第三話

レッドグレイブ領へ

フレイルが白昼堂々と誘拐される事件から数日、兵士達による邪竜教の捜索に進展があった。

 あの誘拐事件では首謀者であるサマンサ・マサマーを捕まえる事は出来たが、その他多くの教徒は混乱に乗じて逃げていった。

 兵士達も追いたかったがフレイルの安全を優先した。

「あの女は何か喋ったの?」

「いえ、何も喋りません。恐ろしい信仰心です」

 フレイルはソニアにサマンサの近況を聞いたが収穫は無かった様だ。

「しかし散り散りになった教徒達の一部がレッドグレイブ領に向かっていると報告が上がりました」

 自室で椅子に座りながら優雅にお茶をしているフレイルにソニアは淡々と伝えた。

 レッドグレイブ、その名前にオーズは心当たりがあった。

「レッドグレイブってソニアさんの名前じゃ?」

「そうだ、レッドグレイブ家はその昔騎士として活躍した事で王国から領地を割譲され、今も騎士領の領主としてその地を治めているのだ」

「て言うことはソニアさんの実家の方に教徒が潜んでいると」

「そう言う事ね。ただレッドグレイブ領は隣の領だし、ただ通過しただけかもしれないけどね。うん、上達したわねアーティ」

「ありがとうございます!」

 フレイルはアーティに淹れてもらったお茶を飲みながらもしっかりと聞いている。アーティは嬉しそうに頭を下げた。

 オーズは王宮でもしっかりと働けているアーティが誇らしかった。オーズは何か起きても土下座をするしか能の無い人間なので、そのもどかしさがアーティへの期待に繋がっているのだ。

「領主には伝えてありますので状況が分かり次第また報告します」

「レッドグレイブ領の領主って今はソニアのお兄さんよね?」

「はい、戦死した父の代わり兄のギースリーが領主になりました」

「ふーん、そう……」

 フレイルは何が気に入らないのか分からないが黙って考え込んでしまった。ソニアも何が引っ掛かったのか分からず何も言えないでいる。

 ただ経験でソニアは分かる、この後言うことは碌でもない事であるのを。

「よし、レッドグレイブ領を視察に行きましょう」

 フレイルは自信満々にそう宣言した。いつものフレイルの我儘にソニアは慣れていたが今回ばかりは驚き必死に抵抗した。

「いけません!先日拐われたばかりではないですか!何があるか分からないのですよ!」

「でも城下町で拐われたのなら何処にいても同じでしょ?それにレッドグレイブの兵士は皆勇敢で実力者揃いと聞くけど一体何が不安なの?」

「それでも王宮の方が安全です!」

「王宮も安全ではないでしょ?何処に刺客が潜んでいるか分からないのに」

 ああ言えばこう言うフレイルは譲らない。ソニアは口でフレイルに勝ったことは殆どない。大体がフレイルに言いくるめられてしまう。困ったソニアはオーズに助けを求めた。

「オーズも何か言ってくれ」

「いや、俺も何処も安全じゃないなら姫様のやりたい事させたいかな」

「きゃー兄ちゃん!かっこいいー!」

「またそうやって甘やかして!」

 ソニアは頭を抱えた。最近オーズが護衛騎士になってからフレイルの我儘に拍車がかかっている。その分笑顔も増えたが悩み事もその倍増えたと言ったところだ。

「何?ソニア。もしかして家族に会うのが恥ずかしいの?」

「そんな訳ないでしょ」

「じゃあ行きましょう。王国の視察をするのも王族の義務だからね。それにソニアの実家も興味があるし」

「それが本音ですか!」

 こうなっては誰もフレイルを止められない。頼みの綱のオーズもフレイルについては全肯定をする溺愛ぶり。アーティはフレイルの決定に口をは舐める訳ないので人数的にはいつもソニアが負けてしまうのだ。

 ウンウンと悩んだ末にソニアは遂に諦めた。

「分かりました。その様にします。領主には視察があると手紙を出しますのでお待ち下さい」

 ソニアの言葉には覇気はなく。うなだれるように部屋を後にした。

 ソニアが部屋から出るとフレイルはイスから飛び降りクルクル回り始めた。実にご機嫌である。

「お出掛け、お出掛け、久しぶりにお出掛けね。こんな人目のあるとこに閉じ込めて本当やになる」

 ここのところずっと王宮に閉じこもっていたフレイルにとって久し振りの外出に心も体と踊らせた。そんな風に調子に乗っていると部屋の扉が突然開かれた。

「視察している日のレッスンは別日に詰め込みますからね。覚悟して下さい」

「え!ちょっ!」

 扉からソニアが顔だけ出して言い残して返事を聞く前に扉を閉めた。

「……はーい」

 フレイルは嫌そうな顔をしながら扉越しに返事をした。オーズを見つめたがこれはオーズにもどうする事も出来ない。

「うーん、頑張れ、やれば出来る子だから」

 オーズの気のない返事にフレイルはオーズのスネを蹴っ飛ばした。

「ぐっ!!」

 痛みに声が漏れたオーズは直ぐに土下座をして無敵になりスネの痛みから解放された。まさに流れる様な動きである。

 そんなオーズを横目にフレイルは椅子に座りお茶の続きをした。隣で立っているアーティは実の兄がこんな情けない姿を晒しているが、いつもの事なので放っておいてフレイルの世話をしている。

「なあ、ソニアの実家に行きたい理由って何かあるのか?」

 痛みが引いたオーズは立ち上がりフレイルに質問した。フレイルは思い付きで行動するがいつも何らかの理由がある。

「そうね、ソニアに里帰りさせてやりたいの。ソニアは護衛騎士になってから実家に帰ってないから」

「お優しいですねフレイル様」

「やめてよ、恥ずかしい」

 アーティに褒められてフレイルの顔は少し赤くなった。そんな二人の妹の微笑ましい光景にオーズは思わずニヤけてしまう。

「なによ?」

「いや、なんでも」

 フレイルはオーズを睨みつけたがオーズのニヤけは止まらない。止められる筈がない。

 フレイルは立ち上がりオーズの足の甲を踵で踏み抜いた。

「ぐあっ!」

 痛がるオーズは土下座をしようとしゃがもうとするがフレイルが足を踏み付けているので動けない。しゃがもうにもしゃがめないオーズはその場で苦しんだ。

「痛い!痛い!ごめん!ごめんて!」

「何?どうした?そんなに痛がって」

「ニヤニヤしてごめんなさい!」

 フレイルは足を上げてオーズを解放してあげた。オーズはその場で膝をつきヨロヨロと土下座をした。

「ふー痛かった」

 オーズは土下座をすると直ぐに立ち上がった。このフレイルに痛め付けられて土下座をする一連の流れはアーティが側仕えになってから何度も目にしている為、実の兄が土下座していても何も思わなくなった。

 ただアーティが最近思ったことは。

 ――お兄ちゃんの土下座、最近誠意が感じられないなぁ。本当に謝る時どうするんだろ。死ぬのかな……

 まるで通行人に挨拶する程度のノリで土下座をする兄が本当に謝らないといけない時どうするのか心配であった。

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