第12話

お昼ご飯を食べて、再びダンジョン探索をスタートさせた。

ダンジョンの途中でいちいち家に帰るのも面倒くさいから、母さんにはお昼ご飯がいらないことは言ってきてある。ダンジョンのおかげで自分のごはん代くらいはすぐに稼げるようになったし、連日外食でいいものを食べられてモチベもバッチリだ。


さっそく第9階層へ向かう。移動は例のごとく、ダンジョンのワープポイントと入替での高速移動だ。


第9階層に足を踏み入れた瞬間、肌で感じる空気の重さがこれまでの階層とは全く違っていた。魔力が濃密で、全身にまとわりつくような圧迫感がある。通路を抜けた先に広がっていたのは、広大な空間だった。


「なんだ、これ」


体育館ほどの広さがあるだろうか。広いフロアには、柱や障害物はほとんどなく、見通しがいい。第10階層へ続く階段もすぐに見えそうな距離にあるが、それは難しそうだ。


眼前には、ざっと数えて30ほどだろうか、大量のモンスターが跋扈していた。

そう、第9階層は新しいモンスターやギミックの攻略ではなく、今まで出てきたモンスターとの乱戦だった。


先頭にいたのは、全身が粘液でできたスライム。

その背後には、棍棒や錆びた短剣を構えたゴブリンの集団。さらにその後ろには、四つん這いで獲物を狙うウルフや、空中を不規則に飛び回るストーカーワーム。そして、最後に控えるは、剣と盾を構えたコボルトたちだ。


それぞれのモンスターの能力を考えれば、単体なら問題ない。だが、これだけの数が一斉に襲い掛かってくるとなれば話は別だ。


やるしかない。


俺は強化短剣を構え、まずは数を減らすべく、密集したスライムの群れに向けて強化魔弾を生成する。

掌の上で凝縮された青白い光が、十字カーソルの示す先へと放たれる。


ズドドンッ!


一発の魔弾は、密集したスライム数体を巻き込み、青白い光と共に消滅させた。

だが、その程度の攻撃では、群れの勢いは止まらない。残ったスライムが、地面をずるずると這いながら、粘液を撒き散らしてこちらに向かってくる。


「チッ、厄介だな」


スライムの粘液に足を取られないよう、後ずさりながら短剣を構える。


その時、スライムの群れを掻き分けて、一匹のゴブリンが棍棒を振りかざして突っ込んできた。


俺は短剣でその一撃を受け流し、ゴブリンの喉元に短剣を突き立てる。ゴブリンは短い悲鳴を上げて、光の粒子となって消えた。


しかし、その一瞬の隙を、後ろから別のゴブリンが見逃さなかった。

横から棍棒が振り下ろされる。


こんな序盤で被弾していたら後に持たない。

入替スキルでゴブリンの横に回り込み、その背中を斬りつける。


だが、ゴブリンが倒れるより早く、さらに後方から飛んできた麻痺矢が、俺のいた場所を掠めた。

麻痺矢を放ったのは、群れの奥にいる弓コボルトだ。


「くそっ、厄介な連携だ……!」


スライム、ゴブリン、コボルト。

それぞれの動きは単純でも、数が多すぎる。


短剣での近接戦闘を主体にすると、どこからか麻痺矢が飛んできて、それに気を取られれば別のモンスターが襲ってくる。

かといって強化魔弾を連発すれば、すぐに魔力が尽きてしまう。


全く、戦いは数。とはよく言ったものだ。今その言葉を実感してるよ。


俺は再び入替で距離を取り、状況を冷静に分析する。

こういう乱戦になると魔眼のあの広い視野でも情報量がさばききれない。頭がパンクするのを防ぐために効果をある程度落とさないとな。


しかし、それでもある程度の分析はできる。


まず狙うべきは、やはり弓コボルトだ。だが、ゴブリンやスライムの群れが邪魔で、なかなか狙いが定まらない。


その時、後方からウルフが咆哮を上げ、四足で地面を蹴って突進してきた。その動きは俊敏で、ゴブリンよりもはるかに速い。


ウルフは俺の横を通り過ぎるように回り込み、背後から喉元を狙って飛びかかってくる。


「速いな!」


魔眼でウルフの軌道を捉え、紙一重でその攻撃をかわす。

その間に、ゴブリンの群れが波のように押し寄せてきた。

正面からはゴブリン、後ろからはウルフ。そして、上空には不規則に飛び回るストーカーワーム。


「……はっ!」


俺は入替を使い、ウルフの背後に移動。短剣をその心臓に突き立てる。ウルフは短い悲鳴を上げて倒れた。


その隙に、今度は上空からストーカーワームが毒針を突き出して急降下してきた。

強化魔弾を生成する暇はない。俺はとっさに短剣を振り上げ、ワームの外殻を叩き割る。ワームは甲高い音を立てて落下した。


だが、ワームの死骸を避けた瞬間、足元に粘液がまとわりつく。スライムだ。

粘液に足を取られ、動きが鈍くなる。その瞬間を、ゴブリンの群れが見逃さなかった。


棍棒が、錆びた短剣が、次々と俺に襲い掛かってくる。


俺は強化短剣で全ての攻撃を受け流すが、一撃一撃が重い。このままではスタミナが持たない。


やっぱりもう少し体力をつけておくべきだったかな。移動も楽にしちゃってたし。


頭の中で、スキルを総動員して打開策を考える。

数に頼るゴブリンたち。俊敏なウルフ。不規則な動きのワーム。そして、遠距離から厄介な麻痺矢を放つコボルト。

一つ一つの相手を倒しても、キリがない。

まだモンスターは半分は残っているからな。


その時、ふと、ある考えが閃いた。

このフロアには、障害物がほとんどない。

そして、モンスターたちは、それぞれの特性を活かして動いている。

ならば、その特性を利用する。


俺は再び入替で距離を取り、モンスターの群れから離脱する。

そして、群れの中で最も動きが鈍いスライムの群れに向かって、再び強化魔弾を放つ。

狙うは、スライムが密集している場所。

ズドドンッ!

