第51話:鉱石の命と願いの光

 光の嵐は私たちを攻撃するようにせまっている。光の熱さもどんどん上がってきていて、このままだと、大変なことになりそうなことだけはわかった。

 光は立ち上り、渦巻き、ぐるぐると旋回し、一部は天井や壁に吸い込まれていく。

 そのせいだろうか。ぐらぐらとこの部屋が揺れ始めたような気がする。

 鉱脈で体験したのと同じような状況になってきた。

「《星》のコアさん! これなんとかなりませんか?」

 私は近くにいた《星》のコアを見る。

 先ほどまでの輝きはどこか薄れ、不安げな淡い光が揺れている。

 きっとこの状況に困っているのは、《星》のコアも同じなんだろう。

『――子供たちが制御できません。彼の強い感情に完全に当てられてしまっています。このままでは鉱石の命たちがはじけて消えてしまう』

「なんとか抑える方法はないですか? えっと、そのもっと強い感情で上書きするとか」

『――可能ですが、今の彼を越える感情がこの場で出せますか?』

 それは厳しそうだ。今も感情を抑えきれないようにワンデルさんは叫んでいる。

「俺に、願いを! 俺の願いをかなえる石を寄越すんだ! 光たちよ、お前らは鉱石の元なんだろ!? なら俺の願いを引き出して見せろよ、なあ!」

 ワンデルさんは完全に自分の感情に支配されてしまっているようだった。

 いや、違うのかも。きっとここに来ても自分の望みは叶わないと聞いて絶望しているんだ。

『――可能性は二つです。一つは彼よりも強い感情で光たちを引き寄せる』

「もう一つは?」

 キズナが辺りの光を払いのけるようによけながら聞いてくる。キズナ自体にダメージは無いんだろうけど、光のまぶしさがしんどくなってきてるのかも。

『――鉱石の命たちに願いを与えることです。願いを持った鉱石はそれ以上感情にあてられなくなります。願いをかなえる力をもった鉱石となることでしょう』

 なるほど、まだ形になっていない鉱石たちに形を与えてしまおうと言うことね。

「といっても、どうしたらいいんですか?」

 キズナが大きな声で言う。この部屋の振動のせいで声も聞き取りづらくなってきていた。

『――私に願いを、その願いを増幅して光たちに届けます。それが今の感情を越える物であれば、違う方向性を与えることができるはずです』

 《星》のコアの言うことは理解したけど、それってよっぽどのことを願うしかなそうなんだけど。それに、下手なことを願うと、かえって暴走するだけのような。

『――そしてもう一つ。願うあなた自身の心からの願い出なくてはなりません。それこそ彼が言っていたように』

「心からの願い……」

 ああ、そうだ。ワンデルさんは自分自身の願いが見つからなくて、それを光たちに伝えることができないんだ。

「キズナは、なにか届けられる願いはある?」

 キズナに聞いてみたが、キズナは首を振った。

「僕には、この想いに勝てるだけの願いはもてない。いや、違うな。正確には僕の願いでは、この場がどうなってしまうかわからない」

 キズナが唇を噛みしめる。キズナの願いは一体何だったんだろう。

 それを聞くだけの余裕も時間も今は無かった。

「スフィアそれができるのは君だけだ。鉱石街の店長も言っていただろう。君の願いは強いって」

 確かに言っていた。でもそれで本当にいいんだろうか。

 これは私にとっての本当の願いなんだろうか。記憶の無い私に本当があるんだろうか。

 迷っている私に気づいたんだろう。キズナが光をかいくぐりながら、すぐそばまで飛んできた。

「大丈夫、自信を持って。短い付き合いだけど、君の明るさまっすぐさ、楽しいものを求める強さを僕は知っている。今必要なのはそんなスフィアの明るい願いだ」

 まっすぐ私の目を見てキズナが言う。

 なんだろう、その真剣さに少しだけ頬が赤くなる。

 恥ずかしいこと堂々と言ってくれるなあ、まったく。

 でも、おかげでふっきれた。

「ありがとう。じゃあ、やってみる。何かあったら助けてね。優秀なツアーガイドさん」

「ああ、任せて」

 私は《星》のコアまでかけよる。

 その表面に手を触れる。ひんやりしているのに暖かい、不思議な感覚。

 本当に生きもののようだ。鉱石に力を感じる人の気持ちがわかる。

『――願いを』

 《星》のコアが言う。私はうなずいて願いを告げた。

「私は楽しいことを探していきたい、この世界の美しさをもっと見ていきたい。だから私は願います。楽しいことに向かって進む一歩を踏み出す力を。すてきを見つけて歩んでいけるそんな力を」

 この緊迫した状況に似合わないような、ゆっくりとそしてはっきりとした言葉。

 《星》のコアを通して、これまでの旅を思うような、これからの旅を思うようなそんな想いを込めてつぶやいた。

『――ああ、スフィア。あなたの願いはなんてきれいで暖かい……』

 《星》のコアがその言葉をつぶやいた瞬間、その体が強く白く輝いた。

 強いのにまぶしくなく、白いのにさみしくなく暖かい、そんな優しい光。

 光は部屋中に広がり、荒れ狂っていた鉱石の命である小さな光たちを包んでいく。

 

