ハロウィンゾンビの落とし物

十四たえこ

シンデレラハロウィン

 カラコンは黄色。目元は落ち窪んだように濃いブラウンで囲い、リップは殴られたようにじんわりにじませる。血色は悪く、シェーディングで頬をこけさせる。タトゥーシールで縫い合わされたような傷跡をいれて、そこにもさらに血を滲ませる。

 服は安物ながらもゴスロリ風に血しぶきをとばし、髪は高い位置でツインロールに。靴はちょうどいいのが見つからず、妹から黒のローファーを勝手に借りた。


 鏡で見る私は、とても可愛い。普段のナチュラルメイクの五倍は可愛かった。


 今晩は、職場の有志のハロウィンパーティーに参加する。こんなに可愛かったら、心トキメくイベントのひとつも起こるだろう。


 期待を胸に会場のバーに入れば、既に飲み始めている。少し遅れたのは靴選びに難航したからだ。ゴスロリゾンビを絶賛する声に混じって聞こえてくるのはお局さんの声。


 「ホナミさんはゾンビかぁ。シンデレラかと思ってたよー」


 これはちょっとした嫌味である。

 齢二十五にして未だ実家暮らしの私には門限がある。この門限という響きがお嬢さん感を出すらしく、どんな忙しい日も、皆が泊まり込みの日も、きちんと帰らせてもらっている。そこそこ恨みを買いながら。


 「靴でも片方置いていきましょうか?」

 「私は要らないわよ」

 「王子様には見えないですもんね」


 そこに入ってきたのは狼男のタナカさん。


 「王子様は誰がいい? やっぱり同期のヤマザキくん?」


 ヤマザキくんは名前を呼ばれてこちらを見る。優男がちゃちな吸血鬼の格好をしていて、可愛いゾンビの私とは全然釣り合わない。


 「えぇ? 彼女さんいるじゃないですかぁ」

 「フラれたらしいよ」

 「フったんです!」

 ヤマザキくんはまたその話題かと言う顔で酒を煽った。


 「傷心の王子様なんて嫌ですよぉ。気高い感じの人がいいです」

 「じゃあ、ハシモトくんかなぁ。彼、気高いでしょう?」

 「ハシモトくんですか? 気高いなぁって思ったことはないですねぇ」

 「彼はねぇ……」


 ハシモトくんを見れば、気合いの入ったミイラ男だ。あの姿なら私と並んでもイケるだろう。視線があって、ひらひらと手を振られ、チャラそうだなといういつもの印象から塗り替えられることはなかった。

 気高いっていうのはもっとこう、冷やかな感じがするものだ。



……………


 靴が、脱げる。

 階段を転げ落ちる靴、発車ベルのなる電車。

 

 ええい、


 私は裸足で電車に飛び乗った。


 電車は比較的空いていた。立っている人も多いが、座席はところどころ空いている。


 足を踏まれないよう気をつけながら、一番近くの空いている席へと移動した。お酒が入っているのもあって、痛いとか冷たいとか、痛覚への恐怖はそう大きくない。


 「あの」


 電車で人に話しかけられることなどないから跳ね上がるが、隣に座るミイラのお兄さんは、よく見るとハシモトくんだった。


 「靴、どうしたんです?」

 「ちょっと、脱げちゃって」

 「ほんとのシンデレラじゃないですか」


 ハシモトくんは言ってから、失敗したという顔をした。裏でシンデレラと呼ばれてることくらい知っているから、そんな顔しないでほしい。


 彼は少し真面目な顔をした後、頭に巻いていたピンを外すと、ターバンのような包帯を脱いだ。顔は墨のようなもので黒く塗りつぶされている。大きな瞳だけ生気があった。髪の毛がぺちゃんこになって、別人のように見える。

 

 「これ、ちょっとインクで汚しただけの、ただの包帯ですから。ホナミさんの仮装みたいに気合いの入ったもんじゃないです」


 謎の言い訳をしながら、それをしゅるしゅるとゆるく自身の手に巻いていく。薄汚れた包帯の玉ができる。なんだろう?


 「失礼します」

 言うや否や、ハシモトくんはさっと私の足元に跪き、汚れている白いタイツの上に包帯をくるくると巻き始めた。


 はぁ!?


 「え、恥ずかしいんだけど。てか、え?」

 「裸足で帰るのは危ないでしょう?包帯ってがっつり巻けば結構丈夫だから」

 「じゃ、自分でやる。やるから、いいですって」


 周囲を気にして小声で、しかし必死に追い払おうとする私を彼は上目遣いでチラリと見た後、「いいからいいから」と、巻き続けた。

 何も良くない。車内全員気にしている。


 左足にふんわりこんもりと巻かれた包帯を最後にピンでとめる。

 

 「ガラスの靴ならぬ包帯の靴。どうかな」

 「ええと、ありがとう」


 一応お礼を言っておく。こんな辱め、受けたことないけど。

 彼は嬉しそうに笑った。


 「どう?俺、気高いでしょ」

 「やだ、さっきの話、聞いてたんですか?……てか、あれ、今、気高い要素ありました?」


 彼は自分の頭を指してから、私の左足を指し、決め台詞のように言う。


 「自己犠牲の精神!」


 なんだかおかしくて笑いが込み上げてくる。

 ハシモトくんはしてやったりと言う顔になり、口角を上げて降りていった。


 気高きミイラ男の頭から作られた包帯の靴はなかなか快適で、温もりを感じた。

 気高いって、案外温かいものなのかもしれない。

 

 冷ややかな10月末日の夜のこと。

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ハロウィンゾンビの落とし物 十四たえこ @taeko14

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