二 境
カラッと晴れたが風が強く、なんだかとっても肌寒い日だった。
「久しぶりだね!」
「ホントだよ、もっと早く声かけてよ」
シータはにっこりと笑いながら屈託なく言う。今日も通常運転だなとセブラの頬は緩んだ。
「まずどっちに行く?」
「近い方から行かない?」
「私もそう思ってた!」
そう言ってシータはすぐに歩き始めた。慌ててセヴラはシータの後を追う。
「ねぇ、それでね。聞いてよ」
「ん?」
歩きながらシータとセヴラは、お互いに近況を話し始めた。
「私、新しくエルデールホールの年会員になったんだけどさ。この間かなり良い席が取れたのよ。真ん中の前から5列目、すっごく良い席でしょ!」
「わざわざ年会員になったの? 結構かかるでしょ、それって」
「そうだけど、確実にチケットが取れるって重要じゃない」
「シータって、VRとかより実際に見る、聴く方が好きだよね」
「セヴラだってそうでしょ」
「確かに」
そう言って、二人で顔を見合わせて笑う。
「でね。この間、行ってきたのよ。そうしたら、前に座った2人組の所に、後ろの方の席の人がわざわざ来て話し込んでるの。しかも、二人組の隣の席が空いてるからって、勝手に座って! 信じられる?」
「あー、その席の人は困っただろうね」
「そうなの、でね。その席の人がずっと自分の席のそばに立って待ってたみたいなんだけど、いつまでも気づいてもらえないから『そこ、私の席だと思うのですが』って声を掛けて、やっと席を立ったのよ。しかもその後もその席の前に居座って話を続けてたの」
「廊下とかに雑談スペースがあるだろうにね」
「そうでしょ、それがマナーだよね。本当に理解できなかったわ。しかもその後、席を代わってくれないかって交渉まで始めてさ。いやいや、自分どれだけ後ろの席なんだよって話だよ」
「言われた方は、いい迷惑だったろうね」
「信じられないよね!」
シータは語気強く話す。しかしその語り口は小気味良く、少々荒々しいが臨場感があり、セヴラにとって不快ではなかった。
「あ、ここだ。入りましょ!」
いつの間にか一件目の展示会会場に到着しており、2人はチケットを買って中に入った。
「これ、綺麗じゃない?」
「うん、素敵だね。この刺繍のモリっとしている所、どうやって厚さを出しているんだろう」
「このビーズ、鏡だって。あ、こっちのは金属なんだって。」
「縁取りして縫い付けてるんだ。この技法、どうやっているんだろう」
2人はコソコソと話をしながら作品を鑑賞していく。
「VRも良いけど、実際に見るとまた違うよね」
「そうだよね。実際に見る良さってあるよね」
「分かるわ~」
二人で大きく頷き合った。
展示作品を一通り見て回り会場を出ると、お昼を過ぎていた。
「次の行く前に、ご飯にしない? お腹空いちゃった」
「私も何か飲みたいかな、どこか入ろうか」
当てもなく歩き始めたが、道の両側に喫茶店が点在している。
「あ、ここのカツサンド、量が多くておいしいのよ。ここにしない?」
シータがそう言ってすぐ目の前の喫茶店を指さした。
「じゃあ、そうしようか」
そのままドアを開け中に入ると、店の中は混み合っており、10数人ほど待っている人がいた。
「待つけど、大丈夫?」
セヴラがシータに聞いた。
「次の展示会の終了時間までまだあるし……セヴラは夕方に用事があったりする?」
「ないから大丈夫」
「じゃあ、待ちましょうよ」
セヴラは入り口近くにあるスクリーンに名前を記入し、シータの所に戻ってくると二人で待機者用のソファに座った。
「5番目だった」
「じゃあ、少しかかるかもね」
「ま、お昼時だからね」
「そういえばさ、シータの着ているワンピース、大柄でビビットな色味だけど似合ってるね」
「そうでしょ? 私はこういうのが似合うんだよね、可愛い系が似合わないのはちょっと悲しいけど」
「可愛い系が着たいなら、今は【バー】があるじゃん」
セヴラがそう言うとシータはきょとんとした表情をした。
「それ、何が良いの?」
「何が良いのって……可愛い洋服が似合う自分になれる?」
「それ、そもそも自分じゃないじゃん」
「ま、そう言われると私もそう思っているんだけどさ」
「私はあんまり理解できないかな。自分の全部がすっごく好きってわけじゃないけど、好きなところを大事に伸ばしていくのがイイと思うんだよね」
「シータ、良いこと言うね」
「そうそう、それでさっきの続きなんだけど」
シータはそう言って、会場に入る前の話の続きを話し始めた。
「エルデールホールで演奏してるペクーニャっていうカルテットがいるんだけど、私それにはまっちゃって今、追っかけしてるのよ」
「追っかけ?」
「来月はオチデンタリスで演奏するから行ってくるんだけど。もうチケットは取ってあるのよ」
「日帰り?」
「うん」
「日帰りするには遠くない?」
「仕事もあるし、仕方ないわよ」
「精力的だなぁ」
セヴラはシータの行動力にいつも驚かされていた。熱狂的ともいえる旺盛な気力を持ち、この国の端から端まで縦横無尽に行き来する。そしてその資金力にもいつも驚かされている。
「好きだからね」
私だって好きなものはあるが、もっとミニマムなものだとセヴラは思う。そしてそんなシータを羨ましく思うとともに、自分とは違う人間なんだなぁと感じていた。
「そういえばさ。最近、怖いニュースを見たんだよ」
「ん?」
「【バー】の姿を現実世界でそのまま受容しようって動きがあってね、一部の会社がそれを認めたんだよね。近いうちに条例として取り入れることを検討している地域もあるって」
「ふうん」
シータは興味無さそうに言った。
「でもこれって怖くない? 見ているものと実際が全然違うの。しかもそれを指摘すると差別って言われるんだって。社会全体がそれを受け入れたら、どうなっちゃうんだろう」
「別に良いんじゃない?」
シータがきょとんとした顔で言った。
「良いわけなくない? だってこうやって話している私が、性別も人種も何もかも違うのにそれが判らないんだよ。しかもそのことを確認できないってことだよ? 怖いじゃん」
「私、あんまり他人のこと否定したくないから」
ん?とセヴラは思った。いや、さっきマナーのことで散々他人を否定していたよね?と内心で突っ込みを入れる。
「今はさ、多様性の時代なんだから、そういうのも認めるっていう広い心を持った方が良いよ」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
「それよりさ、今度エーデルホールで新しいイベントがあるんだけど」
「うん……」
セヴラはなんだか腑に落ちない気持ちを抱えながら、シータの声に耳を傾けていた。
【バー】の犯罪利用件数が激減し、低い一定数で落ち着き始めた頃。プライベートや遊びの場だけではなく、職場や公的機関でも【バー】を纏ったままの人達が現れ始め、公的な場に本人だと判断がつかない外見で参加するのはいかがなものかと
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