第25話 ご褒美

「ありがとうございました」

制服に身を包んだ店員に見送られながら木野は店を出た。出てすぐにある地下鉄の階段を降りる。

木野は烏丸に行くため電車に乗った。

途中、GPSを開き舞衣の位置を確認する。電車に乗っているようで、線路の上を真っ直ぐに移動していた。

奴隷にGPSをつけたのは初めてだった。

奴隷の位置がわかるだけで、可もなく不可もなく。〝そんなところで何をしているんだ〟と問い詰めることもない。

もっと、何か言ってきてくださいと言われる始末だった。

烏丸はSMに特化した店が多い。SMホテルにSMバー、SMグッズを販売している店も数多くある。

ここに来ると落ち着く。自分の異質な癖が正当化されるようで。同性愛者でいう二丁目みたいなものだろうか。

木野はカフェの前に立つ舞衣を見つけた。

以前、ネットで知り合った女と待ち合わせをした場所。女と会うことはできなかったが、舞衣を見つけることができた。

「秋吉様」

舞衣が嬉しそうに手を振った。駆け足で近づいてくる。水色のカーディガンに白いスカート。茶色の髪は少しウェーブが掛かっていた。走る度に揺れる髪とスカートは計算しつくされているようだった。いつのまに、こんなに男受けする女になったのだろう。

ピンクの唇が動く。

「外で会うの久しぶりですね」

「そうだな」

舞衣は木野の隣を歩いた。木野の入った店に何も言わずついていく。目のやり場に困るのだろう。舞衣の視線が右往左往する。無理も無い。ここはSMグッズの専門店だ。

「秋吉様」

舞衣が木野の腕を掴んだ。何かを言っているが声が小さくて聞こえない。

木野は身を屈め、舞衣の口元に耳を近づけた。「何、買うんですか?」

「吸引器」

「それって、大きくなっちゃうやつですよね?」

応えずにいると

「私、大きくしたくないです…」

語尾は薄れ、聞こえなかった。

舞衣が望んでいないことは分かってる。だから無理強いし、強要する。乳首やクリトリスを拡張し、だらしない身体にする。他の男が目を背けるぐらいに。

買ってから舞衣は大人しくなった。嫌がりながらも拡張されている自分を想像し、興奮しているのだろう。

角を曲がり、急な上り坂を登ったところにあるSMホテル―蜜―に入る。

安っぽいホテルも多いが、蜜は違った。

高級ホテルのような雰囲気の部屋に、檻や拘束、馬、紐などがオブジェのように置いてある。それは異質だが魅力的だった。天井や床一面が赤や黒のSM風を装った安っぽい部屋は逆に萎えるし、そういうホテルに限って汚い確率が高い。

木野が蜜を好む一番の理由は清掃が行き届いていることだった。基本だが、できてないホテルは多い。オーナーは仕事が出来、かつ、かなりのSM好きだと思っている。もちろん、金は高いが払う価値はある。

木野はタッチパネルで―檻の部屋―を選んだ。「秋吉様」

「なんだ?」

舞衣の身体が寄ってくる。

「ありがとうございます」

―あえていうなら、檻ですかね―

欲しい物を尋ねたときに、言われた言葉。

誕生日プレゼントはこれだけじゃないが、まあいい。

木野は壁に掛けてある鞭に目を向けた。〝ご自由にお取りください〟と書かれたプレートが下方にある。

木野は赤い持ち手の鞭を手に取った。

「秋吉様」

既に潤んでいる瞳で舞衣は木野を見詰めた。首を横に振り、いやだと表情で訴えている。

その顔だ。その顔が俺の加虐心を駆り立てる。

天井に吊されたシャンデリアの下に檻は置いてあった。檻を囲むようにキングサイズのベッドやソファ、机が配置されている。

まさに檻の部屋だった。

中心にある檻は立方体。こんな檻は見たことがない。特注だろうか。実に美しい。

木野は靴を履いたまま、ソファに座った。舞衣は何を言われるでもなく、服を脱ぎ始めている。煙草を咥えると裸になった舞衣が急いで駆け寄った。舞衣はライターを手にとり、木野が咥えた煙草に火をつける。

「お前の仕事だもんな」

「はい」

吸いながら、ソファの背にもたれた。舞衣の乳首が目にとまる。この火を擦りつけたら泣き叫ぶだろう。木野は煙草を親指と人差し指で摘まむように持ち直した。

舞衣を見る。

舞衣は首を少し傾け、困ったようにはにかんだ。

木野は煙草を吸い、舞衣に息を吹きかけた。

舞衣が目を瞑り、顔を背ける。

少しずつ。少しずつだ。

3本で1セットの吸引器。値段は安価だ。木野は買ってきた吸引器を袋から出した。10㎝ほどの透明な筒の中にネジが入っている。舞衣は初めて見るようで、興味深く〝それ〟を見ていた。

