第7話 芋虫

 朝、自然と目が覚める。

 体調は良好だ。そういえば昨日、グリシャに治療のお礼すら言っていない。まあ、そのような雰囲気ではなかったが…大人として恥ずかしい。今日、礼を言おう。


 部屋を出てみる。ちょうどグリウとグリシャが朝食の準備をしていた。俺は一人で惰眠をむさぼっていたことに気が付き、ばつが悪い。

「おはようございます。」

「ああ、おはよう。適当に座っていいぞ。」

「…おはよ。」


 グリシャは昨日のとげが少し丸くなっているような気がした。

 俺は歯を磨きたくて仕方なかったので、聞いてみた。

 この世界も普通に歯磨きの習慣はあるようなので、ほっとした。風呂と歯磨きが無い世界なんて、耐えられない。


 歯ブラシをもらったが、なんの動物の毛ブラシかわからないがものすごく硬くて歯ぐきから血が出た。だがミント味のクリームを乗せて磨けるので、ものすごくさっぱりして元気が出た。現代と変わらない。ほっとした。


 部屋へ戻ると、朝食の準備ができていた。

 オムレツとサラダ、そして白湯だ。ありがたい。


 昨日と打って変わり、会話は少ない。グリウはもう話すことは話したと言わんばかりに、空気が一変している。悲しいものだな…

 反対に、グリシャは大人ではないので、昨日までのグリウとは違うことを感じ、俺を憐れんでいるのがわかる。


「さて、今日のことだが。」

 グリウが口を開いた。

「朝食を終えたら、裏庭でドウタロウのスキルを確認しよう。どれくらい自分で把握している?」

「いえ、なにも知りません。」まるで職場のような答え方をする。

 俺は仕事口調で答えた。グリウは俺の態度を見て、自分が娘の前で仕事の顔を見せてしまっていることに気が付いたのか、雰囲気が柔らかくなった。

「さあ、裏庭に行こうか。」昨日のグリムが顔を出した。


 裏庭は、木々に囲まれておりプライベートが保たれている。自然の恵みの木の実が成っていた。

 グリシャも部屋から出てきた。立ち会うみたいだ。あまり見られたくないんだが。


「さあ、とりあえず、見せてもらおうか。」

「いいですが、恥ずかしいですよ。こんなのスキルって…」

「気にすることはない。」

「…わかりました。」


 手をかざし、ステータスを開く。

「スキルを確認しています。視認できますか?」

「手元に薄い板のようなものが出現しているな。字が綴られている。こっちの言語だな。転生者はこっちの世界に合わせる側なのか。」


 スキルステータスを確認。ポイントは10に戻っている。技のスキルは…増えてないか…「ほふく」のみか。仕方ない。やるか…

 スキルを始動。

「いきますよ!」

「ああ!!」


 ___________________________________________


「ドウタロウ、なにをしている?」

 初めてグリウが動揺している。ふっ、もうなんでもこい。逆にもうすがすがしいぜ。俺は裏庭を這いずり回っている。心なしかスピードが上がっている気がする。成長・・している…

 ふふふと微笑む俺を見て二人はドン引きしている。さぞ気色悪いだろう。


「何をしている…?見てわからないのですか?這いずりですよ…これが僕のスキルです…。意味なんてありませんよ。これが全てなんです。」

「想像以上に…無駄なスキルだな…俺でもその動きはできるぞ…」グリウはゴクリと喉を鳴らす。


 スキルを解除し、立ち上がった。少し、疲労感がある。俺はスキルポイントが減って疲れてるのか、普通に体を動かして疲れてるのか…いったいどちらなんだろうな。


「ドウタロウ、そのスキル他に何か効果はないのか?」

 ああ…そういや…あったな…

「あります。痛みがなくなるんです。大火傷を負った痛みが和らぎましたから。」

「痛みがなくなる…?もう一回やってみてくれ」

「わかりました。」俺の再び屈辱のほふくスキルを発動した。


 ずり這いになった瞬間、グリウは俺を蹴り上げた。おれは逃げようにもスキルが発動していて動けなかった…


 が、蹴り上げられるはずの体は動かず、前に進み続けている。痛みも全くない。逆にグリウが反動で勢いよく転げた。

 グリウは何が起こったかわからない顔で、起き上がった。


「お父さん!大丈夫!?」グリシャが駆け寄る。

「ああ…跳ね除けられただけだからな」

「グリウ、大丈夫ですか?」

「大丈夫。ありがとう。それより、ドウタロウお前のスキル…」

「ええ…おそらく…」


「ドウタロウ、何よ?含まないで教えてよ。アンタのスキルなんかあるの?」


「おそらくだが、外的要因に無敵状態が続くのかと」


 …ポカンとグリシャが口を開ける。


「無敵って、あの前にずり這いしてる時?」

「ええ。多分ですけど。」

「なんの意味があるの?ずり這いして無敵って。」

「意味は…無敵なら技を喰らわないでしょう?だから、すごいですよこれ!!ねえグリウ!!」

「確かに…これはすごいかもしれんな…」


 俺とグリウは俄かに盛り上がった。


「でもさ」グリシャが口を開ける

「なんだい?グリシャ。」


「芋虫みたいで気持ちわるいじゃん」


「芋虫…」


 熱くなった気持ちは一瞬で冷え込んで、部屋に戻った。確かにあんま意味ねえな…

 その日はそのまま部屋で大人しくした。

 旅立ちは明日だ。グリシャが俺の旅に必要なものを買い込んでくれている。


 何もわからない無謀な冒険が始まる。

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