくご飯! 肉肉にぃくぅ!」



 愛海が肉を食べたいのは本当らしい。


 流歌はあまり肉を食べたい気分でもなかったのだが、ここは愛海に合わせることにした。


 合わせられる程度には、流歌の感性も、常人とはかけ離れてしまっている。


 要するにお互い様で、だからこそこうして一緒にいられるし、一緒にいるのが心地良いのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る