第29話
「おー、いらっしゃい、キャプテン、ようこそようこそ、わが島においでなすった」
係留地の南洋の小島スリング島で、ダイヤモンド号は思いがけないほどの大歓迎を受けた。
現代の義賊、海賊王としてキャプテンダイヤモンドとダイヤモンド号の船員たちの名はこの南洋でもとどろき、そして人気もあるのだという。
髭をすっかり剃り、メイベルが持っていることも知らなかったら少し窮屈そうではあるがぱりっとしたモーニングを着たキャプテンダイヤモンドを出迎えた島長は、島でとれたみずみずしいフルーツやウナギのフライ。そして見たこともないような色鮮やかな魚のスープ、そして羊肉の串焼きなど島で手に入るすべての食材を使って船員たちをもてなした。
「うっひょー、俺、こんなうめぇ御馳走初めて食った。それに女の子たちも、ぐへへ」
漆黒の瞳にまっすぐでさらさらした流れるようなさらさらとした黒髪、褐色の肌に鮮やかな南の花の首飾りをしたエキゾチックな女性たちに、エディや若い船員たちはメロメロだ。
「あー、俺っちもうこの島に永住したい」
ハートマークになった目に、つい最近まで同じようにアプローチされていたロレッタは冷ややかなまなざしを送る。
「あら、でしたらお婿入りして、永住なさったらいかがです?」
「えー、でも俺っち、ロレッタちゃんも好きなんだよねぇ、あーどうしよう迷っちゃうな、ロレッタちゃんのいるダイヤモンド号か、黒髪美女ちゃんか」
でれでれと迷うエディにロレッタは、南洋の暖かな空気を一瞬にして冷ますような氷の言葉をぐさりぐさりと突き刺す。
「あら、私はメイベルお嬢様と一緒にこちらに留まりますわ、エディさんとご一緒することはなくってよ」
「えー、じゃあそれこそここにいなくちゃ、ロレッタちゃん寂しいでしょ」
「いえ、私は全くそんなことはございませんが」
「えーえー。そんなー、ちょっとは」
「ちょっともございません」
「でもでもー」
食い下がるエディを「ちょっとエディ、島焼酎を呑み過ぎなんじゃないの」ジャネットが首根っこ掴んで滞在先である島長の家の離れへと引き摺っていった。
「ねぇロレッタ、エディにべたべたされて面倒くさいかもしれないけど、あたしはもうあなたについてもらうような貴族のお嬢さんじゃないんだし、あなたはもう自由なんだよ。一緒に逃げちゃったことはあたしに脅されたとかどうにでも言ってくれていいし、公国にだって帝国に帰ることだってできるんだよ。キャプテンダイヤモンド号でどこかまで連れて行ってもらってさ、そこから正規の船で戻ればいいんだし」
二度の逃走劇で当然のように一緒に行動してもらったが、元々いた場所である帝国へと戻った一度目はともかく、今度のことにロレッタが付き添う義理など一つも無いのだ。
「いえ、私、南洋の島での生活に昔から興味がありましたの、だからメイベルお嬢様のおつきとしてではなく、私個人の意思でこちらに来ましたのよ」
ロレッタはなぜか得意げに鼻をツンと上に向けた。
「だったらそのお嬢様ってのもうやめたよ、あの怒った時みたいにメイベルでいいからさ」
「あぁ、あの時は本当に申し訳ございませんでした。乱暴なことをいたしまして」
深々と頭を下げるロレッタに、メイベルは思わず苦笑いする。
「その丁寧な口調ももういいよ、ざっくばらんにさ、ロレッタ、メイベルでいこうよ、友達みたいにさ」
「あぁ、でも私ずっとこの口調ですから急には。体に染みついておりまして」
「じゃあ、名前だけでも」
「では、一つお願いしたいことが」
おずおずと切り出すロレッタに、「いいよなんでも聞くよ」内容も聞かずにメイベルは安請け合いする。
「私もキャプテンさんやジャネットさんのようにベルとお呼びしても?かわいらしくて親しみがあって少々羨んでおりましたの」
「うぉ、うぉ、そんなの別にいいよ」
いきなりの踏み込んだフレンドリーな提案に少し面食らったが、親しみを感じてくれているならこちらとしては願ったりかなったりだ。
「では、ベル、うふふっ」
