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1周年特別回 文字盤をなぞる
───某日 中央区の某所にて。
厳かな空気のまま進められているのは今年度加入した新人2人と継続隊員の任命式であった。
会場には国内で発刊されている広報誌でしか見かけたことの無いような人物も居るが、隊員の血縁者すら呼ばれない式ではこの組織がどれだけ重要視されているのかを表しているようだ。
今年この組織に加入することとなったノヴァは流れるように耳に入る祝辞を聞きながらこれまでを振り返っていた。
グローセへの加入を志すようになったのは3年前に自分自身の命を守ってくれた存在である彼への恩返しの意味が大きすぎた。命を救われたのに命を賭ける組織へ『恩返し』として加入することは一般人であれば理解し難いことかもしれないが、それを覆う程にあの日の景色は今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
あの日見た真白な隊服と光を受けて輝くダガーナイフの煌めきと星の尾が伸びるように弧を描いたツァイガーの赤い体液。その一挙手一投足がギラギラと輝き、光で脳を焼かれるには充分すぎる動機となった。
視線だけを先輩隊員の並ぶ方へ僅かに動かせば、あの日自分を救ってくれた人物もそこに居た。それだけで「ああ、まだこの人は戦っている」という安堵の気持ちが込み上げてくる。
そうして視線を戻そうとした時、カチリとピンク髪の先輩隊員と目が合った。こちらが何かアクションを出すよりも先にふわりと微笑み、小さく手を振られる。それに返すことで先輩が何か言われることが嫌で、伝わる程度に軽く頭を下げて返せば、その人はもう一度微笑んで僅かに視線を下げた。その視線の先には自分の隣に立っている同期だという女性隊員が居る。
先程入場前に数回会話のリレーが生じたが、先輩へ素直な尊敬を向けるノヴァにとっては理解し難い部分がいくつかあった。
「ぼく、なんだって出来ますから!」
えへん!と実際口に出して胸を張った彼女へ僅かに眉間にシワが寄る。
「だとしても俺らより先輩の方が出来るだろ」
「なっ!それよりももっと出来るって意味です!!」
「…………先輩より、もっと?」
「はい!」
再度えへん!と胸を張った彼女へ冷ややかな視線を向けたのが50分程前の出来事である。50分後の彼女と言えば隣でうつらうつらと船を漕ぎ、眠気の影響で最初よりも背筋が曲がっていた。
ピンク髪の先輩隊員の微笑みに気づいたのか、更にその隣に立っていた黒髪の先輩隊員も優しく微笑みを浮かべていた。赤色の視線が自分を捉え、更に微笑まれた時に思わず息を呑んでしまう。だが同じタイミングで隣に立つ水色の頭がガクン!と大きく揺れ、「ふぁっ」と小さく声が聞こえた。
「……おい、起きろって」
「へぁ……?……っ!!ね、ねねね寝てませんから!!」
未だにつらつらと呪文のように唱えられる祝辞に重ねるようにやや声のトーンを落として隣の彼女へ伝えれば、ビクリと小さな身体が大きく跳ねる。口元を勢いよく袖で擦る彼女へはぁ……と呆れたように息を吐けば祝辞は終わり、次の読み上げに移行しているようだった。
「それでは次に。統括リーダーの発表、並びに討伐調査班と治療サポート班のリーダーの任命を行う。」
「ウィルペアト・ディートリヒ。シェロ・ランディーノ。2人とも前へ」
「はい」と高低は異なるが落ち着きと優しさを含む声が2つ響く。小さく音を響かせるシェロのいつもの足元と、式用に普段のハイカットスニーカーから革靴へ履き替えたウィルペアトの足元からもコツコツと音が響いていた。最前に立ち、先程祝辞を述べていた高齢の男の元へ歩みを進める。2人が自身の目の前で止まった事を確認してから男は数回咳払いをした。
「対ツァイガー専門国家組織グローセの総括リーダー兼討伐調査班リーダーをディートリヒに。治療サポート班リーダーをランディーノに任命する。」
「この国の更なる発展のために尽くし、1人でも多くの国民のために在れるように活動に取り組むこと。そして皆を導いていくように」
静かに告げられた声に応えるように2人は右足を引き、右手を胸と腹の間の辺りに添えて頭を下げる。
「両名。謹んでその名をお受けいたします」
「私達の命はこの国のために。一層尽力して参ります」
決められた台詞だとしても、彼らのその一言にどれだけの強い意志が込められているのかを同じ場所に居る者達の中で理解している人は居なかった。ただ2人の長い睫毛に縁取られた瞼が数回瞬いて、薄い唇が真一文字に閉じているという事実以外何も分からないのだ。
2人からの言葉を確認し、男はその場から去る。そして先程まで男が立っていた場所へウィルペアトが移動し、シェロは傍に控えていたエミリアから白いトレーを受け取りウィルペアトの元へ運ぶ。静かに置いたシェロへ「ありがとう」と小さく感謝を伝えれば僅かに口角を上げて返される。
「次に今年度の討伐調査班に新たに加入するメンバーの発表をする。2人とも、前へ」
トレーから視線を上げてノヴァとソラエルへ向き直せば、数秒ズレて2人は椅子から起立する。ガタッと鳴り響く音がこだまし、僅かな羞恥心が顔に熱を集めたがそれを冷ますように足を進めて行く。
その一連の流れにパチ、と1度瞬きをしてウィルペアトは優しく微笑む。キラリと特徴的な眼帯へ光は集まり、赤紫色を主張する。
「最初に。ノヴァ・ファウラー」
「っ、はい」
学生時代の式典の類以上に感じる緊張感はこの空気に呑まれているためか。緊張を吐き出すように返事をすれば、ウィルペアトはトレーの上から2つのリボンタグを手に取り、2人へ近づく。今のノヴァとソラエルの胸元にはリボンタグがなく、黒いプラスチック部分には何も付いていなかった。タグをこの任命式で受け取り、その後加工が行われるのだと事前に届いた書類には書かれていた。
頭のてっぺんから足先に至るまでの全てを品定めされるかのような周囲の視線には慣れず、ゾワゾワとした寒気にも似た何かが背中を這いずり落ち着かない。
