第15話 梱包箱の商談


 アイカユラは、来店した梱包箱を作ってくれる業者を迎え一人で応対をしていた。

 一人はアイカユラと寸法や必要な情報を聞き、もう一人が石板に必要事項を記載している。

 話を聞いて石板に必要事項記載していた男が、もう一つの石板を手に持ち面を自身の方に向けアイカユラに見えないようにして何か書き初め納得すると話をしていた男にだけ見えるように見せた。

 男は見せられた石板を確認すると真剣な様子で頷いてからアイカユラを見た。

「金額の計算があがりました。梱包箱は一箱中銅貨3枚でいかがでしょうか?」

 その値段を聞くとアイカユラは考え始めた。

(木材の原価があの位だから、加工費、管理費、利益、……。少し高いような気がするけど、1台に対して3箱、発送するのは5台で15箱だけか。量産ではないのだから、悪くはない金額か)

 納得するような表情を向けると笑顔を見せた。

「分かりました。それで、お願いします。それで、支払いはジュエルイアン商会となりますので、商会との取引条件の通りでよろしいでしょうか?」

 商会の名前を出すと、対応をしていた男の顔が一瞬曇った。

「かしこまりました。おっしゃられた通りに木箱を完成させ納品いたします」

 男の答えを聞くとアイカユラは笑顔を作った。

「ありがとうございます。それで、いつ頃納品していただけますか?」

 交渉していた男は、隣の男の顔に視線を送った。

「明日の夕方と言いたいのですが、……。こちらも作業が立て込んでおりまして、明後日の夕方でいかがでしょうか?」

 話をしていた男は答えながら、隣の男の表情が曇るのを見て日程を1日遅らせると、アイカユラは、一瞬考えるような仕草をした。

「分かりました。それでお願いいたします」

 男達はホッとしたような様子をした。

「そうですか、助かります。それでは、この者が納品に伺いますので、よろしくお願いいたします」

 一緒に来た男を指して言うと、その男は一礼するので、アイカユラは笑顔を向ける。

「ありがとうございます。その際は、お店の方に持ってきていただければ、そこで受け取ります」

 アイカユラの答えを聞くと男は一瞬戸惑ったような表情をした。

「木箱は案外重い物ですから、何なら、工房までお持ちいたします」

 何か思惑有り気に提案するが、アイカユラは笑顔を崩さなかった。

「あ、問題ございません。台車も有りますから、重くても平気です」

 その答えに少し残念そうにした。

「かしこまりました。それでは、明後日の夕方、こちらの店舗にお届けするようにいたします」

 商談が決まると、二人の男は退店して行った。


 二人の男は、乗ってきた馬車に乗り込み動き出すとメモを取っていた男が交渉していた男に不満そうな表情を向けた。

「師匠、もう少しふっかけられたんじゃないですか? 相手は女でしたよ!」

 その言葉にヤレヤレといった表情をした。

「お前、ジュエルイアン商会は、大陸に支店を幾つも持つ大商会だぞ。そんな事をしたら足元を見たとなって、信用を無くすんだ。あの商会は常に取引相手を値踏みしている。今回だって、あの店を紹介されたが詳しい話は店でとなっていた。きっと、俺もあの嬢ちゃんもジュエルイアン商会に相応しいかどうかを試験されているのさ」

 師匠の答えを聞いて、そんな物なのかといった表情をするので、もう少し説明が必要と思ったようだ。

「ジュエルイアンは、商会を父親の突然死から引き継いだ後も売上を伸ばしている。あいつは人を使う事、先を見通す事、何に置いても秀でた才能を持っている。俺が今までジュエルイアン商会と仕事が出来ているのは、敵対せず、騙さず、誠実に取引しているからだ。小手先の策略なんて直ぐに見抜かれて必要無いと判断されれば直ぐに切り捨てられてしまうさ。だから、あそこの取引相手は相応の対応を迫られる」

「そんなもんなんですか」

「お前も上に立って経営をしてみたら分かる。目先の利益より長く続く売上が重要だという事がな」

 師匠の話を聞いて、何となく理解したような表情をした。

「なるほど、それのギリギリ取れる利益を考えての値段なんですか」

「そうだ。あの金額は、ジュエルイアン商会に伝わる。その値段を聞いて高いのか安いのかを見極められる」

「そう言えば、支払いはジュエルイアン商会でしたね。それで支払条件の話を聞いて顔を曇らせていたんですか」

「そうだよ。今回、ジュエルイアン商会から連絡を受けた時、俺に行って欲しいと言った事もだが、今回の話は何か裏が有るかもしれないんだ」

 師匠は難しい表情をしたので、男は気になったようだ。

「ジュエルイアン商会が、何か新しい物を考えているとかですか?」

「そうだよ。ほら、最近、車軸の回りがスムーズになるベアリングを販売し始めただろう。馬車に使ったら動きが良くなるって触れ込みでな」

「そう言えば、師匠も発表会の時に招待されてましたね」

「ああ、重い荷車を使って実演していたし、後で動かしてみたが全然違っていたよ。あれはこれからの商品だ。きっと、大きな事業になるはずだ。案外、ベアリングを足掛かりに、また、新しい商売を始めようと思っているのかもしれないな」

(そういえば、あの発表会の時、会場の隅の方に、あのアイカユラも居たなぁ)

 師匠と呼ばれた男が考えるような様子をしていると、メモをとっていた男は何となく納得するような表情をした。

「ふーん。そんなもんなんですか。自分は、あそこの剣が気になっていたので、できれば工房に入りたかったんですけど、無理そうでしたね」

「ああ、あの細身の斬れ味の鋭い剣ってやつか」

「ええ、どんな工房で作っているのか興味があったので、中を見たかったですよ」

 師匠はヤレヤレといった表情をした。

「お前、鍛冶屋が自分の工房によそ者を入れるわけがないだろう。しかも、噂の剣なら絶対に秘密にするはずだ」

「でも、変なんですよ。あの剣の注文を今は受けてないらしいんです。一時期はとんでもない量を受けてたんですけど、少し前から新規の受注は受けないの一点張りらしいんですよ」

 二人は木箱等の木材を加工している業者であり、冒険者のように武器が必要では無い事からエルメアーナの販売していた剣については噂程度の話しか知らない。

 誰もが欲しがる剣であり、作れるのはエルメアーナの工房だけとなれば価値が高い。

 しかし、それを完全に止めてしまって別の物を作っているというのは大商会の傘下の鍛冶屋では考え難い事から、それ以上の何かを考えている時になる。

「ジュエルイアン商会は、あそこの鍛冶屋で何を作っているんだろうか?」

 そう呟くと黙り込んでしまうと、馬車の中は静まってしまった。

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