宇宙王国アマテラス

近衛 連

ジェリカ、星の王国を継ぐ者

「ま、まさか……まさか、このようなことが……」


荘厳な王の執務室。その中心には芸術的な彫刻がほどかされた執務机が静かに佇み、背後には王家の紋章が刻まれた巨大なタペストリーが垂れ下がっている。高い天井には精緻な装飾が施され、壁には歴代の王たちの肖像画が並ぶ。大理石の床には深紅の絨毯が敷かれ、空間全体に重厚な威厳と静謐な緊張感が漂っていた。


「……このヒコザ、お仕えして六十年。まさか、このようなことが……」


執務机の横で、ヒコザと名乗る老人が激しく動揺していた。


真っ白な髪と髭は乱れ、シルバーのタキシードに包まれた城の宰相は、威厳よりも不安に満ちている。年齢は八十を越えているだろう。蒼白な顔には血の気がなく、震える手が空を掴むように宙をさまよっていた。


「じい、落ち着いてください」


静かでありながら確かな声が、彼の混乱を制した。


「ジェリカ様・・」


金色のドレスを纏った若き女性――。


ジェリカと呼ばれたその女性は一目で高貴な血筋を思わせる気品に満ち、滴るような漆黒の髪が背中まで流れていた。その顔はまるで光を宿しているかのように美しく、場の空気を一瞬で引き締める。だが、その美しさの奥には、幼い頃から王家の重責を背負ってきた者だけが持つ、鋼のような芯があった。


「し、しかし、姫……王が、あなたのお父上が!」


「わかっています」


執務机のすぐ脇、王と呼ばれた男が静かに横たわっていた。


精悍な顔立ちと鍛え抜かれた体躯は、金色のローブに包まれている。しかし、その胸はもう上下することなく、腹部には深紅の血が広がり、命の灯火はすでに消えていた。かつて鋭く民を導いた眼差しも、今はただ虚ろに天井を見つめたまま、永遠の沈黙に包まれている。


「じい、すぐに重役たちを集めて城内の安全を確認してください。

衛士たちには、怪しい者を見かけても決して手出しや深追いをしないように。父を手にかけたほどの手練れです。並の兵では太刀打ちできません。命を守ることを最優先に」


「で、ですがジェリカ様……」


「早く! 一刻を争うの!」


その声に、老人は我に返ったように慌てて執務室を飛び出していった。


静寂が戻ると、ジェリカは王の傍らに膝をつき、まだ温もりの残る手をそっと握りしめる。瞳を閉じ、震える唇で小さく呟いた。


「お父様……」


しばしの沈黙の後、彼女はその手を離し、傍らに置かれた自身愛用の杖を強く握りしめる。そして、決意の表情を浮かべて立ち上がると、風のようにその場を後にした。






西暦2200年――

人類が宇宙に進出し、テラフォーミングを開始してからすでに一世紀。

今や宇宙には大小さまざまなコロニーが点在し、その数は数十を超える。

中には地球からの独立を果たし、独自の文化と政治体制を築いた“国家コロニー”も存在する。


その中でも、最古にして最強――

宇宙に君臨する王国、それがアマテラス王国である。


アマテラスは、もともと地球の宇宙都市開発計画の一環として建造された実験コロニーだった。

宇宙適応訓練を受けた精鋭たちが各地から集められ、地球連合の厳格な管理下で運営されていた。


だが、宇宙進出から数年後――

コロニーの統括者であり、当時“最強の剣士”として名を馳せた男、イセ・ノブツナが立ち上がる。

「この地に生きる者の未来は、この地に生きる者が決めるべきだ」


その信念のもと、ノブツナはコロニーの独立を宣言。

彼の言葉は多くの住民の心を揺さぶり、理想に共鳴した者たちは地球からの離反を選んだ。


交渉はやがて決裂し、地球連合は武力による鎮圧を決定。

しかし、宇宙という遠隔地での戦闘は地球側にとってあまりに不利だった。

莫大な費用、長距離移動による兵士の疲弊、慣れない環境――

すべてが地球軍の士気を削ぎ、戦況は次第にコロニー側へと傾いていく。


そして戦局を決定づけたのが、天才科学者ロイド博士が開発した防御技術、《ナノフィールド》である。

ナノフィールドは、装着者の身体表面に極小のナノ粒子層を形成し、銃弾や爆発、さらにはレーザーの熱すらも瞬時に検知・分散・無効化する“動的防御膜”だった。

この技術の登場により、戦闘は一気に白兵戦中心へと様変わりする。


その中核を担ったのが、ノブツナ率いる剣術集団――

“ナノの盾”と“刃の技”を併せ持つ、現代の武士たちである。


開戦から半年足らずで地球軍は降伏。

独立は認められ、コロニーはついに地球の支配から解き放たれ、独立王国アマテラスが誕生した。


その後、アマテラス評議会は満場一致でノブツナを国家の象徴とすることを決定。

こうして、彼はアマテラス一世を名乗り、王として新たな国家の礎を築いた。

即位の儀式は、コロニー中央のドームで行われ、数万の民がその光景を見守った。

剣を掲げるノブツナの姿は、宇宙に生きる者たちの希望そのものだった。


科学と文化の両面から国を導いた彼の統治のもと、アマテラス王国はやがて**“第二の地球”**と呼ばれるまでに発展する。

ナノフィールド技術は軍事だけでなく、医療、防災、建築などあらゆる分野に応用され、王国は宇宙一の富豪国家として君臨することとなった。


そして今――

西暦2200年。

アマテラス王国は、建国百年の節目を迎えていた。

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