オレンジ色のリボンタグを手渡され、それを受け取る。ただの1枚の細いリボンだというのに、この1枚の色を何人の命が繋いできたのかノヴァはまだ知らなかった。
緊張から早鐘を打つ胸を何とか鎮めようとしていれば「緊張するよな、この場所は」とウィルペアトが声のトーンを落としてノヴァへ話しかける。パチ、と1度瞬きを返せばそのまま言葉を続けられる。
「これからきっと数え切れないくらい大変なことが起きて、この日の緊張なんて些細なことに感じる時があるかもしれない。」
「でも、」と真っ直ぐノヴァを見上げる瞳と目が合う。
「君達と共に、これからの調査に向かえることを誇りに思うよ」
息を吸い込む音すら響きそうな程に静かな建物の中、顔を上げてこちらに微笑みを見せた先輩へ強く頷きを返す。参加している組織の上層部や上流階級の国民から集まる視線はこれからの未来に期待しているのか、それとも終わらない旅路に呆れを示しているのかは不明だ。隣に居る同期だという彼女は分かりやすく息を呑み込み、緊張を前面に現していた。
「俺も。先輩達の元で戦えることを誇りに思ってます」
差し出された手を握り返す。あの日の自分の希望となったこの組織に身をおけることに、誇りを抱くことは間違いでは無いのだから。
そうして隣に立つソラエルにも同様にリボンタグを手渡し、握手を交わす。そのままウィルペアト、シェロの2人は元の場所へ戻り、エミリアもトレーを下げていた。
再度高齢の男が入れ替わるようにその場へ戻り、最後の内容を静かに告げた。
「最後に。今年度の隊員及びバディ相手の発表を行う。呼ばれた者から順に返事をするように。」
「ウィルペアト・ディートリヒ。ラビ・ルージンズ」
「はい」
「……はい」
決して交わることの無い声が響く。いつも隊服の前を開けているためか今は余計落ち着かず、ラビは襟を緩く引っ張った。
「アルフィオ・ブルーノ。シェロ・ランディーノ」
「「はい」」
静かな声が重なる。名前が呼ばれただけで一層強くなる視線を受け止めるようにアルフィオの背はいつも以上の猫背となる。
「ヘルハウンド。ソラエル」
「っはい!!」
「はい」
勢いよく返事を返したソラエルは即座に隊員達が並ぶ方へ目を向ける。それに応えるようにヘルハウンドは僅かに口角を上げて返した。
「カイム・アシュクロフト。アマンダ・ドライバー」
「「はい」」
力強さの異なる声が重なる。「またよろしくネ、カイムちゃん」とアマンダが囁けば「ああ」と短い返事か返される。
「ノヴァ・ファウラー。アーシュラ・エーデルワイス」
「はいっ!」
「はい」
明るい声と落ち着いた声が重なって響く。先程視線が合った先輩隊員がバディだと知り、再度視線だけを向ければパチ、とウィンクが返された。
「ロドニー・ヴィンシュタイン。ナイト・シャノン」
「「はいっ!」」
誰よりも明るい声が重なる。互いに目を見合せて「よろしくね」と眉を下げてロドニーとナイトは微笑み合う。
「以上12名を今年度の対ツァイガー専門国家組織グローセ隊員として任命する。皆、拍手で迎えるように」
そうして疎らな拍手の音と共に、今年度の任命式は終わりを迎えた。
─────20時 中央区内パーティー会場にて。
「すっっっっっっごくないですか!!?!?!どこもかしこもピカピカキラキラなんですけど!!?」
「分かったからお前はもう少し落ち着けよ……」
「なんでそんな落ち着けるんですか!?ピカピカですよ!!?」
はわ……と震える声を零すソラエルへ呆れるように息を零す。スタイリストによって用意されたドレスやスーツに互いに慣れていなかったものの、大人っぽい無地のドレスに反してソラエルの反応は子どものようだと感じるものであった。
昼間の任命式後、自分達に改めて声を掛けてきたウィルペアトを指さし「あ!!!!!!」と叫んだのも彼女だ。その反応へノヴァは眉を顰めていたが、指さされた張本人であるウィルペアトはケロりとした様子で話を進めていた。
『今更の確認にはなってしまうが……君の名前は申請されたもので間違いはないか?』
『へ?…………そう、ですけど。ぼくは、ソラエルです』
あのやり取りは何だったのだろうか。その後タブレットを操作し、「何枚か書類を書き直して欲しいんだ」と告げたウィルペアトへ驚きの声を上げた彼女へ呆れを示したのは言うまでもない。
「新人隊員様ですね?」
「っ、は、はい……そうっす」
考え込んでいればぬっ…と静かに声を掛けてくるスタッフに思わず肩を揺らす。深々と頭を下げた彼は「こちらを」とノンアルコールのカクテルを2つこちらへ差し出す。オレンジ色と水色はグラスの中でゆっくりと渦を描くが、決して色が混じり合うことは無かった。
「もう1つはあちらのお連れ様の分となります」
(お連れ様……)
おそらくはソラエルのことを指しているのだろう。軽く頭を下げて後ろに居たはずの彼女へ振り返れば、忽然と姿を消していた。
「わーっ!!!!」
「……あいつどこ行って……!」
だが直ぐに聞こえた声の方へ向かえば、オーケストラ達の方へ居たらしく目をキラキラと輝かせながら楽器を見つめていた。
「こんなおっきい楽器あるんですか!!デカピカ楽器、ぼくも触っていいですか!!」
「良いわけあるか。ダメだろ」
「わっ!!?!?の、ノヴァ!?びっくりさせないでくださいよもう……どこで迷子になってたんですか?」
「それは俺のセリフな。……ほら、ウェルカムドリンクだってさ」
「?なんですか、それ」
キョトン…とこちらを見つめるソラエルへ「最初に飲んでいいやつ」と渡せば「なるほど!」とそれを勢い良く飲んでいく。
「ばっ……!!最初に飲んでいいやつだけどイッキ飲みするやつじゃねぇよ!」
「え゛!?は、早く言ってくださいよ!!嘘ついたんですか!?」
「だから……」
頭が痛い。偏頭痛だとか風邪だとかそういうのではなく、もっと心因的なものとして。
眉間をギュッと抑え付けていれば「あら、2人とも仲良しなのね」と落ち着いた声が後ろから掛けられる。
「!先輩」
「あら、もう顔を覚えてくれてたのね。嬉しいわ」
