第4話 吹奏楽部へと

 僕は、情け無い事に腰を抜かして、尻もちをついちまった。しばらく、僕は呆然と視線を宙に彷徨わせて、あんぐりと空いた口が塞がなかった。

 園田さんは、かなり驚いたのか、瞬く間に顔面蒼白になっていた。

 そして、見かけによらず、意外と力強く白い華奢な腕を差し出して


「藤村君、大丈夫?」


 と、不安と混乱が入り混じった顔で、僕を思いっきり引っ張って立ち上がらせてくれた。


 僕は園田さんの手を握ると、まるで精密機器の様な脆い印象があった。だけど、同時に人一倍暖かい、優しい温もりを僕に与えてくれた。

 この時、僕はこの前吉田君が、園田さんは幼少から楽器を演奏している事を話した事を思い出した。その為か指一本一本が、既に芸術的な美しさを帯びていた。


 信じられないかもしれないけど……マジだ……


 もう、園田さんの手そのものが、楽器だよ……


 園田さんは僕の様子見て、かなり動揺しているのが顔に出ていた。


 僕は園田さんに、余計な不安ばかりを与えて、申し訳ない思いでいっぱいになった。


 それに、自分がダサい……好きな人の目の前なのに……


 なので、僕はこの瞬間少しでも、園田さんを不安にさせない様にする最善手を考えた。


 結果、僕は今この場でできる全力の笑顔を園田さんに向けてしかないと結論つけると


 思いっきりのスマイルで


「ありがとう。大丈夫。ちょっと疲れているのかな?ははは……」


 と、少し気まずそうな、乾いた笑い声しか出せなかった。クソゥ……これじゃあ、かえって不安を煽るだけだよ……もう……


 僕は下手な演技の気はずしさと、気まずさで穴があったら入りたくなっちまった……


 クゥ……かっこ悪りぃ……


 そんな僕の羞恥心を見透かした様に園田さんはニッコリと笑った。


 うう……可愛い……


 園田さんはくるりと、ステップを踏んで夕日に照らされた窓をバックに僕に向いた。


 オレンジ色の世界の中、満面の笑顔を僕に向けた。

 そして、甘いねだる様な声で


「それで、藤村君は吹奏楽部に入部してれないかな?」


 これは……もう……反則だろ……


 その一言で僕には選択肢などなかった。


 あるわけねぇ……


 この話はこれから、うん十年先の僕が、過去の僕のことを語っているわけだが……


 それにしてもその時から、将来の僕にとっても、その時の光景はありありと脳内に焼き付いちまっている。

 まさに、奇跡の様な……ホントなんて言えばいいんだ?

 とにかく言葉に尽くせない光景だった。

 夕日が射す音楽室で、陰と陽のコントラストの中、光に照らされた園田さんの笑顔は表面的にはどこまでも明るかった。


 しかしその笑顔の裏にはどこか影のある、何か人の心をぐっとつかんでしまうような、不思議な魔力がそこにあった。


 僕は、その魔力に圧倒されてしまった……


 僕は、まるで夢の中にいる様な心地で


「う、うん。僕でよかったら」


 と、自分が発する言葉が自分の意志で言ってる感覚が全くなかった。

 まるで映画でも観てるような感覚に近かった。


 現実感、全然ねぇよ……


 それを、聞くと園田さんは、会心の笑顔を僕に送った。


 そして、くるりと背を返して、僕に向かって小さく手を振りながら


「ありがとう!

 それじゃあ、必要項目を記入して、また明日!

 放課後、音楽室に来てね!