舞衣を仰向けに寝かせ、乳首にあてる。冷たいのかビクッと身体が反応した。

木野は吸引器のネジを回した。中の空気が抜けると同時に、乳首が吸い寄せられるように膨れあがる。

舞衣の声が漏れた。

はずれないようきつくネジを回していく。

快楽よりも痛みが強くなったのか、眉間に皺が寄った。甘美な喘ぎは苦悶の声に変わっていく。

木野は手を離した。吸引器が自立する。

「痛いか?」

「痛いです。秋吉様」

木野は指で吸引器をはじいた。吸引器が横に倒れ、舞衣の皮膚が引っ張られる。

舞衣は身体をくねらせ、シーツを手で握りしめた。

木野はもう1本を取りだした。同じように片方の乳首にも取り付けていく。

「まだあるからな」

舞衣の息はすでにあがっていた。

木野は仰向けに寝る舞衣の足を開いた。赤く光るクリトリスが剥き出しになる。

「秋吉様、大きくしたくないです…」

「乳首は拡張してもよかったのか?」

「嫌だけど、クリトリスの方が嫌かもしれないです」

「どうしてだ?」

「下品な女みたいだから」

舞衣が足を閉じる素振りを見せた。言うことを聞けない奴隷には嫌気がさす。問答無用で殴り、首を絞めたい衝動に駆られた。だが、それではいつもと一緒。

木野は舞衣の頬を叩いた。

「お前は下品じゃないのか?」

叩かれたまま横を向いている舞衣がこたえる。「下品です」

「じゃぁ、問題ないよな」

舞衣の前髪を掴み、上から睨みつける。舞衣は唾を飲み込んだ。のど仏が上下する。すぐに「ないです」と絞るような声が聞こえた。

舞衣が足を開く。両手で内股を持ち、自らビラを広げていく。

木野は既に勃起しているクリトリスに吸引器を当てた。ネジを締めていく。締める度に皮膚は持ち上げられ、突起はさらに大きくなった。

実に卑猥だ。

常に掃除機に吸われているような感覚だろうか。舞衣は一人、悶えている。

木野は檻の扉を開けた。〝入れ〟の合図。言わずとも、舞衣が身体を起こす。吸引器が取れないように意識しているのがわかった。動きが遅くぎこちない。四つん這いになると、乳房が伸びきった牛のような哀れな姿になっていた。

