第36話:ひと休みのあとは、もっとも美しい《星》へ

 私たちは、この島から離れるべく、船着き場に戻った。

 まだお茶会はあちらこちらで繰り広げられている。

 きっと、私が来る前からいて、まだ帰らないような客もいるのだろう。どこまでお茶会を楽しむのはお客次第。それがこの《星》のあり方だから。

「さて、今回は言い出しにくいけど、《報酬》をいただけるかな?」

 キズナがちょっとだけ申し訳なさそうに言う。

 鞄の中から、砂時計に似た形のギフトボックスを取り出して渡してくる。私はギフトボックスに手を添え、目を閉じこの《星》の楽しかったことを浮かべる。

 短い時間だけどいろんなことがあった。

 美味しい紅茶、

 美味しいお菓子たち、

 素敵なテーブルセットと装飾たち、

 お茶会を盛り上げるサービス、

 なにより、《星》のコアとの出会いと、いっしょに話した楽しい会話。

 素敵な時間だった。楽しいお茶会だった。

 ……だけど、一瞬ウォッチさんとの話が頭をかすめる。

 自分の存在を問われ、この先の道を聞かれた。

 少しだけ怖かった。

 私は、この問いにどう答えていくだろう。

 でも決意も決まった。

 きっとこの先は自分と向き合う旅になる。

 だから、これもきっと嫌な思い出ではない。

 

 そんなことを考えていたら、私の中の思い出のエネルギーが湧き出てくる。あたたかさと少しの冷たさとそんな温度を感じるエネルギー。

 エネルギーは、ギフトボックスに光となって吸い込まれていった。目を開けると、ギフトボックスにたまっている紫と濃い青の液体は多少増えていたが、やはり、前の星々よりは少なそうだ。短い滞在だったからか、それとも重い問いのせいか。

「今回もありがとう。正直報酬がもらえないことも覚悟していた。今回は迷惑かけたしね。でも、楽しんでもらえてよかった」

 キズナはほっとしているようだ。

「だって、楽しかったもの。少しいろいろあったけど、お茶会としては最高だったわ。これを嫌な思い出にするなんてできっこないもの」

 キズナは少し驚いたような表情をした。そして、少し息をついた。

「ああ、スフィアは強いね。楽しむことに関してはきっと君よりも達人はいないだろう。だから、きっとスフィアは大丈夫」

「うん、まかせて」

 キズナの言葉に含まれた、謎めいた言葉をあえて私は気にしないことにした。きっと今聞くべきことじゃない。これから先で出会うことだと思うから。


「さあ、船に乗ろう。次の《星》に向かわなくちゃ」

 船着き場には、すでに帰りの船が到着していた。この小さな《星》ともお別れだ。

「そうね」

 私とキズナは船に乗り込む。客は私たちだけなのか、乗り込んで席に着くとすぐに出発していく。

 あっという間にお茶会の《星》は遠くなっていく。

 ふと離れた岸を見ると、そこに誰かが立っているように見えた。こちらに向かってお辞儀をしているように見える。セリモさんだろうか。あの素敵な《星》のコアは、こうしてこれからも、この《星》を訪れるすべてのお客を見送っていくのだろうか。

 そのときどんなことを思うのだろう。少しだけそんなことが気になった。

 あの《星》ではきっとこれからも、楽しいお茶会が繰り広げられるのだろう。いや、ひょっとしたら、もっと素敵なお茶会が楽しめるようになるのかもしれない。

 この《星》をいつかまた訪れよう、そう私は決めていた。そのときに向けて、楽しい旅の思い出をためておかないと行けないとも思った。

 船のデッキ上にでる。風は来たときと同じように心地よい。爽やかな風が頬をなで、髪を揺らした。波の揺れはやさしく、船は私たちを次の《星》へと誘うだろう。


「ねえ、キズナ。次の《星》はどんなところ?」

「次の《星》では、純粋に景色を楽しんでもらおうと思ってる。次の《星》は通称でこう呼ばれている。『最も美しい《星》』ってね」

「へえ、最も美しい《星》? なんだかとっても素敵そう」

「うん、間違いなく、すべての景色に感動できると思うよ。名前は鉱石の《星》。人によっては宝石の《星》なんて言う人もいるかな。すべての景色が色とりどりの宝石で構成された、《マボロシの海》でも屈指の幻想的な《星》だよ」

「宝石の《星》! すごい、楽しみ! どんな綺麗な景色が見られるのかしら。うわあ、想像つかない」

 宝石を楽しむ景色、どんなものだろう。

 あちらこちらに宝石が埋まった自然あふれる景色かしら、それとも宝石で出来た建物とか意外に都会的でアーティスティックな《星》だったりするのかしら。

 空想がとまらない。次もとても楽しめそうだ。

「たぶん、鉱石の《星》はスフィアの想像を遙か超えるよ。景色もすごいけど、それだけじゃない。ひょっとしたら、スフィアの問題にもなにか糸口になるかもしれない」

「私の問題っていうと、記憶のことかしら」

「詳しくは言わない。どうなるかわからないし期待する結果になるともわからないから。だから今は、最高の景色をただ楽しみにしているといいよ」

「うん、わかった。うわあ、楽しみだなあ。宝石だらけの《星》かあ……夢が膨らむわ」


 私は、空を見上げる。《マボロシの海》がそこにひろがっている。たくさんの《星》、そしてそれをつなぐスターロードが描く星の軌道。あの中に、次の《星》はあるのだろうか。

 ふと思う。

 《マボロシの海》っていったいなんなのだろう。

 今更ながらの疑問。

 その海の中に漂う私は何なのだろう。

 そして自分はどこに行くべきなんだろう。

 お茶会の《星》で私はこの旅に一つの目的を見つけた。

 この旅で自分を見つけること。

 そして、この海の中での自分のあり方を知ること。

 自分探しの旅。

 きっと馬鹿らしいほどありきたりで、でもとても重要なそんな目的。

 次の《星》には、私の真実はあるだろうか。

 ウォッチさんの問いに、私はいつか答えられるだろうか。

 楽しみと決意。

 新たな旅がここから始まる。


 

 お茶会の《星》はきっと自分を見つめる《星》

 お茶とお菓子で心を安らがせ

 場を同じくする人たちと

 今を語り、過去を語り、そして未来を語る

 時には世界も語るだろう

 存在する世界、存在しない世界

 すべてが美味しいお茶の芳香の中で

 体の中にやさしく溶け込んでいく

 おいしくて、あまくて、たまに苦いそんな時間


 いろんな道を行く人たちが

 ひととき集い思いを同じくするそんな素敵な交差点

 この《星》で休んだ人が旅立っていき

 いつかまた違う道から集い憩う

 偶然と言えば偶然

 運命と言えば運命

 そして、きっとこの《星》でのひとときは

 次の旅への力となるのだろう

 また休みたくなったときはこの《星》へ


 素敵な素敵なお茶会は

 いつでもいつまでも開かれているのだから

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