くすくすと口元を抑えて笑うのはアーシュラだ。傍にはヘルハウンドもおり、「楽しめてる?2人とも」と優しく声を掛けられる。
「ええ。とは言っても、緊張してばっかなんすけどね……」
「そういうものだよ。俺達もこういう機会じゃないとパーティーに出ることはないから、いつまでも慣れないし」
「そうそう。だからめいっぱい楽しむことを優先しましょ」
年長者の風格と言えばいいのだろうか。隊員服とは真逆の黒のドレスとスーツに身を包み、新人である自分たちへ優しく声を掛ける彼らには独特の雰囲気があった。
そんな周りの雰囲気に呑まれるようにソラエルも自身の前髪をちょんちょんと触る。もう少し背伸びをして大人っぽくしなければ、自分だけが子どもに見える気がしてどうにも落ち着かなかった。それを見透かしたようにアーシュラはクスりと微笑む。
「可愛いわよ、ソラエルちゃん」
「なっ!!そ、そこはこう、大人っぽいとか!!セクシーとか!!カッコイイとか!!ぼくはそっちがいいです!」
「あら、ごめんね」
プン!と頬を膨らますソラエルへ優しい目を向けつつ、「ああ」とヘルハウンドは言葉を続ける。
「そういえば2人とも、俺たち以外の人には会った?」
「あ、いえ……これから行こうとは思ってたんすけど」
「なら早い方がいいかも。特にリーダーの2人はゆっくり話せるタイミングの方が少ないから……ああほら、あそこ。今なら2人共一緒に居るし話せるかも」
視線の先に居たのはウィルペアトだ。ヘルハウンドの言う『2人共』はノヴァとソラエルの2人を指しているのだろう。
「!ありがとうございます、行って来るっす」
「あ!ぼ、ぼくも行きます!!」
バタバタと慌ただしく駆けて行く2人の背を見つめていれば、「今年の子たちは特に元気ね」と呟くアーシュラの声が耳に届く。
「ふふ、確かに。でもアーシュラも最初の年はあのくらい元気だったよ」
「やだ、もう……昔のことは忘れて。恥ずかしいわ」
「ごめんごめん。でもどちらのアーシュラも素敵な事には変わりないよ」
サラりと告げられた言葉に思わず咳き込む。ああ良かった、シャンパンを口に含んでいなくて。危うく彼の前で醜態を晒すとこだった。
「ん゛、ん゛っ!!」
「大丈夫?アーシュラ」
「……はぁ……もう……そういうことをすぐ言わないで。驚いちゃったじゃない」
「そんなつもりも無かったんだけどね」
パタパタと顔を仰ぎながらハァ…と息を吐く。どれだけ彼の前で大人っぽく振る舞おうとしても不意打ちの攻撃に胸が高鳴ることを止めない。この感情に自覚が無い方が幾分か楽だったのだろうか…とありもしないことを考えたことはあるが、それが叶うことはきっと無い。どれだけ忘れようとしたって、私は生涯この人に恋をし続けるのだから。
どこからか吹く風が肌を掠める。火照る熱を冷ますには良い風だったが、不意打ちの冷たい風には敵わない。クシュンッと小さくくしゃみをすれば、ふわりと何かを肩に掛けられる。それはヘルハウンドが先程まで身につけていたスーツの上着であり、彼の温もりと香りが残ったままのそれを直に感じてしまい顔に熱が集中して行く。
「へッ、……んん゛ッッ!……へ、ヘルちゃん。……その……」
「ごめん、寒いのかと思って」
「…………そ、そうね。……ありがと」
ギュッとスーツの上着を握る。彼の隣に立てるだけで良いと思い、子どもらしくあることを止めようとした。だがこの優しさを返すことは大人じゃないと自分自身へ言い訳を重ね、彼の香りに身を包む理由にしてしまった。
「俺達も広い方に行こうか」
「ええ。他の子達にまだ会えてないし」
「そうだね。……あぁ、段差があるから。気をつけて」
そうして自身へ差し出された手に再度アーシュラの動きは止まる。ぐるぐると頭を渦巻く感情と、彼が差し出した側の目が見えにくい理由を知っている。彼がそれで人を頼ることは少ないが、この手を取ることで支えることが出来るという言い訳じみた思考が頭を占める。
「……もう。優しいんだから」
どれだけ子どものようだと思われても構わない。それでも貴方の手を取ることを迷いたくは無かった。
差し出された手にそっと自身の手を添え、アーシュラとヘルハウンドも広間へと足を進めた。
キラキラと眩しすぎる光から避けては歩けない。真上を飾るシャンデリアの輝きから視線を落とし、アルフィオは身体を更に丸めながら人の間を縫うように歩いていく。
シェロと共にこの会場には入ったものの、彼は先程「少し待ってて」と言ってどこかに行ってしまった。追いかけるようにその後ろをついて行こうとしたが、人波に揉まれるようにして身動きが取れなくなってしまった。
整えて貰ったヘアスタイルにも慣れず、アルフィオの担当となったヘアメイクアーティストの男性による「アナタこの隈何!?!?アタシの前で隈なんて見せたらこうよ!!こう!!」という悲鳴にも似た野太い叫びと共に素早く叩かれたファンデーションは取れてもいけないのだろう…と思えば目元を擦ることも出来ずに居た。
(……せめて隅の方に居ようかな……)
そそくさと壁の方へ流れるように移動しようとすれば、「おや、ブルーノくんじゃないか」と聞き慣れない声が背後から響く。ゆっくりとそちらへ身体を向ければそこにはややふくよかな中年の男性がおり、シャンパンを片手にニヤニヤと嫌味ったらしく口角を上げてアルフィオを値踏みするように見つめていた。
「えっと…………」
「なぁに、君が私を知らなくても問題は無いよ。交流があった訳でもないからなぁ」
「…………」
「一方的に私が知っているだけだ。いや、私だけではなくここに居る皆か。君ほどの有名人を知らない人間の方が珍しい!」
その言葉が何を指しているのかは誰よりもアルフィオが理解している。決して許される罪だと考えたこともなく、こうしてわざわざ責めに来る人間がいるからこそいつまでも自分の罪を忘れるなと自戒することが出来る。
続く言葉が浮かばずに視線を下げれば、相手にとってそれは弱いものいじめの合図となったらしい。先程よりも1歩分距離を詰め、「聞いているか?」と言葉を続けられる。
