二十話 実食

 まぁ結果的に、無事に倒せたから良しとしよう! 延焼もしてないし。

 魔物を倒したやつ、アレが恐らく雷属性の魔術だったんだろう。ローラ自身も不安定と言っていたのを覚えている。

 ……確かにありゃあ不安定だ。あんな威力の魔術がピンポイントで狙えないなんて、回転座椅子に機関銃を載せて撃つようなもんだ。みんな死んでしまう。


「で、これが魔物なんだな。これってゴブリンなのか?」


「そうよ! 緑の人型の魔物なんてゴブリンに決まっているわ! 今は真っ黒だけどね」


 違う違う、そうじゃない。色の問題じゃないんだ。

 俺の知ってるゴブリンはせいぜい幼児か子供くらいのサイズだと思ってたんだが。こいつ、下手したら二メートルくらいあるんじゃね?

 なんだっけ、オーガじゃなくて、オークじゃなくて……。あっ、トロール! トロールみたいだよ、こいつ!


「ゴブリンの肉なんて滅多に食べないから、どんな味がするのか楽しみだわ!」


「本当に食べるの……?」


「当たり前でしょ!? 何のために倒したのよ。今日は魔物狩りの日で、魔物を倒したんだから当たり前に食べるのよ!」


「……どうやって?」


「そりゃあ勿論、解体して食べやす、く、し、て……」


 そう、それよ。誰が解体するのよ。


「ほ、ほら! 解体はアンタが得意でしょ? アタシが仕留めたんだから、せめてアンタに解体をやらせてあげるわ。そうすればアンタの面目も立つでしょ?」


 そこに立てるべき面目はない。なんなら下げたままでいいから俺は解体をやりたくない。


「でもな、俺二本足の解体ってした事ないし。狩猟民族だったローラの方が上手いんじゃないか?」


「失礼ね、今も昔も狩猟民族よ! 過去形じゃないわ! そりゃアンタに比べればアタシの方が全てにおいて勝ってるでしょうけど、男の活躍の場面を奪うのはイイ女とは言えないわ!」


 お前のイイ女理論、初めて聞いたわ。できる事なら最初から最後まで聞いてみたいものだ。最後まで言って、ちゃんと最初の事を覚えていたら褒めてやる。


 結局、話していても埒が明かず二人で解体することになった。地獄絵図だったのは言うまでもないだろう。




「ふぅ、ふぅ……、なんとか形になったな」


 なるべく原型を残さないよう、食肉の塊に見えるように切り分けた俺を誰か褒めて欲しい。

 このまま焼けば牛のサーロインステーキと言っても分からないだろう。

 ローラは結局途中で投げ出しやがった。四肢を切り落としたあたりで「ちょっとお花摘みに」なんて言って戻ってこなかった。せめてローズマリーでも摘んでこいや!


 トロール……ではなくゴブリンは、あまりにも大きい為ここで食べていく事にした。もし旨ければ可食部だけいくらか持って帰ればいいだろう。


 しれっと戻ってきたローラが、ただの食用肉に見えたことで手早く食事の準備をする。薪を集め平たい石を鉄板代わりに敷き、火をつける。おーおー、こういう時だけ手際の良いことですね!


 ちょっとささくれ立った心を落ち着けながら、熱された石の具合を見る。うん、多分大丈夫。


 サーロインステーキ風に切り分けたゴブリン(仮)の肉をゆっくりと石の上に乗せる。


 じゅうぅぅぅ……



「うん、いい音! それにいい香りね! お腹が空いてきたわ!」


 ローラの嬉しそうな顔が今はとても腹が立つ。焼いたそばから全部食ってやろうか……。


 肉をひっくり返し、焼き加減を見る。厚めに切ったからまだ中には熱が通っていないだろう。

 もう少し、もう少し……


 ひょいっ


 俺が真剣に焼いていると、横から白い手が伸びてきて肉を攫って行った。


「ふふ、いただきまーす!」


 ぬぁっ!! 俺がっ! 俺がじっくり時間をかけて育てた肉をっ!!

 こいつっ、許さぬっ!!

 俺の中の仁王が目を覚ます! さあ、それを返せっ!

 ローラが今まさに口に放り込もうとした肉をっ……!!


