第53話:《マボロシの海》とスフィアの世界

『――なぜそのようなことを?』

 《星》のコアが不思議そうに尋ねる。いきなりの質問だ。当然そう思うだろうな。

「私には記憶がありません。目覚めたらいきなり《マボロシの海》にいたの。なぜここにいたのか。私はどこからきたのか。なにもわからないんです」

『――なるほど、記憶が』

「はい、それに私はあなたのような《星》のコアと話すことができます。これ、普通のことじゃないんですよね? とある人に私は何者なのかと聞かれました」

 そのときのことを思い出して、苦笑いする。結構怖かったんだよね。

「正直記憶が無いこと自体はそこまで気にしていないんです。でも、この世界で旅をするなら、自分はなんなのか、どうしていきたいのかを考えたいんです。うん、たぶん自分探しってやつです」

 最後の私の言葉に《星》のコアが少し笑ったような気がする。

『――スフィア、あなたはとても面白いですね』

「え? そうかな」ほめられたと思っていいのかしら。

「そうだね、そう思うよ」キズナも言う。こっちは褒め言葉じゃないな、たぶん。

『――あなたの質問に、私が答えられる範囲で答えましょう』

「ありがとうございます!」


『――この《マボロシの海》は、あらゆる世界の人々の夢や、想像、願いそんなものが集まり漂い行き着く先です。強い想いも、小さな夢も、忘れ去られた思い出も、この世界に生まれた心が集い、できています』

「想いの辿り着く先……」

 ああ、そうか。どこかの人の想い、いつかの人の願い、そんなものが時間も空間も越えて集まるそんな場所がこの海なんだ。

 たぶん、すごく不思議なことを言っているはずなのに、なぜかすんなりと飲み込めた。

『――この《星》であれば、鉱石を美しいと思う気持ち、宝石には力があると願う気持ち、そんなものが集まり形となって私を造り力を与え、《星》を成しました』

「すごく素敵な話ですね」

 そんな言葉が口からもれる。

『――あなたがそのように思えるのであれば、きっとここは素敵な場所なのだと思います。その心の方向性がきっとあなたのあり方なのでしょう』

「あ、あの、それで私のことは何かわかりますか? なぜかどの《星》のコアさんたちも、私についてはなにか思わせぶりなことばかりで」

 それがすごく気になっていた。だれも教えてはくれないが、気になることを言ってくる。記憶が無いことは気になっていないはずなのに、どうしても気にさせられてしまうんだ。

『――でしょうね。そして、私の言葉も同じものになります。それは、あなたはまだあなたではないからです』

「私が、私じゃない……? どういうことですか?」

『――記憶が無いことを気にすることは無いでしょう。今はただ旅を楽しんでください。答えはその中ででるでしょう』

「みんな同じことを言うんですね」

『――旅を続け、そして自分を知ることを諦めなければ、必ずあなたはあなたになるはずです』

「謎かけですか?」

 そうとしか思えないフレーズ、意地悪じゃ無いことはわかるけど、でも何もわからない。でもなぜだろう。少しだけ心が落ち着いた気がした。きっと私は間違っていないって、不思議とそう思えた。

『――今もこの《マボロシの海》には、新しい想いたちが流星となって流れ着いています。それは、新たな《星》になる種であり、あなたの疑問の答えにもなるでしょう。《マボロシの海》には無数の願いが届き、無数の《星》となります。きっとこれからも、あなたには私のように《星》のコアが声を聞き語りかけるでしょう。あなたの旅先はいくらでもあります。どうか焦りませんように』

「わかりました! 私、この旅を楽しみますね」

 横を見る、そこにはどこか不安そうな表情のキズナがいた。

「頼りになるパートナーもいることですし、ね?」

「え? いきなり何? パートナー?いや、ボクはツアーガイドであってね……」

 ウインク一つ。キズナはいきなり話を振られたことにあせったのか、露骨にうろたえていた。

『――スフィア、よき《星》の海の旅を』

「はい!」

 私はそのあたたかい言葉に、思いっきりの笑顔で応えた。


 私とキズナは、《星》のコアに別れを告げ、地下空間を後にした。

 エレベーターで上の層へ戻る。高いところから見るこの部屋には小さな光たちがあふれ、来たときのような静かで美しい色彩の海に戻っていた。

 少しだけなごりおしかったけど、エレベーターは止まることなく始まりの渓谷に着く。

 鉱石の暴走は収まっていて、光が荒れていることもなかったし、石も暴れていない。

 キズナの案内で鉱石街への道を少し行ったところに、ワンデルさんが待っていた。

 その手にはにごりの無い、すきとおるように白い石が一つ握られている。

 ワンデルさんは、こっちに手を振って小走りでかけよってきた。

「あのあと、俺の石を見つけたよ。なんだろうな。これに触れた瞬間、今までのこだわりが全部どっかに行っちまってさ。なんであんなことにこだわってたんだろうなってさ」

 そう言って照れくさそうに笑った。

「いいんじゃないかな、きっと必要な時間だったんだよ。これから楽しい時間が来るためのね」

「ああ、そう思うことにするよ。あんたらも元気でな。迷惑かけちまってすまないな」

「大変な目には遭ったけど、当のスフィアがこれだからね。気にしなくていいよ」

「なんでキズナがそれを言うかな。まあ、そういうつもりだったんだけど」

「だろ」

 釈然としないけど、キズナが大分私を理解してくれたからって思うことにした。

「この石はひょっとしたら、もう俺には必要ないのかもしれない。でも、戒めとしてもっていくことにする」

「それがいいんじゃないかな。その石とってもきれいだし」

「ああ、そうかもな。あんたらはもう行くんだろ。いつかまたな」

「うん、またね」


 そうしてワンデルさんとも別れた私たちは、鉱石街に戻りパワーストーンの店の店長さんにこれまであったことを話した。

 店長さんは何も言わずにうなずいて「いい石を見つけたな」と言ってくれたのがうれしかった。

 店を出て、街の通りを下り、星間列車の駅に戻る。

 とてもきれいな《星》だった。名の通りに本当にきれいなものをたくさん見た。

 たぶん、まだまだ見るべき景色はあるのかもしれないけれど、不思議と心残りは無かった。

 こうして、本当にいろいろあったけど、鉱石の《星》での旅は終わりを告げたんだ。

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