第47話:古の鉱石のある場所へ

 揺れと光が私たちを追ってくる。

 追いつかれるとどうなってしまうのか? それはわからないけれど、正直あまりいいことにはならなそうな気がしている。

 光に飲み込まれて不明な何かに巻き込まれるか、揺れて倒れる巨大な鉱石につぶされる。どちらもあまり愉快なことにはなりそうな気がしない。

 ワンデルさんを先頭に私とキズナは、とりあえず走って逃げているが、この先の当てがあるわけでは特になさそうだった。

 どういうわけか追ってくる、異常現象に巻き込まれないようにひたすら逃げているって感じ。

「で、この先どうする? 当てはあるのかい?」

 一人だけ空を飛んでいるキズナが、ワンデルさんに尋ねている。

 いいなあ、飛べるの。

「まったくないわけじゃないが、こんな異常事態をよけられるかどうかは怪しいな」

「どこに向かってるの?」

 私も息を切らしながら話しかける。目的地のない逃走はきつい。

「光の方はわからんが、この先にあまり普段は入らない開けた場所がある。少なくともそこまで行けば石につぶされることだけは無いはずだ」

「以上の原因も対策も無い以上それしか無いか。ちょっと僕は辺りを調査してみる」

「余裕があって何よりだな」

 ワンデルさんの言葉は皮肉だろうけど、逃げながら調べ物ができるのはキズナだけだ。

 何か情報が出てきてくれるとありがたい。

 私の体力も正直そんなに持たないし。


「そこを右に曲がって下っていけ! 左は行き止まりだ」

 ワンデルさんの声が響く。前方を見ると岩壁の道が左右に分かれている。

 私たちは右に曲がる。その先は確かに下り坂になっていた。

 少し急だ。急ぎすぎると転んでしまいそう。

 不思議と光と揺れの追いつく速度は緩やかで、私の足でもなんとか距離を保てていた。

 後ろからは重く大きい物が倒れる音が響いている。

 きっとこの揺れでいろいろ崩れているんだろう。あれに巻き込まれたらひとたまりも無い。とにかく急ごう。

「あれか?」

 キズナの声に前を見ると確かに大きな空間が広がっている。あれがワンデルさんの言う目的地だろう。

「あそこまでいければ、とりあえず物理的な危険は無い」

「天井倒壊の可能性は?」

「もともとは資材置き場だ。鉄骨で補強してある。問題ない」

「オッケー。了解した。スフィア? 大丈夫かい?」

「な、なんとか……」

 正直足は限界だったけど、頑張るしか無い。ほんといろんなことがある旅だこと。

 駆け込むように空間の中に逃げ込むと、すぐに疲労で倒れ込んだ。

「奥へ」

 ワンデルさんの声に従い、なんとか奥まで進む。

 揺れが近づく。

 本当に大丈夫だろうかと、ドキドキしながらそのときを待つ。

 揺れが空間の入り口まで届いた。

 揺れている。

 この空間の周りに回り込むように揺れが伝わっていくのがわかる。

「大丈夫かしら……」

「さあな、こんなの初めてだから。とりあえず祈ってろ」

「なにに……?」

 祈るって言ったって何に祈ればいいのやらわからない。祈ったところでどうなるものでも無いと思うけど。

「《星》にかな」ワンデルさんのつぶやきは不思議と心に残った。

 そんな話をしているうちに、揺れがこの空間の周囲をつつんで、視界が揺れ動く。

 包囲されているようで怖さが襲ってきた。

 揺れは続いている。だが、どうやら今すぐ崩れてはこないようだ。

「なんとか、急場はしのいだかな」

 キズナがほっとため息をつく。

「しかし、どうする? このままここにいても事態が改善しそうに無いけど」

「知るかよ」ワンデルさんの言葉は辛辣だ。

「そんなことだろうと思った……」キズナはあきらめ顔。

「まあ、とりあえず石の下敷きになりそうになくてよかったじゃない」

 私は若干険悪な雰囲気になりつつある二人を仲裁する。

「さて、いつまで持つか。スフィア見てよ」

 そう言われて辺りを見ると、確かに揺れは伝わってこないが、光は周囲を囲んでいた。 そして、どうもどんどん強くなっているように見える。

 たぶん、鉱石の元の色なのだろう。赤や青や黄色や緑、時には紫や黒にも光って、この状況が危険だと言うことをのぞけば、とても幻想的で美しい光景だった。

 とはいえ、見とれているわけにも行かない。

「早めに対策うたないとどうなるやら」

 確かにキズナの言うとおりだろう。

「なにかないかな?」思いつきを口にする。

「何かって何?」ワンデルさんが厳しめのツッコミを入れてくる。

「抜け道とか、なんとかできそうな道具とか……ない?」

「……のんきだな。まあ、何もしないよりましか」

 そういって、ワンデルさんは辺りを探索し始めた。

 辺りの岩をさぐったり、まだ光っていない周辺の石を調べているようだ。

 キズナもタブレットで辺りをスキャンしている。

 私も休んでいるわけにも行かない気がして、辺りを調べることにした。


 それなりに広い空間だ。