「グローセの人間達も物好きだ。どれだけの失態を犯しても怪我をしていても雇い続けなければならない。国の恥晒しだと言われてもおかしくないが」
「……すみません、それ以上は」
「図星でようやく声を上げたか?まぁあんなナヨナヨとした2人がリーダーだと言うなら仕方ないな。アイツらの元で育つ君たちなら優しさを盾に胡座をかくことしか出来ないだろうに」
その一言にピタりと動きが止まる。それに対して声を上げるよりも先にグイッと力強く背後から引き寄せられた。
「うちのカワイイ後輩をいじめるの。流石に度が過ぎるんじゃないかしら?」
「アマンダさん……」
ハッと顔を上げればアマンダがアルフィオの肩に手を寄せて自分の方へ引き寄せており、無理やり男との距離を開かせる。そのまま流れるようにアマンダの背後へと移動させられたアルフィオが「あの、」と言葉をかければ「シェロリーダーが呼んでいたワ」とウィンクと共に告げられる。
「お話がしたいなら私がお話しますヨ?彼、所用があるので」
アマンダなりの助け舟なのだろう。どうすべきか迷って視線を彷徨わせて居れば「いいから」と背中を押されてしまう。軽く頭を下げ、アルフィオはその場を後にした。
「ハッ!分かりやすい嘘だな。会話を邪魔するだなんて先輩としてどうなんだか」
「あら、会話だったノ?どう見ても一方的なやり取りにしか見えなかったケド」
「……君。出身区はどこだ?」
「東区ですが……何か?」
「フン、所詮危険区か。そりゃお里が知れるな?ボロが出る前に素直に謝罪すればまだ許してやらん事もない」
その一言にアマンダの眉間に深く皺が寄る。確かにアマンダの出身区である東区は他に比べて良いものとは言えない。ツァイガーの被害を最も強く受けた区であり、別名『危険区』と呼ばれて今も尚被害は続いている。
「お言葉ですが……アナタは中央区出身ですか?」
「ああ、そうだが?」
「同じ中央区の出身であっても、より良い人を私はよく知っています。区の出身で左右されると言うなら、アナタが先程貶したうちのリーダー達や彼と違って……随分幼稚ネ?」
「なっ……!」
その一言に男の顔にはカッと熱が集まる。アマンダ自身も湧き上がる怒りを抑えるように先程受け取ったばかりのシャンパンを1口含む。パチパチと喉が焼かれるような感覚ごと飲み込んでから改めて向き直る。
「お里ではなくアナタの人柄が知れて、中央区の評判を落とす前にこの場では口を慎んだ方が得策だと思うワ」
そうして再度挑発的に口角を上げて見せるのだった。
───────会場内 バルコニーにて。
キィ…と高い音を立ててシェロはバルコニーへ続く扉を開けた。ヒュウ…と吹き抜ける風が会場内へ入り込み、冷たい空気と共に一つに束ねた髪の毛を揺らす。
コツコツと靴の音を鳴らして先へと進むが、頭の中では先程掛けられた言葉が何度も繰り返されていた。
……アルフィオと離れて数分後。必要な会話を終えてその場から切り上げようとした時だった。
「シェロ様」
「っ、」
通りすがりに掛けられた声には聞き覚えがあった。それは自身の家に仕える使用人のものであり、ここに居るはずの無い声であった。視線を合わせないように、だが確実にシェロの耳へ届くようにその男は言葉を続ける。
「お父様からの伝言です。『今年は調整しろ』、と」
「調整……?どういうこと。検診はこれまでと変わらず」
「魔力量の検査を見ての判断とのことです。今回は私達ではなく、シェロ様の方で行って欲しいと」
「…………?……分かった、けど……」
それ以上に伝言は無かったか、と聞こうとして口を噤む。父が自分に必要以上に言葉を残したことは無い。分かっていても尚労いや褒め言葉が続くことを期待してしまっていた。
だが予想通り続く言葉は無く、「では」と使用人はその場から離れてしまった。
(…………分かっていたのにな)
はぁ…と息を吐き出す。期待する癖はいい加減直すべきだ。そうでなければ……自分はこれ以上、組織の人たちへどんな顔をすればいいのか分からなくなってしまう。
少し身体を冷ましてから戻ろうと考えていた時、「シェロ」と控えめな声が響く。聞き慣れた声に振り返ればそこにはアルフィオがおり、「ごめん。遅れて」と彼は眉を下げてこちらへパタパタと距離を詰めた。
「?遅れて……?」
「え、うん……アマンダさんからの伝言でシェロが呼んでるって……」
「……?俺、そんな伝言した記憶はないんだけどな……」
「あれ……?」
お互い顔を見合わせて首を傾げる。確かにアマンダとも会話をした記憶はあるが、アルフィオを呼んで欲しいと伝言した訳では無い。だが彼女が意味もなくこういった嘘をつくとも思えないため、何らかの理由があっての嘘なのだろう。
「でもそろそろ戻ろうかなって思ってたからちょうど良かった。ありがとう」
「ううん、それは大丈夫だけど……本当にもう大丈夫?」
いつもより下がった声のトーンが彼にバレてしまったのだろうか。恥ずかしいな…と口元を抑えつつも見透かされてしまったことに今更言い訳を重ねる気にもなれなかった。
「……もう少しだけ、ここで演奏を聴いてもいいかな」
「うん。大丈夫」
バルコニーの手すりに再度手を添えれば、アルフィオも隣へ移動して空を見上げる。広間から聞こえる音楽は華やかな会場を彩っているらしく、絶えず音が止まない。一方自分たちの真上には優しく光る月とそれを彩るのは星々しか無く、間隣の景色をどこか遠いもののように感じさせた。
「……この曲、なんだっけ……どこかで聞いた記憶はあるんだけど」
「これ?多分去年から演奏されるようになった……ああ、今からのは違う曲だよ」
流れる音楽の曲調が僅かに変わり、ワルツが始まったことを察する。歓迎パーティーとはほとんど名ばかりであり、任命式のような挨拶を自分たちがすることも無い。ゆったりとした曲調に耳を傾けていれば、風が吹き抜けて行く。
「……この曲が終わったら戻ろうか」
「うん。……あ」
「?どうしたの」
「いや……流れ星かと思って」