 小さな光たちが笑ったような気がした。

 赤ちゃんが笑うような無邪気で明るい笑い。

 そして《星》のコアの光が徐々に引いたとき、嵐のようだった光は動きを止め、その場でたゆたっていた。

 もう、あの激しさは無くなっていた。

「とまった、のかな…?」

 キズナがぽつりとつぶやく。

『――ええ、おさまったようです。スフィアありがとう。あなたの願いはとても優しく強く暖かかった。子供たちに変わって礼を言います』

「お礼なんていいですよ。私の問題でもあったし。あ、それよりワンデルさんは」

 あわてて、彼のいた方を見ると、呆然と座り込むワンデルさんがいた。

「なんで……、俺の願いは得られなかったのか……? これだけの鉱石の元があって、どれ一つ俺の願いを探してくれなかったのかよ。俺には本当に願いが無いって言うのかよ……」

 私はそんなワンデルさんの元にかけよる。

「あ、スフィア危ない! なにをされるか!」

 キズナが止めてくるけど、無視する。もうたぶん危険は無いから。

「大丈夫?」

 私の口から出たのはそんな言葉。

「……大丈夫? そんなわけあるかよ。なにもなかったんだぞ、俺には何も」

 私の中でずっとひっかかっていたことを口にする。

「ねえ、怒らせちゃうかもなんだけど。願いが無いのって悪いことかな?」

「なんだって……?」

 ワンデルさんが私をにらむ。

「スフィア!」

 キズナが飛んできて、私とワンデルさんの間に入る。

「願いってずっといっしょ? 本当にみんなが持ってなきゃだめ?」

「え……?」

「だって、願いなんてその時々で変わるでしょ」

「あ、え……?」

 ワンデルさんが理解できないという呆けた顔をしている。

「私は記憶をなくしてるけど、起きたときはたぶん願いなんて無かったよ。もう少し寝てたいな、くらいはあったかもだけど。でも、今はこの旅をして、もっと楽しいことを見たいって言う願いができた。だから、ワンデルさんだって、今は無くてもこの後できるかもしれないよね、願い?」

「この後、できる……」

「うん、だって、上で見たワンデルさんは、今にこだわりすぎて前に進んでなかったでしょ。それじゃどこにも行けないよね。でも今は、きっとこう思ってるんじゃない? このままじゃだめだって」

 ワンデルさんが虚を突かれたような顔をする。きっと図星だ。

「そうかもしれない……」

「だったら、ワンデルさんはもっと別の道に行った方がいいんだよ。そうしたら、きっと違うものがみつかるから。それに私は思うんだ。別に願いなんて無くても困らないって」

「そんなことは!」

 ワンデルさんが叫びかけるけど、私は手で制した。

「だって、今を普通に生きてれば、楽しければそれでよくない?」

「ほんとに、そうか?!」

 キズナがツッコミを入れる。今そういうのいいって。

「ひょっとして、楽しいってことは自分も知らない願いが叶っているのかもしれない。次にやりたいことが見つかったなら、それが願いへの道かもしれない。ならそれでいいじゃない。願いってきっと自分がいい道に進むためにあるんであって、願いのために道を決めるもんじゃないと思うよ」

「そうなんだろうか……」

 ワンデルさんの気持ちが変化しているのがわかる。

 きっと、少しずつ心がほぐれてきてるんじゃないかな。

「でも、それじゃ、俺のこれまでは、願いの石を探してきたこれまでは……」

「うーん、適当に聞こえちゃうかもだけど、次の一歩のための充電だよきっと」

「ははっ、スフィアらしいな。ワンデルさん、どうだい? このスフィアの理論。聞いてるとこれまでの自分が馬鹿らしくならないか?」

 キズナうっさい。いいこと言ってるつもりなの!

「は、ははは、そうなのかもしれないな。ああ、そうかもしれない。ああ、俺はなんでこんなにこだわってたんだろう。あいつらはあいつらじゃないか、俺だって楽しく生きてたんだから、願いなんて無くてもよかったんだ」

 ワンデルさんが笑った。

「ね、そう考えたら楽になるでしょ」

「スフィア、あんたはすごいな。ほんとなにもんだよ。でもそうなると、これまでの時間が少しもったいなくて悔しいかな」

 ワンデルさんの顔にはさっきまでの悲壮さは無い。もう大丈夫だろう。

 あ、一つ思いついた。

「ねえ、《星》のコアさん、こういうのできるかな?」

『――なんだろう。今のあなたの頼みなら大体のことをかなえたい』

「こんなことなんだけど」

 そう言って、私は《星》のコアにアイデアを告げ、この場のみんな(《星》のコアさん含む)が驚いたのだった。

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