第50話 出荷の日の朝 3
荷物が積み終わると、男がヒュェルリーンの方に来る。
「ご覧の通り荷物の積み込みが終わりました。早速、出発します」
「ありがとうございます」
「道中の無事を願ってます」
二人の労いの言葉に、男は嬉しそうに頭を下げると、直ぐに馬車に乗り込むと号令を掛けて出発させた。
敷地内をゆっくり進み道に出る。
その後をアイカユラとヒュェルリーンが追うように進む。
荷馬車の男が裏門の警備をしていた冒険者達に声を掛けると、もう一方の馬車に乗り込むと荷馬車の後を追うように出発した。
2台は直ぐに角を曲がって表の通りに向かうと、アイカユラが裏の扉を閉めるので、ヒュェルリーンも手伝って鍵を掛ける。
「それじゃあ店舗の方に行きましょうか」
二人は工房の出入り口から入り、その扉を閉めると店舗に向かった。
外を確認すると、店の前に止めてあった馬車も一緒に移動して見えなくなるところだった。
その様子を見てアイカユラは終わった事にホッとしている。
「ごめんなさいね。連絡ができなくて、起こしてしまったかしら?」
「いえ、朝食の用意を始めるところだったので、丁度良かったです」
「そうだったの、良かった」
アイカユラは答えていたが、表情は何か考える様子をしながら店舗の入口の鍵を閉めた。
「ねえ、何か気になる事でもあったの?」
「あ、いえ、とても物々しい警備だったので」
「そうね。でも、大事な物を運ぶなら、こんなものじゃないかしら」
ヒュェルリーンの表情には笑顔があったが、視線はアイカユラを捉えて探っているようだ。
「ああ、そうだわ。それより、工房の出入口は扉を閉めただけで鍵を掛けてなかったわ。まず、鍵を閉めに行きましょう」
「でも、裏庭の出入口は鍵を掛けてます」
「ダメよ。一箇所の鍵を破られてしまったら屋内に入られてしまうわ。必ず全ての鍵は掛けておくものよ」
「そうでしたね。今後は気をつけます」
そう言って、店舗から移動を始めると、ヒュェルリーンも後に続いた。
直ぐに言われた事を実行する姿に満足そうにすると、ヒュェルリーンは話し掛けていた事を思い出していた。
「ああ、さっきの話だけど、価格の安い物なら、あそこまで厳重な警戒をする事は無いわね。それに、もっと多くの馬車を引き連れているでしょうね。でも、パワードスーツの価値は計り知れないわ」
ヒュェルリーンは歩きながら優しく伝える。
「ほら、あなたが提案した外装骨格の利用方法だって、これからの産業になるかもしれないわ。だから、絶対に目的地に届け、ジュネス達に渡す必要があるの」
アイカユラは、外装骨格を怪我をおって不自由になってしまった身体の補助に使おうと提案していた。
工房の扉を開けようとして、その事を指摘されると、ヒュェルリーンの言わんとした事にも理解が及んだ。
「そうですね」
アイカユラとヒュェルリーンは、工房の裏庭に続く出入口に向かい扉の鍵を掛ける。
終わるとヒュェルリーンは真剣な表情をしてアイカユラを見た。
「アイカ。商会が続く為に必要な事って何だと思う?」
「え! あ、はい。物を売る事だと思います」
アイカユラは、話が切り替わり慌てた様子で答えると、ヒュェルリーンは、その答えに満足してないと言うように顔を左右に軽く振った。
「続けると言うことは、ある程度の売上が有れば簡単なの。でも、毎年同じ賃金で働いていたらどうなると思う?」
言われてアイカユラは難しそうに首を傾げる。
「それは成長しないし、それどころか逆に後退してしまう事になって、売り上げも落ちてしまうわ。昨年と同じで良いと思ったら、どんどん下がってしまうものなの。モチベーションを上げる為にも常に進化する事を経営者は考え幹部にもそれを要求するの。だから上を目指す事、新たな商品を作り出す事を忘れてはいけないの」
その説明に、アイカユラも何となく分かったような表情をしたので、ヒュェルリーンは安心した表情になる。
「その為にジュネス達の開発する物に協力して技術を引き継ぐの。特にジュネスの考える物にはベアリングのように直ぐに転用可能な技術もあるわ。だから、商会はジュネス達には敬意を払うし援助もする。私達はジュネス達が満足できる報酬を支払って協力を得るの。だから今回の輸送も最善な方法を選んだの」
厳重な警備はジューネスティーンに対して敬意を払い絶対に届けさせる事により信用を得る為だと分かると、アイカユラも今回の厳重な警戒の理由が分かったようだ。
「そうですね。彼らの信用を得るなら無事に届ける事が重要。その為の厳重な警備体制なのですね」
アイカユラが納得するように答えた事にヒュェルリーンは満足そうに笑顔を向けた。
「新しい物を開発するってとても大変な事なの。でも、ジュネス達は簡単に成し遂げてしまったのよね。フルメタルアーマーの問題点からパワードスーツになって、可動部分の動きをスムーズにする為にベアリングのアイデアが出てきたでしょ。それにギルドに提出するパワードスーツを作っていたらホバーボードのアイデアまで出てきているのよ。一つの事からあれよあれよってアイデアが出てくるなんて信じられないわ。あんなの、何十人もの開発者や学者が集まって試行錯誤して何年も掛けて試作品を作る事になって、それでも商品化に辿り着かない事だってあるの。それなのに、パワードスーツもベアリングも数年で完成させてしまって、ジュネス達と出会ってから本当に仕事が増えてしまったわ」
商会の筆頭秘書であるヒュェルリーンでも、流石に目まぐるしい新商品には追いつくので精一杯といった様子であるが、それを楽しんでいるような雰囲気が伺えた。
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