「はーむっ」


 間に合わなかった……。

 くそっ! む、無念。


 ものすごい笑顔で咀嚼するローラ。

 ぐぎぎぎ……、この怨み、晴らさでおくべきか……! 呪いを込めてローラを睨む。どこ吹く風のローラだが。


 ……? ん?

 なんだ? ローラの様子が……


「んっ、んごっ、うがぁぁ、お、お、おえぇぇぇぇぇっ」


 えーーーーっ。

 ローラ、またしても盛大にリバース。


「だ、大丈夫か!?」


 もしかして、魔物の肉は毒なのか!? 慌ててローラに駆け寄り背中をさする。


 ぐえっ、ぐえっとカエルが潰れたような声を出し続けるローラ。このままカエルになってしまうのか?


「まっ……」


「ま?」


「まっずい!!」


「えー」


「な、何よこれ、信じらんないっ! こんな美味しそうな見た目してこんなにマズイなんて!! 詐欺よ詐欺、許し難き冒涜だわ! 神様から見放された呪いの種族よっ!」


 そ、そんなにですか……。正直見た目は本当に美味しそうだ。というか牛肉だ。俺がそういう風に処理したからな。

 それが、ローラがそこまで怒るほどにマズいとは。

 ……逆に気になる。


「な、なぁ、何がそんなにマズいんだ?」


「食べてみれば分かるわ! 食感も風味も最低ね! ドブに漬け込んだ毛皮を齧っているみたいよ!」


 なんでそんな例えが出るんだよ、こえーよ。

 だが確かに気になる。幸いにも綺麗にカットした肉は沢山ある。それをもう少し小さく切って……。


 ……サクッ、スウッ。

 …………ジュウッ。

 …………よしっ。


 今俺の手には、カルビの様な肉がある。あの悪食のローラが怒り狂う悪魔のような肉だ。果たして俺はこれを食べて無事に生き残れるのか……!


 ええい、南無三っ!!


 ぱくっ


 ん、んん、ううんんんっ!!

 マズい!!!

 だがそこまでではない!

 確かにマズいが、ドブの様な風味はしない。なんだろうなぁ、きのこ系の独特な風味と言えばいいんだろうか。

 食感はあれだな、ゴムだな。噛みきれそうで噛みきれない。最後の薄皮一枚がやたら硬い。


 奥歯をギリギリしながら頑張って食べていると、ローラが生ゴミを見るような目で俺の事を見てくる。


「……何だよ」


「アンタ、本当にそれ食べるの?」


「いや、まぁ食いたくはないけど、獲っちゃったしな。今ここで全部は食べないけど、まぁ持って帰ってとか——」


「はぁ!? 本気で言ってんの!? ちょっとやめてよ、信じらんない! キモい、近寄らないで変態! 腐敗臭が移るわ!」


 なっ! ちょっ!! ちょっと扱いがひど過ぎないか!?


「そもそも、魔物を獲ろうって言ったのお前じゃないか! なんで俺がそんなに言われなきゃなんないんだよ!」


「魔物は魔物でも美味しい魔物よ! あんな神に見放されたような魔物、魔物の風上にもおけないわ! 魔物以下の魔物よ!」


 またしてもゲシュタルト崩壊しそうなことをっ……!! 魔物以下の魔物ってなんだよ! 普通の獣じゃないのか、それ!


 ダメだ、言い合いではローラに勝てそうにない。話を聞かないからな、コイツ。


「はぁ……、もういいよ、分かったよ。もったいないからこれも持って帰るけど、ローラはこれを食べなきゃいいだろ? それなりに獲れたから、もう帰ろう?」


「ふんっ、あんたが責任持って持ち帰りなさいよね! アタシの半径五メートル以内には近付かないでよねっ!」


「はいはい。はぁ、この肉みんなから文句言われないといいなぁ。……そーいやさ、ローラ」


「なによ」


「俺ってそんなに腐った臭いする?」



 ※ ※ ※ ※



「——と、いうことがありまして。気付いたらローラと一泊二日の旅になってしまいました」


「なんだ、そうだったのか。二人とも帰って来ないから心配したんだぞ?」


 アジトに戻ってから獲物を手渡し、心配をしていただろうシエラに事の顛末を報告する。


「心配させてすいません……」


「いや、いいんだ。てっきり二人で男女の仲になって、愛の逃避行かと思ってな」


 えっ? そっち!? なんかシエラの目がキラキラして見えるのは気のせいか!?

