第10話 フロイドの報告

 翌朝、いつものように朝食を用意してから、ナタリアを起こす。

 いつものルーティーンが始まったと思っていた。

 眠そうに瞼をこするナタリアの頭を撫でると、なぜか俺を凝視した。

「パパ、どうしたの?」

「なにもないが?」

「へん。パパのそれ、よくない!」

 これまでも、時々ナタリアの言う事が分からなかったが、今日は拍車がかかっている。

 子供の言う事だからと深く考えないのも手だが、今の俺は思考を紛らわせる手段を欲していた。

「なんだろうな~、ツムジを中心に撫でたのかもなぁ~」

「つむじー?」

「頭のてっぺんの事だよ。そこをグリグリすると、お腹が悪くなるんだ」

 その瞬間、ナタリアは咄嗟に両手で頭をガードし、少し怯えていた。

「いつもは少しずらしてたんだけど、今日は手元が狂ったかな?」

「それダメ!!」

「あはははは、冗談だよ。本当はちょっと下痢になるだけだ」

「やああああ!」

 面白い。

 昨日あった嫌な事が忘れられそうだ。


 食事を摂り終わると、ナタリアは玄関にある木製の剣と杖を見つけた。

 双子の忘れ物だが、特段珍しい事ではない。

 二女のリムも、俺の家に来ては私物を置いていく。

 まるで倉庫とでも勘違いしているのではなかと思う程だ。

「パパ!これ、する!」

 何をするのかと思いきや、ナタリアは剣を構えていた。

「剣術でも覚えたいのか?」

 それが期待通りの答えだったらしく、元気が爆発しそうなくらいの眼差しを向けられた。

「じゃあ、素振りでもやってみるか」

「ヤゥイイイイイ!!」

 ナタリアは奇妙な雄たけびで喜びを表現しているようだったが、俺には脳みそを貫通しそうな高音で少し辛かった。


 室内で剣を振り回す癖がついてはいけないので、玄関先で始めた。

 注意点をいくつか話しながら手本と見せるように、何度か剣を振り下ろした。

 ナタリアは言った事の半分くらいを守りながら真似をする。

 力の抜きどころと入れどころを重点に説明したせいか、少しぎくしゃくしながらも精一杯頑張っている。

「えい!えい!」

 微笑ましい姿と可愛い掛け声に絆されながら、両親の事を思い出していた。


 俺の両親はそれなりに資産を持っていた。

 どうやらこの町を十何年も離れていた時期があって、その間に一発当てたらしい。

 ちなみに俺が生まれたのはこの町に戻る少し前だそうだ。

 当時王都やその周辺都市は混乱していて大変な時期だったらしく、両親は資産を守る為に逃げてきたと噂される程だ。

 この町に戻ってからは漁師として生計を立てていたが、その資産に手を付けず、贅沢もしないまま亡くなった。

 漁の最中の事故だそうだ。

 船が転覆し、それに巻き込まれたのだろうとリタの父が言っていた。

 俺は漁師の知識も船も受け継げなかったので、冒険者の道を選んだ。

 その選択はリタの父と組合長が強く後押しし、当時教会に入ったばかりのリタも大喜びした。

 幼少のころから、漁師には不必要なほど厳しい鍛錬と剣の技を伝授されていた。

 結果的にそれが今の俺の土台になっているのだから、感謝しかない。

 冒険者になると決めた後は組合長が俺を鍛え、クエストに向かう時はリタとマリーネがか必ず付いてきた。

 改めて思い返せば、恵まれた環境で育てられたと、少し嬉しくなっていた。

 冒険者となって暫く経つと、両親が漁業の傍ら時々クエストを受けていた事を教えられ、それが結構難易度の高いものだったらしく、少し誇らしくなったものだ。


「はぁはぁ、れべる、あがった?」

「ああ、1くらい上がったんじゃないかな」

 ナタリアはありもしない、レベルという概念を持ち出した。

 これは子供たちの間で流行している、遊びに関係しているらしい。

 強さが数値化できれば、どれほど便利なのだろうかと思うと同時に、魔王との対峙で絶望を受けていたのかと考え、少し背筋が凍った。

「じゃあ、そろそろ昼にするか」

 そう言って立ち上がった時、少し遠くから声がした。

「おーい、ライオネル~」

 穏やかな顔でこちらに歩いてくるのは、同じパーティのフロイドだった。

 歳が比較的近い事と落ち着いた性格から、話しやすく、時々愚痴を聞いてもらっていた。

「おー、今から飯作る所なんだが、一緒にどうだ?」

「いやあ、もう少ししたら彼女とデートなんだ」

「は~~~~~~~~~~」

「どうしたんだい?その反応、いつものライオネルらしくない」

「いいよなぁ、彼女持ちは」

「ああ・・・、彼女のお陰で幸せだよ。ライオネルだってリタがいるじゃないか」

「それがなぁ・・・」


 一部始終を話した所、フロイドは俺の考えを否定した。

「ライオネルの事が好きに決まってるじゃないか、彼女の献身は家族のそれとは違う、間違いないよ!」

「お、おう」

 フロイドが感情を露にするのは珍しく、気圧されてしまった。

「そうだ、僕がさりげなく聞いてきてあげるよ」

「ありがとう、すまんな。ところで、今日は何か用事があったんじゃないか?」

「あ、そうだった。半月くらいに結婚式を挙げる事にしたんだ」

「おお、おめでとう!そうか、ついにか、結婚資金貯めると言ってたもんな」

「最後はあんな事になっちゃったけどね」

 魔王の事だ。

 結局、何も分からずじまい。

 ナタリアの事情も何も分かっていない。

 そんな不安定な状態で、結婚したいと思ったのが間違いだったのだろうか。

「あまり悩むなよ。次に会ったら逆に告白されるかもしれないよ」

「だったらいいな。まぁ、今はナタリアが居ればそれでいいやって思ってるよ」

「ははは、親バカもいいけど、結婚はあきらめるなよ。君たちが分かれるなんて僕は悲しいよ」


 フロイドは俺を励ますだけ励まして去っていった。

 デートのついでに今から教会に行って、話を聞いてくれるそうだ。

 当の俺はまだリタと顔を合わせる勇気がなく、昼を食べたら冒険者組合に行こうと考えた。例の黒魔法の続きだ。

 俺には紛らわす為の何かが必要だったんだ。


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 次回、黒魔法の本でまさかの異常事態発生!

 (嘘予告)ナタリア、黒魔法使いデビュー!?


 ***

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 感想など反応あれば非常にうれしいです。

 家の前が児童公園ということもあって子供の奇声って日常的に聞こえてくるんですよね。なので私にとっては自然音みたいなものですが、苦手な人はいるようで煩いと言ったり、何か事件か?と異常に心配したり。そんな知人の反応を観察するのもまた面白いです。

 公園関係で言えば、少し前に『粛聖!!ロリ神レクイエム』という曲がYouTubeで見かける様になってた頃、子供の一人が公園で歌いだしてて、教育上大丈夫なのかコレなんて思いました。最近はBBBBが流行りのようです。これも自然音になるのかな。

 それでは、これからもよろしくお願いいたします。

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