空を見上げたまま「気のせいだった」とはにかむアルフィオと同じように空を見上げる。澄んだ空には変わらず月が浮かび、星が瞬いている。もしかしたら彼の言うように本当に星が流れていたのかもしれない。
「気のせいじゃないかも。願い事しておく?」
「いや……いい、かな……」
「そう?」
シェロの横顔からふい…と目を逸らす。自分の願いだなんて星に祈ったところできっと意味は無いのかもしれない。君が居なくならないように、と消える星に祈るなんて変な話だ。願っても叶わない祈りを知っている自分が誰よりもその歪さを理解していた。
再度月を見つめる。隣から「綺麗だよね」と独り言のようなシェロの声が落ちる。
「うん。すごく綺麗……空も澄んでるから、一層綺麗に見えるんだと思う」
「ね。……良かったかも、アルフィオと見れて」
「僕もだよ。……明日も同じ空、見えるかな」
「見えるよ。きっと」
そうしていれば曲は2周目に入ったらしく、「戻ろうか」とどちらともなく告げてバルコニーを後にする。共に見た空が明日も続きますように。そんなささやかな願いだけを残して。
────会場内 広間にて。
キョロキョロとロドニーは忙しなく視線を彷徨わせる。中央区出身である以上こういったパーティー会場に来た経験は0では無いが、両親の功績を祝うパーティーに付き添いとして来たことがほとんどであり、幼馴染ほど場慣れしている訳では無い。人波を上手く躱すことも出来ずに居たが、どうしても見たいというほんの少しの下心のような淡い期待を抱いて彼女の鮮やかな蜂蜜色の髪を探してしまった。
(そ、そんな簡単に見つからないものなの……!?アマンダさん、結構目立つと思ってたんだけどな……)
しょぼん……と分かりやすく肩を落とした瞬間。
「ローードニーーくーーん?」
「わぁッ!?!!?ラッ、ラビくん!?!??」
「おいおいそんなに驚かないでくれよ。挙動不審にしていたの、遠くからでも分かったぜ?」
ガシッと勢い良く肩を組んできたのは同期であるラビだ。ニヤニヤとわざとらしい程に上がった彼の口角を見て察する。恐らくからかいに来たのだ、と。
「そ、そそそそんなことないよ!!別に何も探してなんか無いし!」
「俺は別にそこまで聞いてないんだがなぁ?そうかそうか〜ロドニーくんは誰かを探してたのか〜?」
「ちっ……!!!!ああもう!」
「隠さなくてもいいんだぜ?なぁに、この場で恋熱でうつつを抜かしたところで誰も怒りはしないさ」
ほら、とラビはそのままある一方向を指さす。そこにはナイトとカイムが話しており、明らかな幸せムードがそこにはあった。
「我らが同期代表のカイム嬢は既に恋人持ちと来たもんだ。入って1年かそこらでくっ付くだなんて……きみのバディ、ああ見えて肉食系男子ってやつか?」
「肉……??な、何?」
「そのまんまの意味さ。オカピじゃ無くヒョウだったって訳で」
「どこからオカピは出てきたの?!……というかラビくん、酔ってる?」
「酔ってなんかないさ。まだまだ飲めるぜ?」
「……何杯飲んだの?」
「4杯」
「酔ってるじゃん!!」
「キリン程彼は大きく無いからなぁ〜?どっちも見たことは無いし本でしか知らないが、まぁ似たようなモンだろ。ナイトとオカピも」
「全然違うからっ!もう……」
ゼェハァと肩で息をするロドニーへケラケラと笑いながらラビはグラスを呷る。それを横目にロドニーは再度ナイト達の方へと視線を向けた。
「何度も言うが、アナタは褒めすぎだ。少しは時と場所を考えて欲しい」
「わ、わはは……ごめんね。カイムさん、あまりにも素敵だからどうしても褒めることしか出来なくて」
「全く……」と恥ずかしさから呆れたような素振りでカイムはナイトから顔を逸らす。私服や彼とのデート時ではワンピースを着ることもあるが、慣れない場所でありドレスとなると未だに落ち着かない。「何でもいい」とスタイリストに任せていたが、控え室から出た後のナイトがカイムの主に首や肩周りの露出について心配の色を示したのを見て、すぐさま自分にだけ上着が追加させられた。その時のニヤニヤと微笑ましい何かを見つめるようなスタイリストの目を決して忘れはしないと決め、同時にカッと熱くなった頬の熱を全て冷ましてしまいたかった。
それでもまだ気にしている部分があるのか落ち着かないナイトへピシャリと一言お灸を据えたのが先程のこと。そしてこちらへ揶揄うようにニヤニヤとした視線を向けるラビへ睨みを利かせたのはたった今起きたことである。
「別に不快な訳では無い。アナタからのそれが嫌な訳じゃなく場所さえ……」
そこまで言ってパシ、と自分の口を抑える。そこまで素直に伝える気は無く、まるで褒められることを期待していると捉えかねないことを言いたかった訳では無い。
「?カイムさん?」
「……ともかく。ボクが言いたかったのはそれだけだ。こういった場面で個人の感情を出しすぎては組織の評価にも影響する。……アナタも理解していると思っていたが?」
「そ、そうだね……ごめん」
「だが」と言葉を続けてカイムは振り返る。キョトンとした顔のままのナイトへふ、と柔らかな表情を見せれば彼の眉はいつものように弧を描いた。
「アナタも素敵だ。よく似合っている」
「っ!わはは……ありがとう、嬉しいな」
頬を朱に染める彼へ1つ息を吐いて返せば、「カイムさん、耳飾り外れそうだよ」と教えられる。
「慣れてないからな……上手い留め方が……」
「ああ、動かないで。僕が直すよ」
そう言って距離を詰める彼の指先の熱が耳たぶに触れる。抱きしめている訳では無いのに熱が伝わるような気がして、カイムはその場から動けなくなってしまった。
「─────おい!!見たか今の!!キスしてないか!?」
「うぇっ!?!??み、見間違いじゃないの!?」
その距離の詰め方は未だに視線を向けたままのラビとロドニーから誤解されており、ラビは興奮気味に「ヒュウ、やるなぁ!」とロドニーの肩を強く叩いていた。ロドニーとしても酔っ払いの言葉を真に受けるつもりは無かったが、確かに一瞬見えた角度は“そう”見えてしまいいけないものを見てしまったような気持ちになる。
(そんなことない!!ナイトはここでそういうことをする人じゃない!!)
