14
ホテルの周辺は至って平和だった。警察車両の一つも見当たらない。
「向こうも、負ける気はなさそうですね」
バイクにまたがったまま、エントランスへ踏み込む。無人のそこには「最上階」とだけ書かれた案内ボードが置かれていた。
「準備はいいな」
「当然です」
最上階へ着くと、ホールへの扉の前にやっと人影が見つかる。ホテルマンだ。こんな役目を任されるとは、ホテルマンも気の毒だ。扉を開いた二人の後に、茶々へ視線を送る。首を振ったのを見て、そのまま通り過ぎた。
「待っていたぞ」
政府の担当者が立ち上がる。そこにまだ殺意はなかった。
「お待たせいたしました」
バイクから茶々を下ろす。
「まあ、とりあえず座れ。いつものように食事を…」
「不要だ」
つまらない。担当者はすぐに顔を赤く染める。
「こちらが下手に出ていればっ…!」
「落ち着いてください」
そういって前に出たのは桔梗兄だ。
「今日ここには特犯と警官の精鋭が揃っている、死の覚悟はできたか?殺し屋」
「その節は申し訳なかったですね」
「思ってもいないことを」
すらりと刀を抜いた。担当官へ向かって言う。
「お下がりください。後は手筈通りに」
「思いどうりになんて、させませんよ」
茶々が刀を抜けば開戦の合図だ。シャンデリアに照らされる刃を掲げ、恭しく一礼した。
「さあ、始めましょう、桔梗のお兄ちゃん?」
顔を上げたのと同時に、俺はバイクを走らせた。
桔梗兄は茶々に任せる。俺は桔梗弟とその他に集中すればいい。銃を構え刀を構え並び立つ人らへ突っ込んでいく。ボディに当たった銃弾は傷を残すこともできない。
「そう簡単に、こいつは壊れないぞ」
轢き、斬り、撃つ。淡々と。茶々が、元殺し屋が嫌いな奴らを殺せるように。
ここが私の望んだ死に場所。だからと言って、桔梗兄に殺されるのは希望していない。
「…それは、
「察しの悪いお兄さんですね」
「X」に似たようなことを言われたのを思い出した。
「考え事をする余裕があるでしょうかね」
そう言ってこちらから仕掛ければ、黙って応戦を始めた。
鋼のぶつかり合う音は確かに響くが、排気音や悲鳴と溶け合ってしまう。
先に傷をつけたのは私だった。
「っち」
「まだまだですよ」
殺し屋のお仕事は、殺すまで、とは言わなかった。私はもう殺し屋じゃない。その名前も、もうどうでもいい。
「あんたは随分と臆病なようだな」
桔梗弟は特犯の後ろに隠れ、確実な一撃を狙っている。先程から数発、髪や服を掠めてはいた。
「犯罪者を殺す為に、手段など選ばないさ」
「どっちが犯罪者だよ」
憎たらしく零したつぶやきは、誰の耳にも残らない。
バイクに乗ったまま、桔梗弟を取り囲む特犯を撃っていく。背後の警官の狙撃にも注意する。警官は茶々の方へ狙撃を開始している。
「おい、そっち行ったぞ」
「気づいてますよ」
茶々はまるで背に目があるように、軽快に対応していく。問題はなさそうだ。
茶々が指定した死に場所は、「定例会会場の、全てが終わった時間」。全てを終わらせるまで、死なれては困る。
特犯は半数以下まで減った。
「まだまだだ」
私の傷は左腕に僅か。先程か狙撃がおまけについてきているが、髪を焦がした程度だ。対して、桔梗兄は太腿から出血し、首の皮が一枚切れている。
一度無視して、背後に庇われている担当者を見下ろした。先程から尻もちをついて、みっともない。
「貴方、そんなんで良く私たちをコントロールしようと思いましたね。良かったですね、偶々従順な犬で」
「犬は飼い主に牙を剥かない」
桔梗兄が口を挟む。
「あら、そうでも無いんじゃないですか?いけないことを覚える犬だっていますよ」
重なる刃に全身の力を込めて、桔梗兄をよろめかす。膝をついた隙を確実に狙う。
「どう思います?飼い主さん」
担当者がその言葉を最後まで聞くことは無かった。
呻きのたうちまわっている。頸を斬られてもすぐには死なない。
「しっかり!」
慌てて桔梗兄が、足を引きずって駆け寄る。手元のハンカチで止血を試みるが、出来るはずもない。
しゃがみこむ首筋に切っ先を突き付けた。
「そのまま。ホールの中央へ歩いてください」
「…下衆が」
両手を上げて俯いたまま、身体の向きを変えた。
広がるのは血の海。そこに浮かぶ数多の死体。
「やっと一騎打ちだな」
両者は銃を向け合い、膠着する。そんなものに今更抑え込まれたりしない。そのままの姿勢で桔梗弟へ歩み寄った。
額に自分の銃を、左手で胸に桔梗弟の銃を突きつける。
「撃ってみるか?」
警官は、基本殺害が許可されていない。あまり人に撃つ訓練をしていないのだろう。今回呼ばれた精鋭たちも、大したことは無かった。
やはり厄介だったのは特犯だ。茶々の話から分かるように、殺人に躊躇いが一切ない。だが、どれだけ鍛えていても生身の人間は俺のバイクに付いてこれない。
素早く背後に回り、頸に刀の方を突きつけた。この武器は母の趣味だが、扱いが良く分からないままだった。
ホールの中央に「双子のヒーロー」と「公認犯罪者」が集まる。双子は背中合わせで膝をついている。どちらの頸にも依然刃はかかっている。
「チェックメイト、ですよ」
双子を挟んで茶々と灰は向き合った。
「殺すならさっさと殺せ」
桔梗兄は茶々の目を真っすぐ見つめて訴える。桔梗弟も顔を上げた。
「死をもって償え、というのは古いお話だとは思いませんか?」
突然に、茶々は重だるい声で話しかけた。
「もっと素敵な方法があるでしょう」
二人が、してきたこと。
「生きて、罪を考えることです。きっとこの事件があっても特犯も警官も消滅しません。今までと変わらない。犯罪者を捕まえて殺すんでしょう」
「俺たちとあんたたち。どちらが正しいか。俺たちは自分たちが正しいなんて思わないが、あんたたちが正しいとも思わない」
「私たちは満足している。罪を受け入れた。あとは貴方たちの番です」
双子にあてがっていた刃を離す。茶々の刃は灰へ。灰の刃は茶々へ。双子は動くことができなかった。その雰囲気に。下手に動けば殺られると言う感覚も消えない。
「依頼完了です。ありがとうございました」
「当然だ」
二人の眼中には、もうお互いしか映らない。
「貴方と過ごした一か月が、人生で一番楽しかった」
ふわりと、笑った。
「ああ。俺は死んでから礼も言えないからな、先に言っておく。任務完遂、感謝する」
「どういたしまして」
かすかに笑みがこぼれた。
「恋愛感情ではない。だが、あんたのことを好いていた、茶々」
「ふふっ、光栄です」
視線が絡まり、解ける。心臓の紋が、体中に刻まれた紋が、崩れた。
[第31回電撃小説大賞応募作品]殺し屋と運び屋 嬢 @onigirimann
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