02
「でよ、好きな物が同じなのはいいんだけど毎回取り合いになってな、昔なんかは血が出るぐらい殴り合ったこともあるんだぜ?」
「大好きな物で大事に取っておいたのに食べられたら私でも気になるかも」
「気になるかもしれないところで止まればいいんだけどな、どうしても我慢ができなくなるんだよなあ」
また同じ物を買ってくれば解決するわけではないから失敗したときにすぐに買い直そうとする私の癖的に大問題になりそうだった。
そのつもりはなくても相手からすれば煽られているように感じるかもしれない。
「ちょっと葵、今日は一緒に過ごす約束だったでしょ」
あ、これは萬場さんだ。
私といるときは井辻さんも葵さんに近づかないから宝理さんも来たりはしない。
私が邪魔をしてしまっている状態だから気になるけど自分から距離を作るタイプではないからどうすればいいのかと考えているところだった。
避けられる人間ではなかったらみんなで仲良く、なんて選択ができたもののそうではないから……。
「ああ悪い」
「辻だって気にして近づけないからさ、江連さんももう少しは考えてくれるとありがたいんだけど」
「ごめん」
「とにかくいくよ葵」
「おー引っ張るな引っ張るな」
一人になった。
一人のときは読書かぼうっとしているか、学校ではぼうっとしていることが多い。
本は味方だけどそこまで読書大好き娘というわけでもなかった。
たまに気分転換のために廊下に出ることがあって、担任の先生が通りがかったときなんかには話しかけさせてもらっている。
だけど今日は、
「お前って馬鹿だよな」
「急だね」
唐突に現れた葵君に罵倒されていた。
「中途半端にやるんじゃねえよ、夏美といてえならちゃんと言えやこら」
「約束をしていたみたいだったから」
葵さんが一番だということは変わらなくてもこちらのことも気にしてくれているようだった。
こういうところはよく似ている、だから警戒せずにいられる。
「なら夏美も悪いか、なんてならねえぞ。一緒にいたいなら素直にそう言えや」
「なにかあったんだね、関わり始めたばかりだけどいつもの葵君とは違う感じがするよ」
どこか落ち込んでいるように見える、葵さんとなにかあったのかもしれない。
「さっきの話だ」
「あれは今朝の話だったんだ」
それこそ葵さんの方は気になっているだけで怒っているようには感じなかった。
けど怒っていたのだとしたら葵さんは他の誰よりも抑え込むのが上手なのかもしれない。
みんながみんな抑え続けたままいられるわけではないからいいことなのかどうかはわからないけど。
「それでも俺はお前みたいに嘘はつかねえけどな」
「嘘?」
ここにだって嘘をついたことはない、両親にだって同じだ。
友達がいないこともあまり上手くいっていないことも素直に話してきて微妙そうな顔をされることも多いのに。
「はぁ……お前はどうせ怒れないだろ」
「うん、気になるだけだと思う」
「そういうところなんとかしろ」
「卒業までに変われる自信はないよ」
高校の三年間よりももっと長い時間の間、このままだったのだから。
「そりゃそうだろうな、だってお前自身が変えようとしていないんだから」
「わかるものなの?」
「見ていりゃ誰だってわかるだろ、あのアホでうるさい夏美だってわかるぞ」
「アホは余計だ、イライラしているからってとこに八つ当たりするなよ」
もう萬場さんはいないみたいだ。
ただ今日は辻井さんが遠くからちらちら見てきているから本当のところを知りたかった。
迷惑ならはっきり言ってほしい。
「うわ、アホが来た。戻るわ」
「べーだ」
仲良しだ。
「な、なあとこ、ここはいないのか?」
「いるよ、いまは葵さんの肩に座っているよ」
「なあここ、私にも見えるようにしてくれないか?」
うつらうつらしている状態でも聞こえてはいるだろう。
ここもすぐに少しだけ目を開けて「お菓子をくれるならいいよ」と答えてくれた。
「うん、なにかくれるならいいよだって」
「菓子ぐらいならやれる、だから頼むよ」
「ふぁ~……これでいい?」
「お、おお! 声もちゃんと聞こえるぞ!」
私が代わりに掃除をやると言ったときぐらいいい笑みだった。
それでもすぐにプルプルと震え出して大丈夫だろうかと心配になったところで「何回も頼まれることの方が面倒くさいからね、それにサービス精神もすごいんだよ僕は」とここの言葉に影響を受けて? 更に強くなっていた。
「ここは本当に可愛いなあ、私にもこの可愛さがあれば……くぅ」
「これまで何回もとこと見てきたけどこれまでの夏美とは違うように感じるよ」
そうだろうか?
多分本人的には隠せていたつもりだろうけど私からしたらいつもの葵さんだった。
辻井さんに対する態度だってそう、その辻井さんのことを気にしている宝理さんが来たときもそう、自分の欲求には正直だと思う。
全てを出していくのが正解ではないとしても友達としてははっきりとしたいことを言ってくれる方がいい気がした、だから四人もずっと一緒にいられるのではないだろうか。
「ん? ああ、そりゃまあこんなところは中々見せられないだろ、特に辻井にはなあ……」
「
「おまっ、私より先に名前で呼ぶなよ、それに好きだけど……別にそういう目で見ているわけじゃないし……」
これが所謂恋する乙女の顔なのだろうか?