ブンブンと首を横に振るロドニーへ「そういえばきみ、誰を探してたんだ?」と改めてラビからの質問が投げかけられる。
「え゛、……そ、そのぉ…………別に探してたって訳じゃないけど…………ただちょっと、会えたらなって……思って……」
「…………ふーん?」
もじもじと人差し指同士を合わせるロドニーの反応からラビの中に1つの可能性が浮かぶ。そしてそれは若干酔いが回り始めた自分にとっては1番からかいどこのあるものであった。
「そうかそうかぁ!」とうんうんとわざとらしく頷けば「な、何……」と警戒するようにロドニーは1歩後退る。
「いやぁまさか?ロドニーくんが気になって気になってしょうがない先生を探しているなんてなぁ!」
「わ゛〜っ!!!!ちょっ、しーっ!!ラビくん!!」
わざとらしく声を大きくして告げるラビへ慌ててロドニーは人差し指を自身の口元へ寄せる。この言葉をアマンダに聞かれていないことだけを願うが、どうやら周りの人は皆自分たちに興味は示していないらしく、それにホッと胸を撫で下ろす。
「ははっ。別に俺は『先生』としか言ってないぜ?何をそんなに焦っているんだ?ロドニー」
「ラビくんが先生って言うのは1人じゃんか……!!もう……どうしてそんなにからかうのさ……」
「悪い悪い。別に揶揄うつもりは無いぜ?むしろきみの恋路も応援しているんだ」
むぅ…とその反応に頬を膨らましていればふとよぎる疑問があり、「そういえば」と言葉を続ける。
「ラビくんって好きな人とか気になってる人って居ないの?いつもこう……からかってるって言うとあれだけどさ。そういう話を聞いたことが無かったから……」
その言葉を聞き、パチとラビは1度瞬きを返す。そしてニヤリと口角を上げて自慢げに胸を張ってみせた。
「俺はなぁ!ふふん!聞いて驚けよ?」
「女の子に好かれすぎてそれはもう引っ張り凧なんだぜ!」
ぽかん…と口を開けたままのロドニーへペラペラと口は饒舌に回っていく。
「そりゃあこんなヒーローみたいな仕事してるし、外見にも気を遣ってるし?モテないわけないよなぁ!」
「だから誰か1人のものになったらそりゃあ女の子達による俺の争奪戦が始まるってワケだ。そうならない為にも俺は1人のものになるつもりは無いぜ」
「………………浮気ってこと?」
「きみは頭が良いのに変に素直なとこだけ受け取るなぁ……違うに決まってるだろ」
はぁ…と呆れたように息を吐いて返すが、ロドニーはどこかソワソワと落ち着かない様子であった。
(確かにラビくんは女の子からすごいモテる……というよりずっとナンパしているような気もするけど……カッコイイのは事実だ)
きっと彼の言う女の子に好かれて引っ張り凧になるという部分にも何らかの話術や高等なテクニックがあって、それが彼女達の気持ちを刺激しているのだろう。他の知識に長けていても恋愛に関しては疎い部分もあるロドニーの好奇心を突っつくにはあまりにも心惹かれる言葉であった。
急いでキョロキョロと周囲を見渡し、「ラビくんラビくん」と耳元で内緒話をするように屈む。
「も、もしだよ?僕じゃなくてこれは……そ、そう!あくまで知識として!……お、女の子の口説き方って………わ、分かる……?」
「……なぁーんだ、やっぱり知りたいんじゃないかロドニー!このムッツリくんめ」
「違うってば!!もう……酔ってるのからさめてよ……」
はぁ…と肩を落とせば「いいか?」とラビは言葉を続ける。近くのテーブルへ自身のシャンパンを1度置き、スルりとロドニーの手を取る。
「まずこういう場面ならとにかく褒めるんだ。普段とは違う相手の姿にこっちがドギマギしてたら何も出来ない。だが相手にとってはきみも普段とは違う姿だ。ここを利用する。」
「こうして手を取って『やぁ!今日はいい天気だったね。素敵な任命式日和だった!』でも何でもいい。ファーストアプローチを仕掛けて好感触だったら『でも何よりもきみが今日1番素敵だ』から猛烈に褒めるんだ。こうして手を取ってもいい、行けるだろ?中央区坊ちゃん?」
「てッ、手を……!?!!?ぼ、僕したことないよ!?」
「したことないじゃない、するんだ。いいか?こうして手を取ったら耳元でこう囁くんだ。」
「『とても綺麗だぜ?アマンダ』……ってな」
「!!?!!?!?そ、そそそそそそそんなことッ!!!!というか何でアマンダさんなのさっ!!」
「ははっ!!悪い悪い、何でだろうなぁ?だがこれを『めろキュン大作戦』と名付けよう。この通りにやればどんな子だってきみにメロメロキュンキュンの骨抜きだぜ」
「…………ほ、ほんとに……?」
「ああ!本当だとも!」
ふふんと笑いながら再度ラビは自身のシャンパングラスを手に取り、呷るように口内へ一気に流し込んだ瞬間だった。
「酔いが回りすぎた。はしゃぎすぎだぞ」
「ッゴフッ゛!!?」
「あ!ウィ……リーダー!」
ラビの真後ろから掛けられた声に思わずシャンパンで噎せる。それは気管支の本来通るはずじゃない所にも入ったらしく、胸元を強く叩いてはみるがそこはシャンパンでびしょびしょに濡れてしまった。パッ!と分かりやすくロドニーは顔に笑顔を浮かべ、ウィルペアトの方へ顔を向ける。普段はその目元の眼帯も晒しているものの、今日はそれごと前髪で隠してしまったらしい。
そんなロドニーへニコ、と優しく笑みを返した後に「ほら」と自身の胸元からハンカチを取り出してラビへと差し出す。お前のせいだろ、と言わんばかりの睨みを無視してじっと見つめ返せば勢い良く白いハンカチは奪われてしまった。
「まだ続くから控えめにした方がいい。君がお偉いさんの前で泥酔した姿を晒したいのなら俺は止めないよ」