身体についた吸引器を揺らしながら、舞衣が檻に入る。

檻は四つん這いの舞衣が入っても、余裕があった。身体の向きを変える奥行きと横幅は充分にある。立つ程の高さはないが、問題はない。

木野は檻の鍵を締めた。中にいる舞衣が振り向き、木野と目が合う。

見上げる視線は動物そのもの。怯える表情は動物も人間も変わらない。

古来生物、それとも新種か。胸とクリトリスに3つの長い突起がついた女が檻に捕まっている。見世物のようだ。

「ちんちんでもしてろ」

木野がソファに座り煙草をすう。

舞衣は檻の柵を掴み、膝立ちになる。三本の吸引器は重力によって前のめりに倒れた。痛みと羞恥。顔を法悦させながら舞衣は命令通りに動いた。

身体を上下させ、舌を出し、自ら犬になりきっている。

哀れな犬。

木野は煙草を灰皿に擦りつけた。

木野は舞衣の前に腰を下ろした。

「檻の中はどうだ?」

「秋吉様に飼われて居るみたいで嬉しいです」

クリトリスについた拡張器が揺れる。

「このまま3時間水を与えなかったら、どうなる?」

舞衣が唾を飲んだのがわかった。

「6時間食事を与えなかったら?」

舞衣が微かに首を振る。

「考えろ。想像しろよ。喉が渇き、腹も減る。膝だって、背中だって痛くなるだろう。立ち上がりたくてもそんなことは無理だ」

「秋吉様」

不安からか、舞衣が外に手を伸ばす。

だが、これ以上はいけない。指だけがひらひらと虚しく動く。

「命乞いしろよ」

木野はペットボトルの水を舞衣に垂らした。

「ありがとうございます」

舞衣は感謝を繰り返しながら、注がれる水を口に入れた。口を真上に開け、落ちる水を受け止める。顔が必死で醜い。せっかく着飾ることを覚えたのに。

入りきらない水は顔、首、胸、腹、腿をつたって、床へと落ちていく。下には漏らしたかのように水たまりができていた。

「飲めよ」

「はい」

舞衣の返事は心地良い。諦めや絶望が垣間見えるから。

舞衣は身体を屈めた。拍子に乳首についた吸引器が一つ外れた。舞衣が反射的に木野を見る。

「ごめんなさい」

「いいから飲め」

「はい」

仕置きの理由ができ、股間が熱くなった。

舞衣は床に這いつくばり水を舐める。

「美味いか?」

「美味しいです。秋吉様がくれた水、すごく美味しいです」

舞衣は床に落ちた水を舐め終わると、身体についた水を手で拭き取り舐めた。付け根や膣についた水も全て拭き取り舐めていく。

木野は人差し指を檻の中に入れた。動物が餌に飛びつくように、舞衣が指に貪つく。

「いつ、食べられるかわからないからな。ちゃんとしゃぶっておけよ」

「はい、秋吉様」

舞衣は四つん這いになり、乳首についた吸引器を格子の外へ押し出した。倒れかかった拡張器が外でしなだれる。片方ないのが逆に淫ら。木野が息を呑んだ。

「もう一個も、出してみな」

「はい」

舞衣は木野の指を舐めながら吸引器を見下ろした。両手で格子を握り、立て膝になる。そのまま尻を前にあげた。ペニスのような突起物が外に飛び出した。

意外と取れない物だと感心する。

「愛してます。秋吉様」

檻に身体を擦りつけながら舞衣が言った。檻の格子を相手によがっている。

格子から飛び出した2つの吸引器が揺れる。

木野は自らの理性が崩れ、欲が幅をきかせていくのがわかった。

「どうして、一つ外れたんだ?」

「ごめんなさい」

謝罪の言葉が震えている。

「謝れとは言ってない。どうしてか聞いてるんだ」

柵越しに見る怯えた顔の奴隷。的外れな応えを謝罪し、続けた。

「夢中で動いてたら外れました」

「落ちることを考えてなかったのか?」

「あっ…いえ…考えてたけど…」

「けどなんだ?」

「水で落ちやすくなったのかも…しれないです…」

木野が大仰に驚いた顔をつくる。

「俺のせいだというのか?」

奴隷を問い詰めるのは愉快だ。少しずつ、角に追い詰め逃げ場をなくしていく。

舞衣が強く首を振った。

「秋吉様のせいじゃないです。私のせいです。私のせいなんです」

「あとで、仕置きだな」

言葉だけでいきそうな気配。

〝仕置き〟

マゾは本当にこの言葉が好きだ。

木野はクリトリスについた拡張器を指で弾いた。弾かれた拡張器が勢いよく倒れ、舞衣が苦痛の表情を見せる。

舞衣は格子に身体を擦りつけながら、核心をつかない遊びに欲求を募らせた。

木野が檻の施錠を外す。外に出る素振りを見せた舞衣を目で制した。

舞衣が中に留まる。

「取っていいぞ」

舞衣が吸引器を見て、問いかける。

「自分で取るんですか?」

「どうして俺が取らなきゃいけないんだよ」

舞衣は乳首のネジを緩めた。外された箇所が薄い内出血を起こしている。キスマークのようなものだろう。直に消える。

舞衣は前のめりになり、開いた脚の付け根に視線をおとした。クリトリスについた吸引器のネジを回していく。

一時的だが、伸ばされた皮膚は肥大化したように見える。

「見ろよ」

―大きくしたくないって言ったのに―

「嬉しいよな。俺の好みの身体になれて」

「はい、嬉しいです」

舞衣が俯き応えた。

木野は檻にいる舞衣にバイブを手渡した。ピンク色で男性器の形状。電源を入れると円を描くように先端が動き、自ら発光する。

「自分でできるよな?」

―してほしい―その感情が表情から見て取れる。

木野は檻を鞭で叩いた。檻の中にいる舞衣がビクッと身体を強ばらせる。

舞衣は俺の手中にある。

俺でしか欲を満たせない女。

俺の前でしか欲を出せない女。

とろんとした目はマゾの域に入っている証拠。木野は動物園を思い出した。否応なしに閉じ込められ、死ぬまで自由を奪われる。

舞衣もこうあってほしい。

俺なしでは生きられず、全ての判断を俺に委ねる。

そうしなければ生きてはいけない。

「お前は俺のだよな?」

木野が聞いた。

舞衣がゆっくりと口を開く。

「私は秋吉様のものです」

木野は虚を突かれた。

嘘をついているように見えない。

いや、本音なんだろうが。

この妄想が実現してしまうのではないかと勘違いしてしまうほどリアルだった。舞衣は俺を受け入れている。

物理的には無理だとわかってる。

だが、だからこそ精神面で支配し、洗脳し、死ぬまで舞衣を見ていたい。

「使えよ」

「はい」

舞衣はバイブを口に咥えると自ら喉奥をついた。嗚咽しながら、空いた手で胸や内腿、付け根をまさぐる。

舞衣は足をM字に開いた。見せつけるように自分の穴を広げていく。自身の液で濡れたバイブはすんなりと膣へ入った。全て入れるとバイブが光り動き出す。舞衣は剥き出しになったクリトリスを虐めながら、バイブを堪能していた。

