3 学園天国

それはなんてことの無い箱だった。


 安い段ボール素材で作られた箱。その中に入っているのは人数分の紙。


 紙に書かれているのは、1から順に振られた数字だけだ。


 しかしその数字は、引いた人間のこれから1か月、あるいは数か月にわたる運命を左右するものだった。


 恋する者、遊びに勤しむ者、睡魔に身を委ねる人間ですら、その紙切れに祈りをささげる。


 多くの人間の心を揺さぶるその箱とは。




「うわー! ロイヤル席(教卓の真正面)来た! 授業中寝れねえ!」


「えー、また同じ席なんだけど」


「やった、〇〇君の隣の席!」


「一番後ろの席だ、さぼって遊べる!」




 ずばり、学校の席替えのくじ引き箱だ。




 自分の新たな席に大騒ぎする中学生。


 それを見ながら、担任はやれやれとため息をついた。


 たった1か月そこらの席順で、よくもまああそこまで騒げるものだ。


 そういえば昔そんな歌があった気がするなあ、なんて考えながら見守る。




 しかも彼らは、くじ引きの運に身を任せるだけではない。


 くじを引き終わったら、今度は交渉が始まるのだ。




「なあ、俺目が悪いから、席代わってくれねえ?」


「私背が低いから、後ろだと見えないんだよね。交換しない?」


「確か1番後ろがいいって言ってたよね? 替えようよ」




 さまざまな理由をつけて行われる数字交換。


 少しでも自分の狙った席に近づこうと、皆が必死だ。


 しかし教卓の目の前、つまり授業中もっとも教師に注目されやすい席(通称ロイヤル席)はどうにも人気がない。当たってしまった生徒は取り換えることもできず、他の人に慰められるだけだった。


 教室内でさまざまな交渉が行われた末に座席が決定する。


 黒板にそれぞれが名前を書き、最後にそれを学級委員が記録して、ついに席替えは終了した。




 最後に数字の紙を回収して箱を預かる。


 毎月大騒ぎに付き合わされるくじ引き箱。文句も言わず、もくもくと数字を吐き出し続けるその箱を、担任はそっと撫でた。


 また来月もよろしく頼む、と念を込めて。

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