第7話 その者、暗闇の中に佇み、遊ぼうと囁く
今日も珍しく内見会。
物件は、旧家の屋敷。
かなり敷地が広く、相続が出来ずに家主が血の涙を流し、売り払った物件。
母屋と離れがあり、立派な造りは多少の修理で耐震診断と改修報告を出せたそうだ。
昭和五六年以前に建築された古い家は、診断を受け。補助金が出るので耐震用の補助具とか金物を付けなければならない。
そして、その時。床下から箱に入った遺骨が幾つも出た家。
たが床下から出たとはいえ、かなり古そうな箱は、新品のように綺麗だった。
事件性は不明だが遺骨はかなり古く、忌み子。
つまり双子などが生まれると、不吉と言い殺すか里子に出していた。
この屋敷のご先祖がどのような役職だったのかは知らないが、周りに対しての見栄もあり。すぐに殺害したのではないかという事だ。
「いやあ、素晴らしい。これなら改装をして庭を何とかすれば店としてかなり良い線いけます」
「そうでしょう? 元の持ち主さんも、生まれた家だし。維持したかったようですが、血も涙もない相続税が掛かって、それはもう。悲しみながら手放した曰く付きの家ですから」
「――そうですか。それは何というか、買って大丈夫でしょうか?」
そう言われて、淑子は失言に気が付いたのだろう。
「あら、お店にするなら、リピーターを一人確保ですわね。おほほほ」
「あーまあ。中をご覧ください」
いたたまれなくなって、話題を変え、中を案内する。
俺は間取りを知らないが、基本古い家は造りが簡単だ。
雨戸を開け、障子を開け、光と風を家の中に流し込む。
「庭も綺麗ですね」
管理をしているのか、綺麗に剪定されていた。
「表からは入れない中庭ですから。この柱も丈夫だし吊るしも出来ますわ」
「吊るし?」
ピンと来ないようで、お客さんは首をひねる。
「ええ。女性を」
やめれば良いのに、淑子は言葉を続ける。
「――あー。ああ。そういう。――残念ですが、そんな趣味はありませんので」
「お座敷の余興とかで、面白そうですのに」
まだ言う。
ついフォローをする。
「そんなもの、開催したらすぐに捕まるから。すみませんね。うちのが変なことを言って」
「いえいえ。ご主人の趣味ですか?」
「えっ何が?」
「縛ったり」
「いえいえ。こいつが馬鹿なだけです。お忘れください」
そう、務めて和やかに答える。
俺の人間性について、妙な口コミが広がりそうだ。
「六畳が、この六つ。ふすまを外せば、座敷として使えます」
「そうですね。古い家は、それが出来ますよね」
中央の柱は、たぶんケヤキで一辺が三〇センチほどある。
玄関から続く母屋の裏側から、横に長い造りの建物がくっ付いている。家的には、勝手口から繋がる別棟だったのを繋いだ感じで、寺子屋か道場。それとも、何かの作業小屋だったのかも知れない。
今は、廊下がつながり、奥まで続いている。
だが、そこで気がつく。
廊下の奥に転がる丸いもの。
こっち側の雨戸は開けていないし、雨戸も木製なので光を通さない。
だが、その板には、風雨で割れが出たり、隙間が出来ており、そこからわずかな光が差し込んでくる。
ふと気が付くと、子供が二人、その丸いいいー。
叫びそうになって、口を押さえる。
子供には首がなく、床でコロコロしているのは首だ。
転がっている、首の目と視線が合う。
その瞬間、口がにまっと笑う。
こちらに転がってくる首を、目だけで追いかける。
足下に来て、何かを言い始める。
だが声は出ていない。
『あそぼう』
そんな風に口の動きが読める。
途端に、頭の中に響く声。
「あそぼうよ。そうだよ。あそぼうよ」
多分二人分の声。
頭の中で念じる。
「おじさん忙しいから。今は遊べないよ」
「えー父上と一緒だ。いつもお忙しい。つまんない」
そう言って、コロコロとまた奥に転がっていく。
お互いに、頭を投げ合う二人。
そんな姿を横目に、障子を開き、部屋の中を見る。
そこには、凜とした佇まいで正座をし、庭を睨み付けている女の人。
ぶつぶつと何かを言い続けている。
「妾の子供と言うだけで…… 子供がしたことなのに…… あの女、正妻だからと……」
そんなことを。
うわーやべえ。
聞いちゃいけない気がする。
向こうでは、淑子が、着物の帯を引っ張ってくるくるできる広さですとか何とか、馬鹿なことを言っているが、そんな事をしたら、この目の前に居る人が立ち上がりそう。
そう思っていたら、グリンと首がこっちへ向く。
「殺すなんて、なんてひどい」
かのじょが口を開いた瞬間、大音量で頭の中にそんな声が聞こえる。
ものすごい、悲しみの感情と共に。
そして、流れ込んでくる影像。庭で、きつそうな顔をしたおばさんが、武士とは違う格好をした男。下男かな? わざわざ土を盛り上げて土壇場を造り、その上で男が子供を押さえつけている。あれは刀ではなく四角い刃物に柄が付いたもの。
鉈かな?
躊躇無くそれを振るうと、おもちゃのように子供の首が転がる。
血しぶきと共に、二人とも首が転がると、その女はこちらを見てにちゃっと笑う。
どうも、目の前にいるこの女の人は妾で、子供達はこの人の子供。
粗相をして、正妻さんに口実を与えてしまったようだ。
そして仕置きとして、自分の子供が、首をはねられるところを見せられたと。
そう言うことかな。
そう思っていたら、また首が廊下を転がっていく。
女の人は、また、庭を見つめて、「ひどい」って繰り返し言っている。
この人がいつ死んだのかはわからないが、子供が殺されたときに、時が止まってしまったんだろう。思いがずっと残るくらい。
カオスな状態。
「それでは、よろしくお願いします」
その声で、我に返る。
あのいい加減な案内で、お客さんは購入を決めたようだ。
生首が転がる奇妙な家。
店をやるらしいが、上手く行くことを祈ろう。
「あー疲れた。久しぶりに仕事をしたぁ」
伸びをしながら、ビールの栓を開ける淑子にデコピンをする。
「痛っ。なあに?」
「なあに。じゃない。何だあの接客は」
接客について、小一時間説教するが、淑子の浴びせ倒しからの誤魔化しえっち攻撃を食らう。
開けたビールが、ぬるくなり、気が抜けたから。罰にはなったが、よく商売が出来たものだ。
帰る時に、見送ってくれた二人。
きっと気にしちゃいけないが、気になってしまう。
あの距離なら、お母さんにお願いをすれば良いと思うが、お母さんの方は霊ではなく恨みの念なのだろうか。それとも何かの制約か?
そんなことを思いつつ、ビールを飲むと、ぬるく気が抜けた物に変えられていた。
この家にも立派な梁がある。今度、吊るし方を勉強しよう。
嬉しそうにビールを抱えて逃げる、淑子のお尻をながめながら、そんなことを考える。
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