枝葉 その1
今朝は静かだった。
シオリはまたしてもラップトップを睨み付け、インターネット上の誰かと大富豪で競っていたが、今回は調子がいいようだ。
このゲームは既に一番で上がっており、にんまりしながら残りのプレイヤーの動向を眺めている。
瀬谷はホワイト・アナスタシアの気品ある柔らかな柑橘の香りを楽しみながら、その様子をぼんやりと見ていた。
昨日、シオリはアスファルトの上の肉眼では到底視えない薄く残された足跡を辿ったが、それは公園の入り口付近でぷつりと途切れていた。当然と言えば当然である。
殺害現場から徒歩で遺体を担いでくるはずもない。
現場に残っていても得られるものは何もないと判断したシオリは警視正と接触すると言い出し、新たに捜査本部が移転した警視庁へと赴いた。
受付で要件を伝えると、多田から十七階の喫茶室を指定された。
建物全体、至る所から殺人的な慌ただしさとそれが生み出す苛立ちで溢れている中、喫茶室は比較的穏やかな空気が保たれていた。
ほどなく現れた警視正にもやはり疲労の色が滲んでいたが、そんな彼にも容赦なく、お構いなしにシオリは未解決事件の捜査資料を要求した。
彼女は初め、それら全ての持ち出しを求めたのだが当然許可が降りるはずもなく。
それでも多田は譲歩として、二十三区内で起きた捜査一課が絡んだ事件資料の閲覧を認めてくれた。
これにはさすがの瀬谷も驚いた。警視正持ち前の太っ腹なのか、ASIOという絶大な後ろ盾故なのか。恐らく、どちらが欠けていても実現は不可能だっただろうことは想像に難くない。
シオリはその膨大な資料の中から目ぼしいものを次々と乱雑に引っ張り出し、貪り尽くすように読み込んだ。それだけで十二時間ほど潰れた。
ホテルの部屋に戻ったのは、とうに日付けが変わった後だった。
「シオリ。遊ぶのはいいが、あれは終わってるのか」カップを傾け、温かく芳しい香りで肺を満たす。
「終わってるー」シオリはシオリで瀬谷には眼もくれず、次のゲームを始めた。
「それで、何か得られたものは」
「殺人鬼は見付けた」
「と、言うと」抑揚のない声で問い質す。
「この五年で十人——下手したら十五人以上殺してるやつがいる。凶器とか手口を全部バラバラにして、上手いこと網の隙間を潜ってる。今回の十字殺人も間違いなくそいつが犯人。ここからはわたしの憶測だけど、今回の犯行は自分の能力を測るくらいのつもりで、絶対にバレないことを証明したいんだと思う。しかも多分近くにいる。もしかしたら今後は自分がやった証としてトレードマークでも残すんじゃないかな。それこそ、十字死体とか」
「実に興味深い話だな。次に必要なものは」
「共通点。これが解れば一気に進む。わたしの思考も捗って、色々と繋がりが生まれる。だからわたしたちが探すのは情報。証拠じゃない」
シオリが見つめる画面にはまたしても、金色で華々しく“大富豪”と映し出されている。
「二十八連勝。ルールを覚えたわたしには勝てまい」
瀬谷が世界各地の対戦相手たちを憐れんでいると、スラックスのポケットの中身が振動した。
時刻は十時前。着信は尾崎からだった。
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