「はいっ、ロレッタ」
「あの…」
「まだ何かある?」
「私のこともローとお呼びください、妃殿下やテュールおぼっちゃまもそうお呼びでした」
「お、おう、ロー」
「はい、ベル」
ただただ愛称を呼びあうことを繰り返す、少々あほらしい時間が続いたが、初めて見るはにかんだような笑顔でもじもじするロレッタを見ていると、まんざら悪い気持ちもしてこないメイベルだった。
そして、数日の短い滞在期間を終えてダイヤモンド号がこの地を去る日が翌日へと迫った。
毎日のように宴会のような食卓を囲んではいたが、この日はフェアウィルパーティーとして島の人々がほぼ参加した盛大な宴を開くのだという。
「さようなら、さようなら、キャプテンダイヤモンド、ぼ、ぼぐっ、大きくなったら海賊になって、ダイヤモンド号の船員になるんだ」
幼いころのメイベルのように毎日腕ブランコをしてもらってすっかりキャプテンダイヤモンドに懐いてしまった島長の孫のプッピーは、おんおんと泣きじゃくってその腕にしがみつく。
「だめだぞ、プッピーお前はしっかり勉強をして立派な大人になっておじいさんを助け、このスリング島のために生きなければ」
「やだーやだー」
「じゃあな、船には乗せてやれないが、プッピーお前に俺から重大な使命を与える」
「ずびっ、じびっ、それなあに」
「俺の娘、メイベルのことは知ってるな」
「うん、きれいな色のくるくる巻き毛のおねえちゃん」
「そのメイベルをな、しっかり守ってやって欲しいんだ」
「どうして?お姉ちゃん船に乗らないの」
「あぁ、メイベルはこのスリング島に残るんだ。だからな、しっかりとした強いヤツににボディーガードをしてもらいたいと思ってな」
「強いヤツ?ダイヤモンド号の人みたいに」
「そうだ」
「ホント?じゃあボクメイベルお姉ちゃんのボディガードになってあげる!ボク、ボクとっても強いもん」
「おう、よろしくな。じゃあ指切りげんまんだ」
「うんっ!ゆびーきーりげーんまーん、やっくそくだー、わーい」
やっと納得してくれたプッピーがうれし気に駆け出していく背中を、キャプテンダイヤモンドは目を細めて見送った。
「キャプテン、うちのプッピーがご迷惑をおかけしてすまなかったですね」
頭を下げる村長に、キャプテンダイヤモンドもまた下げ返す。
「いえ、こちらこそ娘、メイベルがこれからお世話になりますから、あの子は15まで海育ちで陸の暮らしを知らず、陸で預けていた義兄夫婦のところでも大事にされ過ぎたようでお嬢さんのような暮らしで何もさせていなかったようですから、ご面倒をおかけするかもしれませんがどうかよろしくお願いいたします」
「いやいや、頭を上げて下され、にっくきブラッディスカルのポイズンスカル号を撃退してくださったキャプテンダイヤモンドと船員さんたちには感謝してもしきれませんこって、そのお嬢さんを預からせていただくのですから、こちらでもな大事に大事にお世話させていただきますです」
「いえ、特別扱いはせずに普通に扱ってやってください、それがあの子のためですから」
父と村長がそんなやり取りをしていることも知らず、メイベルは夜空を見上げてダイヤモンド号の門出を祝って打ち上げられた色とりどりの花火を眺めていた。
海の上から遠巻きにではなく、陸からじかにこうして眺めるのは初めてのことだ。
キッ、キキッ
その破裂するような音に驚いたのだろうか、シャツの胸ポケットからひょっこりビーが顔を出す。
襲撃事件の物音に驚いて以来、バスケットの底に身を潜めていたビーだったが、島でのふんだんの木の実の御馳走に味を占め、以前のようにメイベルの服の中に入って外出を楽しむようになっていた。
「ねぇビー、もうすぐまたみんなとお別れよ。でもあの時のように泣いたりしない。あたし笑って見送るわ、最後じゃない、きっとこれで最後じゃないんだから」
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