ディーヴェルシータス
白宇 利士
黄昏れ
本来は明確な境があるはずなのに、何故こうも総てを曖昧にしたがる人が多いのか。そして彼らは総てを朧気にぼやけさせた途端、一気に黒に塗り潰す。
科学が人の想像を現実とし、人は自然を拒否し始めたのはいつからか。見えないものに心を奪われ、見えるものを否定し、自分と他人の境を曖昧にしていくその様は、幾人かの心をぞっとさせた。しかし、ものを知らないということを理解しない大勢の人達は、自分が無知であるということを知っている僅かな人々にとって脅威でしかなく、背筋を凍らせた者達は恐怖を感じながらも現実に口を閉ざすしかなかった。
国には移民が溢れ、格差は広がっていった。国策のその裏側で、多くの人々が自分達のより住みやすい環境を作ろうと画策し、暗躍し始めることにより、その意図に気付かない者達が飲み込まれて行き、治安が瓦解していく。治安の悪化とともに世間や社会という繋がりが霧散し、国民性という言葉はもはや意味を成さず、おおよそ国という概念のみが残る。世界中、どこも多様性を具現化したごった煮状態となった。
ヴァーチャルリアリティ、いわゆるVRが身近になり、わざわざ足を運ばなくても古美術品や様々な音楽、遠い異国の景色が楽しめるようになり、欲しいものもわざわざ見に行く、買いに行くということをしなくても現物がすぐに手に入るようになった昨今。
「そうはいってもさ、この肉体は維持する必要があるわけじゃない。どこまで行っても結局、末端はアナログよね、人間だもの」
セヴラがそう言って溜息を吐いた。
「まあ、VR上でどこまで求めるかにも依るんじゃない? 例えばさ、最新式の全身型デバイスを買えば全身の感覚がVR上で味わえる。味や匂いまで求めるのであれば、脳埋め込み型のデバイスでそれが実現できるわけじゃない」
イオリはそう言って暖かいチャイラテを飲む。
「埋め込み型は手術が必要じゃない、そこそこリスクあるよ。でも、そこまですれば感情や感覚、考えも共有できるようになるかもしれないんでしょう?」
「どんどん科学が発展していけば、ね」
「でもVRに繋がってるのは結局、現実的なアナログな肉体だということは変わらない、と」
「ま、今までも肉体を蔑ろにして餓死する、みたいな話は一定数あるよね」
「私には無理だなぁ。面白いものはこの目で見たいし、何よりこの紙と印刷された活字の感触、これは捨てられない」
そう言ってセヴラはテーブルの上にある単行本を撫でた。
「今となっては高い娯楽だよ、それ」
「分かっているけれど、お気に入りだけは今でも紙媒体で欲しいんだよね。読むだけなら電子書籍でも我慢するけどさ」
「分からなくもないけどね。僕も香辛料やハーブの香りと味はリアルじゃないと許せないから。合成でも仕方ないって我慢はするけど、やっぱり本物は違うと思うんだよね」
イオリはそう言って笑う。
「そういえばさ、イオリが着ているその革のジャケット、かっこいいね。似合ってる」
「分かってるねぇ。いいでしょ、これ、祖父のなんだ」
「え、よっぽど大事にしていたんじゃない? 凄く綺麗」
「うん、育てたって言ってた」
着るものを育てる、とてもアナログな考えだなとセヴラは思った。しかし科学が進歩し、データや情報と相互互換できるものが増えていく中、取り換えのきかないアナログさは、セヴラの心を温かくした。
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