 閉鎖空間だけど、ありがたいことにせまってきた光のおかげで中は明るい。

 壁に何か無いか、床には何か無いか、そんな風にうろうろと歩きながら、この状況を打開するヒントを探す。

「壁はさわるなよ。何が起こるかわからん」

 ワンデルさんが忠告してくれる。

 たしかに今この壁はせまってきた脅威と同様のものだろう。さわったときにどうなるかは正直考えたくない。

 そんなときキズナの声が聞こえた。

「この地下に広大な空間がありそうだ」

 私とワンデルさんが歩き回っている間、タブレットとにらめっこしていたキズナがそんなことを言った。

「地下に穴でもあるってことか? 別に珍しくは無いが、構造上危険そうだな」

 ワンデルさんが専門家らしきことを言う。

「いや、そうじゃないみたいだ。どうも、なにか意図があって造られた空間のように見える。かなり整備された通路か何かだ。きっと下に特別な部屋か何かがある」

「ひょっとして、コアにまつわるところ?」

「ああ、その可能性は高そうだよ」

 私とキズナはこれまでいろんな《星》を見てきたせいもあって、なんとなくその雰囲気はわかるようになっていた。だけど。

「コア? どういうことだ?」

 ワンデルさんにはピンときていないみたい。そりゃそうか。

「コアはこの《星》の元となった願いであり、そんな場所や存在のこと。今まで見てきたところだと、コアってだいたい《星》の中心となるところにいることが多いんだ。中心って言っても、場所だったり意味的な中心だったりするけど」

「そのコアがこの地下にあるってのかい?」ワンデルさんが怪訝な顔で聞いている。

「ああ、たぶんね」

 キズナの返しは素っ気ない。まだあまりワンデルさんのことを信用してないなあ。

「地下っていっても、ここには階段もなにも、降りられそうなところないよ?」

 見渡す限り、何も無い。ただ広い空間の中に、キラキラときらめく石の光だけが見える。まるで、石という生きものの体内にいるかのようなそんな錯覚。

 触れれば暖かく反応を返してくれさえしそうなそんな部屋だった。

「きっとどこかに下に降りるための機構がある。考えてみれば資材置き場とはいえ、こんなに広い空間がこのエリアにいきなりあるのは不自然だ」

「そういわれりゃ確かに。ここは昔からある洞窟を利用して造ったって言ってたな。他の場所は岩だらけだが、ここだけは不思議と原石が無かったんだそうだ」

 ワンデルさんが、神妙な顔で思い出すように言う。

「じゃあ、どこかから降りる階段みたいな物があるってこと?」

「階段と言うよりはシャフトだな。ようはエレベーター。たぶんその下だ」

 キズナのタブレットが示す場所は、ちょうどこの空間の中央。

 さっきまで私たちが座っていた辺りだ。そう言われてみれば、ここだけなぜか円形の台座のように加工された大きな石が置かれている。あたりの岩の荒っぽさから考えれば違和感がある。

「その石のあたりに、なにかないかな?」


 キズナに言われて、私たちは台座の周りを探し始める。さっきまでは気づかなかったが、確かにこの台座は周りの地面から切り離されている。ひょっとしてこの台座自体がエレベーターになっているんだろうか。

 私は、台座の上に乗って天板にあたる部分を手探りで調べていく。

 つるつるに加工された表面だ。手触りはよく、不思議と暖かい。

 そんなことをしているうちに、手が何かに引っかかったのがわかった。

「あれ?」

「何かあった?」

 キズナが声をかけこちらにやってくる。ワンデルさんもだ。

「うん、これ。ボタンみたいに見えない?」

 そう、そこにあったのは台座に埋まった半球状の石。

 周りの色と同じだから見つけにくかったが、何個か似たような石が並んでいる。

「なるほど、不自然だな。こりゃ」

「なにか反応あるかな」

 そう言って私はそのボタンの左端にあった石を押してみる。

「あ、スフィアちょっと待って! 慎重に!」

 キズナが慌てるが、私はもうボタンを押してしまっていた。

 ボタンは軽い感触で押し込まれる。それと同時に石が光った。

 緑色の淡い光。

「あ、光った」

 私の間抜けな声と同時に、ガクンと台座が揺れて、振動し始める。

「おい、下がってるぞ!」

 ワンデルさんの言うとおりに、台座が下がっていく。

「ほんとにエレベーターだったんだね」

「まったく、スフィアは見境無しなんだから……」

「どのみち降りなきゃ何だからいいでしょ!」

 台座は地面にめり込み、下へ下へと降りていく。

 円形の筒の中を下っていく感じだ。辺りはぼんやりと白く光っていた。

 こんな状況なのに、私は少しだけわくわくしていた。

 私はこれからどこにいくことになるんだろう。

 そして、これから会うだろう《星》のコアは、いったいどんな相手なんだろう。


 新たな出会いへの期待と冒険の予感が私を高まらせていた。

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