「お気遣いどうも?さすが頼れるリーダー様だ」
「はは、どうも。まさかここで君からそう評価を受けるなんてな」
ギッ!と睨み付けるがそれすら届かない。1度シャンパンを置いて胸元を拭いていれば、「アラ?」とい声が増えた。
「賑やかって思ったらここに居たのネ」
「ああ、アマンダ」
「アッ、アマンダさん……!!」
ヒラヒラと手を振りながら現れたアマンダへロドニーの心拍数は早くなる。先程のラビからのアドバイスを受けたロドニーにとってこのタイミングでアマンダと会うことは先程の作戦を活かせと言われているような気もしてぐるぐると頭の中の天使と悪魔が囁き続けているのだ。
「ハァイ。……アラ?隊長さん、ピアス開けてたの?」
「これか?いや、今日だけだよ。俺の場合開けても直ぐに塞がるからな……半日前後は開いたままだろうが」
「そうなのネ。ふふ、でもよく似合っているワ」
「君の方こそ綺麗だ。とてもよく似合っているよ」
「フフ!お世辞なんて良いのに」
「世辞なんか言うものか。普段と違う装いだからこそ見える魅力もある、どちらも素敵なことに変わりは無いが」
流れるように起こった目の前の出来事にラビは勢い良くロドニーの方を振り返る。それにビクリと肩を揺らせばその肩をラビは強く掴んだ。
「おいロドニー、いいのか!!このままだときみの『ドキッ!☆ロディに骨抜きめろキュン♡行け押せゴーゴー!!大作戦』が失敗に終わるぞ!!」
「なんかさっきより名前長くなってない?!あと僕がそれ考えたワケじゃっ……!!」
「きみの幼馴染に先生を目の前で寝盗られて悔しくないのか!?ハッ……まさかそんな趣味があったとはな、ロドニー……きみ、意外ととんでもない性癖をしているんだなぁ」
「ねっ……!??!な、何!?というかウィルはそんなことしなッ!!」
「良いから漢を魅せるんだロドニー!」
強く押されてアマンダの前へと飛び出す。そんなロドニーをキョトン…とした様子でアマンダとウィルペアトが見つめていたが、「きみはとりあえず邪魔するな」とラビに掴まれて行きアマンダと2人残されてしまった。
(ど、どどどうしたらいいのさっ!!手を取って耳元ッ……アマンダさんヒールじゃないか!!)
その時点で作戦が成り立たないことは確定した。ヒールがあることにより190センチを超えた彼女に対してどう足掻いても屈んで貰わない限り耳元で囁くことは出来ず、それをお願いすることだって恥ずかしい。
あうあうと口を動かしていれば「お団子にしたの?」とアマンダから声が掛けられる。
「へぁっ、あっ、か、髪ですか!?……へ、へへ……このくらいならアレンジ出来るんじゃないかって……なんだか強い男……女?の人に提案してもらって」
「そうなのネ。でもそっちの髪型もよく似合ってるワ、素敵ヨ」
「ひょ……」
口から出たのは到底カッコよくも何ともない恥の呻き声だ。顔の熱はきっといつもより3度くらい上がっているに違いない、それくらい顔は熱く涙すら出てきそうだった。
(ええと、えっと、えっと、ここで言うべき、なのは……!!)
ガバッと顔を上げればサングラス越しのアマンダと目が合ったような気がしてしまい、飛び出そうとした言葉が一瞬引っ込む。
「あッ、マンダ、さんもっ!!とってもセクシーです!!」
勢いのままに叫んだ言葉にアマンダも思わずパチり、と瞬きを返す。ロドニーも即座に言った言葉の意味合いに気づき、赤い顔は直ぐに真っ青に変わっていく。
「ご、ごめんなさい!!あのっ、そんな、こう、他意は無くって!!すごい、あの……その……い、色っぽい?大人っぽい?……ええと……」
「フッ、アハハッ!!大丈夫ヨ、ちゃぁんと伝わってるワ。褒めてくれてありがと」
そう言って頭を撫でられれば、骨抜きになるのはこちら側だ。優しく頭を撫でる動作に身を委ねつつ、口からは「ひゃい……」という情けない言葉しか出てこなかった。
「……ありゃダメだな。下心がスケスケだ」
「……本当に何を教えたんだ、ラビ……」
「別に。それより感謝して欲しいくらいだな、速達でピアッサーを用意した俺に。貴重なこと分かってるだろ」
「それに関しては感謝しているよ。ありがとう」
じっとロドニーの奮闘を見守っては居たものの、はぁ…と息を吐いてラビは新たに受け取ったシャンパンを一口含む。ふんっと顔を逸らせば隣に居る男は呆れたように眉を下げた。人前では作った顔しか見せない彼だが、この1年で随分色んな顔を見せるようになったと思う。それはきっと周りにとって好ましいことではあるが、妬ましさだけが思考の邪魔をする。
(……結局。俺は今年も討伐調査班になれなかったしな)
2枠もあったに関わらず、ラビが今年も班移動出来ることは無かった。継続の書類が届いた時、淡い希望を抱いて封を開けたがそれはパチンと弾けてしまった。
期待するだけ無駄なのだ。今年で全てを終わらせると言った彼に残されたチャンスはあと1回。失敗に終わった時……自分はまだ、この組織で息をしているのだろうか。彼が死んだ後に空いたその討伐調査班の枠に収まるのは……自分なのだろうか。
シャンパングラスに唇を付け、縁へギリ…と歯を立てる。ああ嫌になる。あれほど憧れていた枠へ人殺しになってから収まれと?そんなのヒーローでもなんでもない。この手を血に汚してから得る栄光はあの日自分が憧れたものなのか。……もう分からなくなるほどに悩み、考えることを放棄した。そうしてヤケになるほどに酒を呷って今に至るのだ。
「別に君を強く責めるつもりは無いよ。だがそもそもそんなに酒、強くないだろう……?笑い上戸なのは知っていたが……ここで目立つほど飲むとは思わなかったー」