 まってるわ!」


 と、軽快な足取りで音楽室から出て行った。


 独り残された僕は、黄昏に染まってただ立ち尽くしていた。


 まさに驚きの連続と、今の状況の把握を理解するのにちょい時間がかかってた……


 誰だって、こんなイベント連続で、理解が追いつくにのは相当難しいと思うぜ……


-----翌日の放課後----


 僕は所属クラスや名前、住所などを記入した入部届を握りしめ歩いている。


 向かうは音楽室……


 散々、吉田君に昨日のことを言おうかと悩んだ……


 でもさ……吉田君は園田さんのことをよく思っていない……

 そのことが気がかりで言い出せずに終わっちまった……

 僕がそんな気まずさが、吉田君に伝わったのかしれない……

 今日は、あまり吉田君と関わることがあまりなかった……

 心のどこかで吉田君を裏切ってしまった……という罪悪感が湧いてきた……

 そいつはまるで茨のように僕の心に絡みつき締め付けていやがった……


 僕はゆっくりと、音楽室へ向かっていると、色々な楽器の音色が聴こえてきた。

 それはどこかで聞いたことある楽器の音だけじゃなくて今まで聞いたことのない不思議な音色のする音などホント色々……

 僕の十数年の人生で感じたことのない新たな世界が近づくにすれ徐々に音共に大きくなってきた。


 遠くにいると単なる雑音でしかないと思っていたが、音楽室に近づいて気づくのが一つあった。

 それは、その楽器の音色の一つ一つが音階なり、メロディーなりの繰り返しであるという事が判ってきた。

 僕は初めて音楽もスポーツと同じで、ひたすら同じことを繰り返して、反復練習することが必要だったのだということがわかった。


 僕は、楽器の音を聴きながら、歩いているといつのまにか音楽室の前まで来ていた。


 さあ、扉を開けるか……それとも、回れ右をして帰るか……


 どうしよう……


 と扉の前で黙って、考え込んだ……


 どうすりゃいいんだ?


 実際のところ僕の心の8割はもう、怖気づいて回れ右で帰ろうかと思っていたが……


 昨日の園田さんの夕焼けの一枚がそれを押し止めていた……


入る


帰る


入る


帰る


 と悩んでいると、音楽室のほうから扉が開いた。


「「わ!!!!」」


 僕と突然、音楽室から現れた、おそらく吹奏楽部の人だろう人と声がシンクロした。


 その人は、見た感じ僕と同じくらいの身長なので、女性では身長はかなり高いほうでないのだろうか?

 そして外見は長い髪をゴムで止めた、ポニーテールの髪型で、縁なし眼鏡をかけたどことなく知的なイメージを与える様な女性だった。

 高身長の知的美少女……園田さんとは真逆の魅力があった……


 言っておくけど、女性なら誰でもいいじゃないからな?


 それだけ、美人だってことだ。


 その美人さんは、僕を見るなり


「みんなぁ!また、新しい男子の入部希望者が来たわよ!」


 と、楽器の音に負けないくらいの大声で叫んだ。

 すごい肺活量だなぁ……感心に浸るまもなく


 おそらく先輩方なのだろう、楽器をその場において、次から次へと女性陣が僕の周りに群がってきた……


 ここまで食い気味だと、流石に僕はびびった。


 そして、女性陣は矢継ぎ早に


「どこのクラスの子なの?」


「名前は?」


「吹奏楽部経験者なの?」


 と、僕はあっけなく集中砲火を食らった。


 ごめんなさい、僕は聖徳太子でないので理解できません……


 すると……


 パンパン!!


 と大きく手を叩く音が聞こえた。


 一斉にみんな、音のするところを見ると、さっき自分と鉢合わせた人が


「みんな、静かに、静かに、興奮しないの!」


 なんと、一瞬にして肉食系女子だらけの音楽室は静かになった。


 その人は僕に向かって微笑みながら


「驚かせてごめんね。私、この吹奏楽部の部長の松田 彩 というのよろしくね」


 僕は自己紹介しようと、ぺこりと頭を下げて


「僕は…」


 と言おうとすると


「創君!」


 と、音楽室の奥でトランペットを握った吉田君が手を振っていた。


 僕も笑顔で吉田君に向かって、手を振りかえしているのを、部長が見ると


「お! 二人は知り合いなんだ」


 と言って部長は満面の笑顔になった。


 明るい和やかな雰囲気が、広がっているときに


「藤村君待っていたわ」


 と窓側から忘れもしない甘い声がした。


 僕はその声の方を見ると、園田さんがクラリネットを持って、椅子に座って微笑んでいた。


 そして、その一声でこの場が一瞬にして、園田さんに対する色々な思い……


そう……


妬み


嫉妬


僻み


 と言う女性特有の雰囲気が鈍感な僕でもその場の空気で感じたのだった……

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悲しみの果てに~涙に濡れた足跡を辿って~ 呉根 詩門 @emile_dead

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