 お堅そうに見えるのにシエラさんたらえっちぃ!!


「そんなことになる訳ないじゃない! アタシはこんな奴に一切魅力は感じないわ! でもそうね、コイツが発情しちゃったら、か弱いアタシじゃちょっと心配ね」


 いやいやいや、ないないないない。

 確かにローラは可愛いが、まだ俺のストライクゾーンを攻めてきていない。外角低めで見逃す球だな。後五年もすればどうか分からないが、今はまだ庇護対象だ。

 ただ、自分の身体年齢に精神年齢が引っ張られている気がするのも間違いない。それは言わないが。


「ローラはか弱くないだろ。あのゴブリンを倒した時の魔術、あれがもっと精度上がれば大抵の奴は一撃なんじゃないか?」


「ふふ! そうよ! あれこそアタシの最終奥義よ! アレを使えばチンケな町の一つや二つ、一撃で消し去れるわ!」


「そんな威力の魔術をおいそれと使わせる訳にはいかないな。それより、お前たち二人で獲ってきた魔物はゴブリンなのか?」


「ローラ曰く、緑の人型の魔物はゴブリンだそうです……」


「あんな色形でまっずい肉の魔物なんて、ゴブリンに決まっているわ! それ以外に何がいるのよ!」


「いや、そうだな、それならゴブリンかも知れないな。その割に可食部が多いような……。いや、それよりも、不味いのか? あの肉」


「マズいなんてもんじゃないわ! あんなのを料理に出されたら戦争よ! 宣戦布告と同義よ! いきなり殺されても文句言えないレベルね」


 おい、やめろ。大声でそんな事を言うんじゃない。その肉をどれだけ持って帰ってきてると思ってるんだ。既に渡された魔物肉を食べている連中が恨みがましい目でこちらを見ている。視線が痛い。


「ふふっ、そうか、そんなに不味いのか。じゃあ安心だな。うちの奴らにも是非まずそうに食べて貰わないとな」


 シエラがほっとしたように微笑んでそんな事を言う。不味い肉でいいの?


「前にも言ったかも知れないが、魔物の肉を食べ続けるとやがて本人も魔物になってしまう、という言い伝えがある。実際にはそこまで魔物肉を食べ続ける人間はいないから本当のところは分からないがね。ただ、魔物肉を美味いと感じて食べ続けてたら……」


 ひえぇぇ。俺は少なくともローラよりはまともに食べれてしまった……。魔物の素養があるのか?

 そんな俺の顔を見てニヤニヤしてるローラ。なんだよ、ムカつくな。


「やっぱり、食べる人間を選ぶ食材なのね! 高貴な人間は高貴な物が似合うのよ! あんなドブ臭い肉なんて食べれたもんじゃないわ!」


 ガタッ


 魔物肉を食べていた盗賊達が一斉に席を立つ。流石に幹部であるシエラと共にいるからか、俺達に直接文句を言ってくる事はないが、あれは絶対文句だけじゃ済まない顔だよなぁ……。はぁ、うちのローラがすいません。


 シエラがギロっと視線を送れば渋々席に戻って食事を始めるが、いつ暴発するか分からない。マジでローラには言動を注意させないと。


「それと、もう一つ聞きたかったんだ。セレウス。お前は魔術を使えるようになったのか?」


 控えめな声でシエラが問う。


「あっ、はい! 初歩の初歩ですけど、ローラに教えて貰ってなんとなく出来るようになりました」


 そう言って、ローラに教えて貰った魔術を見せようとする。指先を伸ばし、その先に魔力を集中……しようとしたところで、シエラに指を掴まれた。


「わかった。……一つだけ言っておく、私とローラの前以外では、魔術は使ってはいけない。絶対にだ」


 真剣な表情でシエラは俺を見つめ、そう言った。小さな声で言ったのは、周りの団員たちにも悟られないように。その静かな気迫に、俺もローラもただ黙って頷くしかなかった。

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