「ハハ!悪目立ちしたら俺はようやくクビか?……いや、ならないだろうなぁ、ここは俺みたいなのでも雇わないといけないくらい人手不足の様だし?」
ハンッと鼻で笑って返せば彼の冷ややかな視線が向けられる。その視線とどうしても目を合わせたくなくてそのままシャンパンを呷るように飲もうとすればヒョイと手の内から取り上げられる。
「は?」と素っ頓狂な声を上げて隣を見れば、先程まで手にしていたシャンパンは彼の喉へと流し込まれていた。
「あ!!おい、きみ!!俺のなんだが!?」
「ああ、知ってる。悪いな」
「悪いなって……というか一気飲みなんてらしくなっ」
「代わりにはならないが、これを」
そう言って代わりに掴まされたのはノンアルコールのカクテルだった。先程彼が受け取っているのを確認はしていたが、どうやらこのためだったらしい。近くのスタッフに空になったグラスを渡せば「俺もそろそろ行くよ」と告げられる。
「おい待て!!何の理由にもなってないが!?」
「酔いをさましてくれ、かな。理由なんてそのくらいだよ」
「はぁ……?きみ、俺より酒に弱いクセに何言って」
「じゃあまた後で」
「きみは少しくらい人の話を聞くこと覚えてくれ!!」
後ろ姿にそう叫んでもそれ以上何も返ってくることはなく、人波に消えていく。苛立ちを隠すようにノンアルコールのカクテルを呷れば、シロップの味が甘ったるすぎてべッと舌を出してしまった。
「あら、ディートリヒ様?」
「ラングカルトフェル様……」
「カルトフェルで良いわよ。そう大差は無いけどね」
ふふ、と笑う黒い髪の彼女へ声を掛けられ、ウィルペアトも足を止める。スっと差し出された片手の意味を理解してそれに口付ければ満足そうに笑う彼女の声が響く。
「ではお言葉に甘えて。まさかこの場所でお会い出来るとは思っていませんでした。お父様は?」
「パパ?あぁ、あっちよ。私はディートリヒ様とお話したくて来たの。悪かったかしら?」
「いえ、何も。嬉しい限りです」
「ね、ディートリヒ家のご長子なのでしょう?グローセのリーダーも兼任されてるだなんて、まさに完璧じゃない」
その一言で全てを察する。ディートリヒ家は中央区の中でも特に歴史ある一族であり、その影響力は国内であればかなり強い。その恩恵を受けようとする人間を幼少期から見続け、躱し方を身につけるにはさほど時間は必要なかった。
「はは、お褒めいただきありがとうございます。ですが私もまだ精進が必要な身ですよ」
「まぁ謙遜なさらないで。アナタの頑張りはきっと想像し難い程に大変なものでしょうが……それを1人で抱えてらっしゃるのでしょう?」
「いいえ。組織の者全員に助けられて私は今もこの場に居れるのです。彼らには感謝してもしきれませんよ」
その言葉にふーんと退屈そうに声を零しつつ、「ね」と彼女は距離を詰める。
「今晩のご予定は?私、実はグローセの組織体制に興味がありましたの。もしよろしければ個人的に教えて下さらない?」
スルり…とウィルペアトの手の甲へ自身の手を滑らせる。胸元の大きく開いたドレスを身にまとった身体を彼の腕へ押し付ければ、変わらずニコりと笑みだけが返される。それが了承なのだと気づきパッと笑みを浮かべれば、カルトフェルの手元にはシャンパンのグラスが握らされていた。それはウィルペアトから渡されたものらしく、スルりと手を躱して彼も違うグラスを手にしていたり
「酔いが回っているようですね。こういった場面での軽率な行動は慎むべきかと」
「なっ……!」
「貴女の立場もあるでしょう。……どうか、今はこの1杯だけで許して頂けませんか?貴女からの素敵な誘いは身に余る光栄ですが返し方も知らない自分のような男には、勿体ない」
「〜っ、ふんッ。口が回る男は好きよ。でも私の誘いを断るつまらない男は嫌いだから、貴方とは1杯がちょうどいいかもね」
「でしょう?……なんて、私が言う立場ではありませんね。失礼致しました」
カツン、とグラス同士を合わせれば高い音が響く。じっ…とウィルペアトの片目を見つめていたカルトフェルであったが、最後の嫌味だと言わんばかりに挑発的に口角を上げる。
「……貴方達のこれからの活躍に期待しているわ」
それがどれだけの嫌味であるか、流石に理解している。成果を上げないお飾りの組織だと幾度も言われ、国民から無駄に金を搾取している団体だと水を掛けられたこともある。どうしようも無い呪いと願いの果てに起きている今が絶望だというなら、きっと夜が明けた際に待ち受けるのは希望であるはずだ。そうでなければ彼らの受けた絶望や挫折は、……自分の受けた苦しみに意味が無くなってしまう。
「ええ、必ず応えますよ」
そう告げて作ったように上辺だけの笑みを見せる。彼らの為に命を捧げる気持ちは嘘じゃない。彼らを大切に思う感情も、守りたいと思った人たちへの想いも嘘では無い。
なのに……ああ、どうしたものか。あの日掛けられた言葉だけが自分が生に焦がれていることを自覚させるのだ。
それを流し込み、酒でぼかすように思考を逸らす。どうか巡る未来の先、彼らの希望が1つでも多く残りますように。
そうして文字盤をなぞるように歴史を刻む。廻る時の先にある未来が希望でありますように。何も出来なかったのなら、その時は。……その時、は。
せめて、後悔の残らない人生となりますように。
𝐂𝐥𝐨𝐜𝐤𝐰𝐢𝐬𝐞・𝐱𝐱𝐱 宵花 @yoihana
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