朝から喧嘩的なことをしてきていても昨日よりも髪も奇麗にしているから指摘された可能性がある。
好きな人からの正しい指摘ならなにくそこのとならずに受け入れられるのだろう。
「別に同性を好きになってもいいと思う、僕だってとこのことが大好きだから」
「つかここはどういう存在なんだ? 守護霊的な?」
「僕がいたいからとこの近くにいるだけだよ」
「まあそうか、そうじゃなけりゃ一緒にはいないよな、幽霊だってそうだろうよ」
私は一時期、イマジナリーフレンドなのではないかと考えたことがある。
それも仕方がない、自分にだけ見える存在で全く悪くも言ってこない存在なんて都合がよすぎる。
ただ? 今日のこれで葵さんも見えるようになってしまったから益々不思議な存在になってしまった。
「あ、あの」
「宝理、いままでなにをしていたんだ?」
「晴と話していました、それより葵さんは江連さんとお友達になったんですね」
幼馴染パワーを持っている。
一番とは決めつけられなくても辻井さんと話したいのは葵さんなのにいいのだろうか。
「おうよ、とこは滅茶苦茶いい子だからな、そういう存在を自ら逃していたらもったいないだろ?」と気にした様子もなく私のことを高く評価してくれているところもアレだった。
「だけど江連さんは……」
「おう宝理、関わったこともないのに噂だけで決めつけたら駄目だぞ?」
「そうですよね。江連さん、私ともお友達になってくれませんか?」
「いいけど宝理さんこそいいの?」
「はい、葵さんがいてくれるならより安心していられますから」
いい笑顔だ、参考にしたくなるぐらいには素敵だ。
「わかった、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
のはいいけどこれでまた萬場さんが突撃してくる可能性が高まったような。
「葵ー辻の相手もしてあげてよ」
「おお、今日も井辻は可愛いなあ」
正直、辻と呼んでいる萬場さんの方が幼馴染みたいに見える、実際は唯一名前で呼べている宝理さんが一番としてもだ。
「や、やめてよ……みんなが見ているところで恥ずかしいよ」
「ぶふ!? な、なんて可愛い――いてっ、おいここなんだよ……?」
報酬の物を貰えていないからではなくて妬いているのかもしれない。
可愛いところが多い子だ、こちらからすれば全く痛そうには見えないから止める必要もないだろう。
「「「ここ?」」」
「あ、ここなんだよって言いたかっただけなんだ、別に廊下でも、誰かが見ていても関係ない。辻井がいるなら愛でるだけさ」
「あんたって辻が絡むとアホキャラになるよね」
「とはいえ、晴も本気で嫌がっているというわけではないのであまり気にする必要もありませんがね」
「恥ずかしいだけだからね、それ以外は……」
今日もSHRまでの時間を上手く埋めることができた。
四人が集まれば私がいる必要はないから戻ることにした。
気になるのは古根川さんだけ来なかったことぐらいだろうか。
「あー江連」
「どうしたの?」
萬場さんは物凄く嫌そうな顔をしていた。
「この前までの失礼な反応は謝るよ、ごめん」
謝罪か、今日は変なことばかり起きる。
全く気にしていなかったと言えば嘘になるけど謝ってほしかったわけではないからすぐに頭を上げてもらった。
「ありがと。それでなんだけど、江連に頼みたいことがあるんだよ」
「私にできることならするよ」
葵さんからではなくその友達の頼みなら葵君から絡まれることもないはずだ。
あとはやっぱりこれが私のやり方だから、問題ないレベルなら受け入れさせてもらう。
「葵から聞いたけど江連は私達がいつも五人でいることは知っているんでしょ? だけどその内の一人の古根川が来なくなっちゃってね」
「喧嘩とか?」
「それが聞いても誰もしていないって言うの。まあ、本人が許可してくれたから呼び捨てにしているだけで古根川は一人だけ年上だから合わないときもあったんだけどそれでもみんな中学のときからの仲だからさ」
同級生にも先輩にも友達がいるなんてすごい。
「それなら家の場所を教えてほしい、一人でいってみるよ」
「え、いや、私達がいないと古根川からすれば不思議な存在になっちゃうでしょ……?」
「一回目はこの方がいいと思う、萬場さん達がいっても変わらないだろうから。だって変わっていたら私になんか相談なんてしていないでしょ?」
言葉選びに失敗したかもしれないと気づいたときにはもう遅かった。
怒られてもおかしくはない、これでは煽ってしまっているようなものだ。
「……わかった、じゃあ放課後になるまでに用意しておくから」
「お願いね」
それでも謝ったりはしないで終わらせた。
大して知りもしない、仲良くもない人間に頼らなければならない程には焦っていたと片付ければいい。
私のこれが上手くいかなくてもなんらかの動く理由になってくれればいいのだ。
だからいつもそうだけど内が乱れていたりはしていなかった。
「ここか、書かれているように大きな家だね」
人の家の前でじっとしていても怪しいだけだからインターホンを鳴らす。