爆発したスライムの粘液が、周囲に飛び散る。その粘液は、ゴブリンたちの足元を絡め取り、動きを鈍らせる。


「よし、この隙に……!」


俺は入替で一気にゴブリンの群れを飛び越え、後方に控えるコボルトたちの元へと向かう。

コボルトの群れは、先ほど俺に奇襲を仕掛けられた弓コボルトを失ったせいか、連携が少し乱れている。

盾コボルトと剣コボルトが、互いの動きを意識しながらも、完全にカバーしきれていない。


俺は魔眼でその連携の隙を見つける。

剣コボルトが盾コボルトの横に回り込もうとした一瞬、その間に生じた小さな隙間。

そこを狙い、強化魔弾を生成。


「そこだ!」


強化魔弾は、コボルトたちの間に生じた隙間を正確に貫き、奥にいる弓コボルトの頭部を打ち抜いた。

これで、麻痺矢の脅威はなくなった。


「ナイス、俺!」


だが、喜びもつかの間、盾コボルトが俺に気づき、素早く盾を構える。

その盾は、魔弾を弾き返すほどの硬度を持っている。

しかし、俺の目的は盾コボルトではない。


俺は短剣を構え、盾コボルトに斬りかかる。


ガキンッ!


盾で弾かれた瞬間、俺は入替で盾コボルトの背後に回り込む。

だが、剣コボルトが即座にカバーに入り、俺の背後を狙って剣を突き出してくる。

この厄介な連携は、さすがに8階層で慣れたものだ。


「遅い!」


俺は剣コボルトの攻撃をかわし、再び入替で盾コボルトの正面に戻る。

この瞬間、盾コボルトの背後が無防備になる。

その隙を逃さず、俺は強化魔弾を生成し、盾コボルトの背中めがけて放った。


ズドンッ!


コボルトは短い悲鳴を上げて、光の粒子となって消滅した。


これで、コボルトの群れは残すところ剣コボルトのみ。

剣コボルトは、相棒を失った怒りか、獣のような咆哮を上げて俺に突進してきた。

その動きは、先ほどよりも鋭い。


「しぶといな」


俺は剣コボルトの攻撃をかわし、その動きの鈍くなった瞬間を狙って、喉元に短剣を突き立てる。

コボルトは短い悲鳴を上げて倒れた。


コボルトの群れを倒したことで、周囲のモンスターたちの動きに、わずかな動揺が見えた。


スライムの群れは相変わらず粘液を撒き散らしながら迫ってくるが、ウルフは警戒して距離を取っている。ゴブリンたちは、仲間が次々と倒されたことで、士気が下がっているようだ。


「よし、チャンスだ!」


俺は再び入替でモンスターの群れの中央に飛び込む。

今度は、スライムやウルフの群れではなく、ゴブリンの群れを狙う。

魔眼で全てのゴブリンの動きを捉え、その頭部に十字カーソルを合わせる。


強化魔弾を連発。


ズドドンッ!ズドドンッ!ズドドンッ!


次々と放たれる魔弾が、ゴブリンたちの頭部を打ち抜き、光の粒子に変えていく。

周囲に散らばっていたストーカーワームも、その爆発に巻き込まれて倒れていく。


だが、魔弾を連発したことで、魔力が大きく減少した。


「ハァ……ハァ……」


息が上がり、全身から汗が噴き出す。

それでも、モンスターの数は確実に減っていた。


残るは、スライムの群れと、数体のウルフ。

もう麻痺矢の脅威はない。


俺は短剣を構え、スライムの群れに向かって突進する。

短剣の先端を、粘液でできたスライムのコアに突き立てる。


一体、また一体と、スライムを倒していく。

粘液が全身にまとわりつき、動きが鈍くなる。だが、もう止まれない。


スライムの群れを突破した先で、ウルフが牙を剥き出しにして、唸り声を上げる。


「次はお前だ!」


ウルフが飛びかかってくる。

俺は魔眼でその軌道を読み、一気に懐に飛び込む。


そして、その腹に短剣を突き立てる。

ウルフは短い悲鳴を上げて倒れた。


一匹、また一匹と、モンスターを倒していく。

ついに、フロアに残ったモンスターは、最後のウルフ一匹だけとなった。

そのウルフも、仲間を全て倒されたことに怯えているのか、俺から距離を取ろうとする。


「逃がすかよ!」


俺は入替でウルフの背後に回り込み、その喉元に短剣を突き立てた。

ウルフは短い悲鳴を上げて、光の粒子となって消滅した。


全身が汗でびっしょりだ。

スタミナも魔力も、ほぼ底をついていた。


だが、フロアには大量の魔石が転がっている。

俺はゆっくりと立ち上がり、魔石を拾い集める。


「ふぅ……」


各階層サクサク進んでたから油断してたけどこういう持久戦になると俺は不利みたいだな。魔力、体力ともに完全に低ランク冒険者のそれだ。


これからはスキルだけじゃなくてそういう部分も鍛えていかないとな。

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