第4話 匂いにつられた
社会人6年目。
明日で7年目になる。
平日の昼下がり、目の前の人の群れを掻き分けながら駅の大きな地下街を歩くと、ある匂いが私の足を引き止めた。
匂いのもとを知りたくて、辺りをキョロキョロしていると見つけた先にあったのは牛丼屋さんだった。
え、牛丼?
商談までまだ時間がある。
いつも通っている牛丼屋さんではないけれど、私は迷うことなく暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ、お好きな席どうぞ!」
若い男性店員が声をかける。
円を囲むようなU字のカウンター席で、私は1番端っこの席に座った。
街の中心部にある駅の牛丼屋さんということもあって、ほぼ満席だった。
隣の牛丼戦士も、目の前の戦士も、というかここにいる全員、さばを食べていた。
メニュー表に目をやると、
そこにはデカデカと「牛さば定食」の写真が載っていた。
そう、これが匂いのもとだ。
私はお茶を持ってきてくれた店員さんにすかさず、この牛さば定食を注文した。
牛丼と、さば、、、おかずにおかずなんて贅沢がすぎないか?
と、思ったが値段は税込で844円と、かなりリーズナブルだった。
ご飯うまく食べれるかな、、、。
前回、ソーセージエッグ定食というおかずが豊富な朝食メニューに打ちのめされてから、ここ半年は牛丼を単品で頼むようになっていた。
しかし、今回のこの匂いには敵わなかった。
とにかく今の私は魚が食べたくてしょうがない。
一人暮らしをしていると、魚焼きグリルで魚を焼くのはどうも面倒臭くて
食パンしか入れたことがない。
魚なんてほとんど食べる機会がない。
学生時代、家のドアの前で鍵を探していると、ふと、この魚の匂いがした。
家族が自分の帰りを待ってくれている。
その安心感だけで、心が安らいだものだ。
そんな幸せの匂いが充満しているこの店内で思い出に浸っていると、店員さんが夢のようなプレートを持ってきてくれた。
ついに現れた牛さば定食。
プレートの上には、ご飯、味噌汁、牛皿、3分の1にカットされたさば
という、いかにも日本な定食だった。
「いただきます」
始めに味噌汁を飲む。
あ、もうこれうまい。
めちゃくちゃ沁みる。
中には海苔と絹豆腐が入っている。
具の構成はとてもシンプルなんだけど、何よりも磯の香りが良すぎて
ほっこりする。
信頼と実績の味噌汁だ。
さて、本題。
ここから私はどう食べたらいいんだ。
この一杯の白飯に、最強おかずをどうバランスよく食べたらいいのか。
牛皿からのさば、さばからの牛皿、両方つまみスタイル、、、、、、。
悩む。すごく悩む。
いや、ここはまず、念願のさばを食べてから、牛皿を乗せて牛丼にするスタイルにしよう。
さばにお箸を入れる。
はああ。
この表現が適切なのかはわからないけど、かなり肉厚。
身がぎっしりやないか。
ご飯にワンバウンドさせてから頬張る。
めちゃくちゃふわふわだった。
え、さばってこんなに美味しかったけ。
塩で完璧な味付けをされたさばにご飯が止まらない。
多分だけど、このさば、骨がない。
やばい。箸が止まらない。
語彙力とともに、ご飯はあっという間になくなっていく。
はっと我に返って、私は手を止めた。
さばがいない。
私の目の前には絶妙な一口分のご飯しかなかった。
ひいいいいいいいいいいいいい。
完全敗北だ。
さばの戦略にまんまと乗ってしまった。
私は泣く泣く牛皿をご飯に投下した。
明らかに比率のおかしい牛丼の完成。
この贅沢すぎる牛丼を私は5秒で食べた。
ご飯を大盛りにすればよかった…。
お金を払って地下街を抜け、外に出た。
なんだか今日は満足感に満ち溢れている。
令和7年3月31日
私は、今日も働く。
サラリーマン日記 海音 @nukadukenokami
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