駐車場に車がないから古根川さんがいないなら誰も出てこない、そして約一分が経過しても扉が開かれる気配はなかった。
「だ、誰?」
「初めまして古根川先輩。葵さんと萬場さん、二人と同じクラスの江連とこと言います」
受け入れておきながら会うことすらできずに終わった、なんてことにならなくてよかった。
古根川さんはあの中なら宝理さんに似ている、静かなところが、だけど。
表情があんまり変わらないのは私に似ているかもしれない。
「ああ……夏美達のクラスメイトの子なのね」
「今日はその萬場さんに頼まれて来ました」
隠したっていいことはなにもないから全て吐いていく。
「私がいっていないからよね。けれど特にこれという理由があったからではないの、二日連続で忙しくていけなかった結果、いきづらくなってしまったというだけなの」
「それならきっかけができればまた元通りになりますか?」
戻りたいのなら動くしかない、何故なら優しいからこそ古根川さんのことを考えていかないようにしているからだ。
このままだと延々平行線になる、だからこそなにも関係ない私が役立てるのではないだろうか。
「そうね、一人では無理でも誰かがいてくれればまた……」
「戻りたいですか?」
「……戻りたいわ、あの子達はどうかわからないけど私はあの子達のことが好きだから」
「わかりました、それなら明日の朝に校門前で待っていてください」
一秒でも早い方がいいのはわかっているけど流石に明日にした。
ここがお菓子を食べられなくて拗ねているのもある、しなければならないこともちゃんと済ませたのだから欲張りすぎてはいけない。
「あなたはどうして受け入れてくれたの……? 萬場さんのお友達というわけでもないのでしょう?」
「困っていたからです、それだけですよ」
帰ろう。
「待ってちょうだい、少し上がっていってほしいの」
「わかりました」
ずらすわけにはいかないから上がらせてもらうことにした。
誰にだって見せればいいわけではないだろうからここのことは内緒にしておく。
すぐには無理だと判断して寝ようとしてくれているみたいだったのはよかった。
「名前で呼んでいるの葵さんだけですか?」
「ええ、夏美も私のことを名前で呼んでくれているのよ? ただ、萬場さんがそこまで気にしてくれているとは思っていなかったわ。夏美は……」
「特になにも言っていませんでした、でも、それも優しさだと思います」
あの子は私にだって優しくできるから前々から一緒にいた古根川さんに対しては特にそうだろう。
「辻井さんと宝理さんも元気?」
「はい、今日宝理さんと友達になりました」
「え、それって江連さんから誘ったの?」
「いえ、宝理さんが友達になってくれと頼んできまして」
「そうなの、あなたってすごいのかもしれないわね」
違う、私は自分にできることをしているだけで今日のは完全に葵さんがいなければああなってはいなかった。
続くのかどうかは私次第だ、明日が終わってやっと一日だからいつもなら終わるところだったりする。
だけど明日は萬場さんのところに古根川さんを連れていく約束があるから初めて一日目は特になにもなく乗り越えられそうな気がした。
「古根川さんは葵君と話したことはありますか? 葵さんと特に仲良くされているのならなにか言われたりしたことなんかはないですか?」
「葵君? 『いつも夏美が世話になっています』とか『無理をしないでくださいね』としか言われたことがないわね、そもそもたまにしか来ないから」
「なるほど、教えてくれてありがとうございます」
あまりにも露骨だったけど逆に気持ちがいい。
これから先は同じような絡み方をしてきても――いや、なんだかんだ気にしてくれているからいいや。
困っているようだったら協力しようと思う。
「ということは江連さんには――とこちゃんでいい? 私のことも
「はい」
「葵君は素直になれないだけではないかしら?」
「私には葵さんに近づいてほしくないと思っていました、でも、萬場さんが葵さんを連れていったときには一緒にいたいなら中途半端にやるなと言ってくれまして。いつも一人でいたのでよくわからないんです、特に男の子ことは影響が強く出ますね」
わからないで終わらせたくはないから来てくれるなら理解できるように頑張りたい。
「今度二人で一緒にいってみましょうか、私もとこちゃんといるときの葵君を見てみたいわ」
「私も京子先輩といるときの葵君を見てみたいです」
「ふふ、露骨に変えているようなら夏美に言いましょうか――ん? あ、顔になにかついていたりする?」
「いえ、奇麗な笑みだったのでついつい見てしまっただけです」
「そう? 夏美にも言われたことはないけれどね」
葵さんの中では可愛いと奇麗だと可愛いが勝つというだけのことだった。
あと自分でも奇麗な笑みとは? そこは奇麗な顔では? となり始めたのですぐに話題を変えておいた。
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