第2話
朝の光が薄く差し込む。目覚まし時計よりも早く、俺は妙な感覚で目を覚ました。まぶたを開けると、昨日までただの模造刀だった黒い鞘の刀が、部屋の隅で静かに立っている。
「……夢じゃなかったのか」
体を起こすと、胸の奥がざわつく。この違和感はただの目覚めではない。手元に置かれた刀の存在が、現実であることを否応なく知らせていた。
《おはようございます、高原拓真。覚醒を確認しました。周辺世界情報の初期収集が完了しています》
頭の中で、昨日と同じ理知的な声が響く。音色は冷たく機械的だが、確かな温かみを含んでいる。寝ぼけた頭では信じられず、少しの間、ただ見つめていた。
「……昨日の夜、なんで動かなかったんだ? 何してたんだよ」
昨夜の夜、あの衝撃的な出会いを果たしてからこの聖剣は何も話さなかった。だから俺もバイト疲れが原因の幻聴か夢か何かだと思っていたんだが。
《周辺世界の情報収集と解析を行っていました。あなたの居住するこの地球の魔力密度は極めて低く、私が反応するに十分な条件を整えるための準備をしていたのです》
その説明を聞き、昨日の静けさに理由があったことを理解する。機械的な理屈だが、何故か納得してしまう。
「地球って、俺たちが住んでるこの世界のことだよな? でも何で聖剣なんてものがここにあるんだよ。」
《私は本来、魔王討伐のために作られ、担い手とともに戦った聖剣です。魔王討伐後、不要となったため封印されました。しかし異世界との衝突が起きた際に、この地球へ流れ着きました》
なるほど、世界の衝突なりなんなりっていうのはよくわからないが、元が異世界のものっているのは理解できた。
「で、なんでこんなリサイクルショップの倉庫にあったんだ?」
《私が地球へ流れていた場所は一般人の家の蔵でした。そして家主は私を古い刀として認識し、倉庫整理として私を手放したのです。そして偶然あなたの手に渡りました。》
俺は無意識に鞘を握る。偶然、か。無数の可能性の中で、なぜ俺の手に——と考えると、少し照れくさいような、でも運命を感じるような感覚が胸に広がる。
「……で、なんで刀の形なんだ? 本物の聖剣なら、もっと派手な形だってあったんじゃないのか?それこそ聖剣っていうくらいなら剣の形をしてるんじゃないのか?」
《私の形態は、担い手にとって最適なものに自動適応します。私を手放した男が私を『古い刀』として認識したこと、そしてあなた自身もまた『刀を振るう理想像』を持っていたことにより、現在の日本刀の形態に固定されています。それが現時点での最適解です》
なるほど。俺の理想像が、この刀の形を決めたのか。少し照れくさいような、でも妙に納得できる。
「……俺が、これを扱えるってことか?」
《はい。あなたの魔力は極めて強大です。しかし、それゆえにタンクは強固に成長しており、その魔力が外に漏れることがなく誰にも知られることもありませんでした。訓練次第ではその魔力を扱えるようにすることも十分可能です。》
魔力。
その言葉を静かに噛み締める。自分の日常とはもっと、講義を受けて、バイトをして、部屋でゲームをする、そういう地味で平坦なものだったはずだ。
(俺が、魔力持ち……? しかも強大な量?まるで、小説やゲームで憧れた、物語の主人公じゃないか。そんな空想に俺が触れられるなんて……!)