その間、舞衣は木野を見据えていた。挑発するように、自慰する顔を見せつける。不覚にも見入ってしまった。

檻から、どうにもならない性欲が溢れ出ている。

木野は手の甲を噛んだ。

歯形がつくほど強く。

「秋吉様、もう限界です」

荒い呼吸。舞衣が息切れしている。

「何がだ?」

「秋吉様に犯されたいです。直接、触って欲しいんです」

舞衣は強く格子を掴んだ。

木野が舞衣に近づく。間近で見る奴隷の必死な形相。

格子が煩わしい。

「苦しくなりたいんです。犯されて、おかしくなりたいんです」

どうにもならない。

「秋吉様に直接触って欲しいんです」

とうに限界は過ぎている。

木野は檻を開けた。

舞衣が飛び出し、木野に抱き付いた。押された木野が尻餅をつく。舞衣は木野の首に顔をうずめた。

「会いたかった。会いたかったです。秋吉様」

「もう、会ってるだろ」

木野は舞衣の頭を撫でた。舞衣に尻尾があれば、全開で振っているだろう。

「触れられなきゃ、会ってないのと同じです」

檻を見るとバイブが転がっていた。発光しながら、一人虚しく動いている。怒気の理由になるが、もう、どうでもいい。

木野は舞衣の手首を掴み、ベッドへ連れていった。舞衣が嬉しそうに足を開く。

癪だ。

舞衣の思い通りになっているようで。

つまらない意地を舞衣にぶつけた。

〝壊れろ〟と思った。

突く度に、溜まっていた欲求が晴れていく。

俺はこの女を望んでいた。

こういう女を。

木野は舞衣の横に寝ころんだ。荒い呼吸のまま、舞衣が口を開く。

「はぁはぁ…檻って…すごいですね」

木野は仰向けになり、舞衣を一瞥した。

「ここに連れてきてくれて嬉しかったです。夢も叶ったし」

木野は起き上がり、ソファに置いてある鞄を手に取った。赤い紙袋を取りだそうとしたとき、携帯が光っていることに気づく。

木野は舞衣を気にしつつラインを開いた。

柏木からだった。

―この間の話、まだ有効?―

「秋吉様」

妻だと思ったのか、舞衣が嫉妬の色を見せる。木野は携帯を離し、ベッドにいる舞衣に紙袋を渡した。

「私にですか?」

木野が頷く。

縦長朱色の紙袋。誰でも知っている高級ブランドだ。舞衣は目を輝かせ、相好を崩した。喜んで貰わなければ困る。値は張った。

舞衣は袋と同色の箱を取りだした。

舞衣は蓋をあけ、ダイヤのネックレスを取りだした。小粒のダイヤが舞衣の手で揺れる。

舞衣は振り返り木野と目を合わせた。

「いいんですか?」

「あぁ」

「あまり値段のことは言いたくないんですけど、すごく高いですよね?詳しくはわからないけど」

「気にするな」

「でも……はい、わかりました」

すぐに意を察したのか、舞衣は戸惑いながら受けとった。それでいい。申し訳がられても気分はよくない。それよりも素直に喜べと思う。

「つけてもいいですか?」

舞衣は留め具を外し、自身の首につけた。ダイヤの位置を中央に持ってくる。

「どうですか?」

照れながら聞いてくる。

「よく似合ってる」

「えへへ」

舞衣が子供のように笑う。

「常に着けていろよ。その首輪」

「首輪?」

「あぁ、俺には首輪にしか見えない」

舞衣はゆっくりと木野との距離を縮めた。木野の腰に手を回し、身体を密着させる。

「私、秋吉様に見つけて貰えて本当に幸せです。信じられないぐらい充実してるんです」

耳元で囁く舞衣の声が心地良い。

「お前は俺のだよな?」

「はい、私は秋吉様のものです。秋吉様のためならなんだって出来ます」

舞衣の言葉は支配欲を満たす。

セックスでは補えない精神的な部分。

木野は舞衣の髪を撫でた。

ねだるように舞衣が顔を擦りつける。

少し顔を離し、舞衣が恥ずかしそうに言った。「また、ここ来たいです」

不覚にも顔が綻びる。

「あぁ、そうだな」

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