4-2

夜、眠っていたら人の気配を感じ、目を開けた。


「威宗……?」


しかし彼は、また朝に来ると帰ったはずなのだ。

それに薄明かりの中、僅かに見える人影は威宗にしては小さい。


「……伶龍、なの?」


なんとなく、彼だと思った。

駆け寄りたいがベッドすら下りられない自分がもどかしい。


「伶龍、なんでしょ?」


呼びかけるが彼からの返事はない。


「ごめん。

本当にごめん。

私、わかったよ。

自分の命を大事にできない人間が、他の人を守れるわけないもんね」


もし、あれで私が死んでいたら。

次代の巫女はもういない。

祖母がこの世を去れば、巫女は途絶えてしまうのだ。

私は私の命を、もっと大事にするべきだった。

いや、巫女が途絶えるのも大問題だがそれよりも、自分の命を軽んじるような人間に、伶龍だって安心して背中を任せられるわけがない。


「伶龍。

戻ってきてよ。

今度は私、ちゃんとやるから」


やはり彼はなにも言わない。

居心地の悪い沈黙が続く。


「伶龍、まだ怒って……」


耐えられなくなって口を開いたのは私だった。

しかし彼は最後まで私に言わせず、黙ったままふいっと病室を出ていった。


「……やっぱりまだ、怒ってるんだ」


布団を顔まで引き上げる。

威宗はああ言ってくれたが、やはり私は刀に見捨てられる、最低の巫女だ。




入院期間は時間があるので、大学の課題をこなしつつ改めて穢れについて勉強する。


「うーっ、熱が出そう……」


ペンを置き、ぱたんとベッドに倒れ込む。

過去に穢れ討伐失敗によって引き起こされた災害を知れば知るほど、重圧に押しつぶされそうになる。

一応、知識としてはあの大飢饉も大地震も、穢れが原因だというのは知っていた。

しかし実際の被害の規模などを具体的にわかると、自分の責任の重さに震えた。

このあいだは祖母が祓ってくれたからよかったものの、もし私だけで他の巫女などいなかったら?

今頃、なにが起こっていたのだろう。

想像するだけで、怖い。


「翠様、お加減いかがですか?」


「春光!」


翌日は春光がお見舞いに来てくれた。


「これ。

翠様がお好きなケーキです」


「ありがとう!

嬉しいー」


春光が手にしていた箱を威宗に渡す。

威宗はすぐにお茶の準備を始めた。


「思ったよりもお元気そうでよかったです。

光子様も心配されていたんですよ」


威宗に勧められ、春光が近くの椅子に座る。


「ありがとう。

折れてる足と手以外は元気だよ。

大ばあちゃんにも心配はいらないって伝えておいて」


「わかりました」


春光が頷く。

可愛がっているひ孫が穢れ討伐に失敗して大怪我だなんて、曾祖母も心配しているだろう。


威宗がお茶を淹れてくれ、春光と一緒に差し入れてくれたケーキを食べる。


「伶龍はやはり、翠様のところにも姿を現してないんですね」


「……そう、だね」


つい、フォークを置いていた。

昨晩のあれはきっと、伶龍だったと思う。

でも、なんで私の病室に、しかも忍び込むように来たのだろう。

私が死んだのか確かめに来たとか?

無事な私を見て、なにを考えていたのだろう。


「翠、様?」


長く私が黙っていたからか、春光が心配そうに顔をのぞき込む。


「怪我が痛むのですか?」


「あ、ううん。

大丈夫だよ」


安心させるように笑って返す。

伶龍の気持ちなんて、私が考えたところでわからない。


「春光。

あの、さ?

もし、もしもだよ?

大ばあちゃんがなにか間違いを犯したとして。

それでやってられるか!とかなったらどうする?」


ちら、ちらっと春光の顔をうかがう。

彼はなにを聞かれているのか理解できないのか、何度か瞬きをした。

威宗は私の意図がわかっているのか、さりげなく聞き耳を立てているようだ。


「光子様が間違いを犯すなど、ありえませんが」


「あー、そーだねー」


不思議そうに答えられ、がっくりと肩が落ちる。

うん、曾祖母が間違いを犯すなんてありえないって、私だってわかっている。

でもそこは、例えばって話なわけで。

しかしこういう素直なところが、春光のいいところなのだ。


「春光様。

これは例えば、という話ですよ」


さすがに私が可哀想だと思ったのか、威宗が助け船を出してくれた。


「えー。

でも、光子様が間違えるとか絶対にないし。

威宗だって花恵様が間違えるとかないと思ってるでしょ?」


唇を尖らせて不満げに春光は足をぶらぶらさせている。


「それはそうですが。

でも翠様は光子様が間違えたら、春光様がどうするのか聞きたいのですよ」


威宗が春光を諭す。

しかし見た目が子供で偉そうな春光と、そんな春光に丁寧な態度を取る大男の威宗は子供主人と執事のようだ。


「もしもの話でもないものはないの。

威宗だったらどう答えるんだよ?」


「そうですね……」


春光に問われ、軽く握った拳を顎に当てて威宗が悩み出す。

もし、春光と同じ答えだったら、もうこれはそういうものなのだと諦めよう。


「投げ出さずにお諫めいたしますね。

花恵様はきっとわかってくださると思いますし、私は花恵様を信じておりますから」


柔らかく微笑んだ威宗からは、祖母に対する信頼が溢れていた。

それが、酷く羨ましい。


「……だ、そうですよ。

翠様。

まあ、僕も光子様を信じていますから、同じですね」


春光もまた、威宗と同じ顔をしていた。


「……そっか」


ふたりの答えを聞いてますます落ち込んだ。

私は彼らのように、伶龍に信頼されていない。

信頼されるようなことをやってこなかったんだから当たり前だ。

しかも今から取り返そうにも、伶龍はいない。


「大丈夫ですよ、伶龍はきっと翠様の気持ちをわかっています」


「そうですよ。

刀が巫女を信頼しないなどありえません」


「……ありがとう」


ふたりは慰めてくれるが、それでも私の心は浮上できなかった。

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