興奮で呼吸が浅くなる。それは、人前で話す時の緊張とは違う、非日常的な設定が自分という平凡な存在に付与されたことへの、内向的な、しかし強烈な高揚感だった。
刀から伝わる微かな脈動が、その存在を確かに告げている。これは、誰にも見せてはいけない、自分だけの最高の秘密だ。
「……っ、やってやる」
小さな声で、そう決意を漏らす。その声には、いつものあきらめたような内気さではなく、初めて手に入れた役割への静かな熱意が宿っていた。
《これから段階的な修練を開始します。第一段階は、魔力流路の開通と精神安定です。心臓部から発せられる魔力を、私との接続を意識しながら体内の流路へ流し込んでください。》
《まずは椅子に座り、心臓の魔力を意識しましょう。この作業にはあなたの魔力を信じるということが必要です。魔力を確信し、その存在を仮定できなければ魔力を感じることはできません。》
椅子に座り、目を閉じる。深く息を吸い込み、体の中にある未知の力を感じる。
その瞬間、体の奥に微かだが確かな熱の奔流が流れた。鼓動と共に、体の隅々まで力が満ちていく感覚。
《——良好です。高原拓真。魔力の感知が完了したため、魔力の操作、および循環へ移ります。》
《体内の魔力を経路に沿って循環させます。目的は二つ——あなたの魔力タンクの残量を恒常的に減らし、使用可能量を増やすこと、そして経路を慣らして魔力操作の感覚を養うことです》
魔力タンク? 使用可能量? 初心者の俺には言葉が先に躓くが、体の感覚に意識を向ける。胸の奥で小さな熱が、鼓動に合わせて微かに脈打っている。その熱を、全身にゆっくりと流す——イメージは、見えない川が体の中を巡るようなものだ。
《心臓を起点に、両腕、両脚、背中、そして私を通じて戻る。流れを止めず、一定のリズムで。感情や思考で乱れないように。血液を意識するとイメージがしやすいでしょう。》
息を整え、ゆっくり吸う。胸の奥に熱が集まり、吐くと全身を巡る。手先まで届いた熱が刀を経由して胸に戻る。往復するたび、心臓の熱が少しずつ減っていくような感覚がある。これがタンクの残量を恒常的に減らすことなのか。まだ完全には理解できないが、体は確かに変化を感じている。
《初期段階では流路が未発達です。無理に速く流す必要はありません。経路を慣らすことが最優先》
ゆっくりと、体内の川の流れを意識する。熱が手足を巡り、刀を経由して戻るリズムを守る。最初は途切れ途切れだった流れも、繰り返すうちにスムーズになってくる。胸の奥の圧力が少しずつ抜けていくような感覚。これが「経路を慣らす」ということか。
《流れを感じたら、次は使用可能量を意識します。魔力はタンクに蓄えられていますが、循環させることで残量が減り、次に使える容量が増えます。目に見えないけれど、体が理解します》
残量を減らす——言葉だけでは抽象的だが、体感として、胸の奥の熱が一定量流れ出すと、同時に手先まで届く熱の感覚が鮮明になる。まるで川の水位が下がることで、流れが軽やかになるような感覚だ。
呼吸を意識し、胸の熱を刀へ、刀から体全体へ、そして戻す。往復を繰り返すたび、体が柔らかくなり、力の通り道が少しずつ広がる。肩や腕、脚の奥まで、熱の流れがスムーズに行き渡るようになる。
《意識の焦点を体内に置き、刀との接続も意識してください。体と刀がひとつの循環系になり、使用した際の魔力のとおりが格段に上昇します。》
刀を握る手先の微細な振動、胸の鼓動、全身を巡る熱——それらが呼応し合う。まるで体と刀が一つの生命体のように、リズムを共有している。
ゆっくりと、繰り返し繰り返し。胸の奥から体全体を巡る流れが途切れないようにする。集中するほど、体の内側が熱を帯び、感覚が鮮明になる。熱の波が手足に届き、刀を経由して戻るたび、体内の流れが軽くなる。これが、魔力タンクの容量が増えつつある感覚なのだろうか。
意識を続けると、次第に熱が全身を循環するのを体感できるようになる。胸の奥で熱が満ち、手先で刀を通じて微振動を感じ、戻ってくる。呼吸と完全に同期した流れ。体が自然と受け入れ、感覚を覚えていく。
《これが初歩的な魔力操作の感覚です。循環が安定してきたら、徐々に量を増やすことが可能になります。無理せず、日常的に繰り返してください》
俺はついに非日常に足を踏み入れた。
和風ファンタジーに聖剣(刀)で切り込みを入れる! 海鈴 @shinkuu
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