第33話:お茶会では話に花が咲き

「おいしーい! このプチガトーショコラ絶品!」

 気がつけば、最初に出てきたセットのトレイはすべて空になり、スイーツセットの追加注文が入っている有様だった。

 今回はクッキーやマカロンなどを中心に、タルトやミルフィーユ、今食べているガトーショコラなど、ケーキアソートが並んでいる。

 キズナは、紅茶と少しのスコーンを食べたあとは、さすがに仕事モードが帰ってきたらしく、食べることについてはリタイアしている。

 今は私とウォッチさんが、ひたすらにお茶とお菓子をおかわりしながら、お話をしているような状態。

 それにしてもこの《星》は本当に恐ろしい。

 だって、食べたいと思ったお菓子は、どんな注文でも即座に出てくるし(試しに頼んでみたら、お饅頭や杏仁豆腐なんかも出てきた。もちろん味も最高)、飲み物だってお茶に限らず、ピリッとショウガの効いたジンジャーエールや、フルーツシロップの炭酸割り、もちろんお茶の種類も様々出てくる。

 食べたいもの、飲みたいものが、要望に応じていくらでも湧いてくる。そして、なぜかお腹が一杯にならないから、本当に無限にお茶会が続けられるのだ。

 セリモさんに聞いてみたところ、数日どころか数ヶ月以上もお茶会を続けているグループもいるらしい。

 またスタッフとして見えるのはセリモさんだけだけど、お話相手がいない人には、《星》の用意したお話相手も来てくれるんだって。おそろしやお茶会の《星》。

 これは強制力こそないものの、もう蟻地獄なのでは。

 なんて、思ったりもした。


 さて、私はと言えば、ウォッチさんとの話が弾んでいた。さきほどの怖い雰囲気はどこへやら、やはり社長なんてものをやっている人の会話力というか、コミュニケーション能力はすごい。あと、食べる量もすごい、いくらお腹にたまらないからと言って、食べ過ぎでは無かろうか。私といっしょにずっと食べて飲んでいる。

 人のことはいえないけど。

 私は、ここまでの《星》の話をいろいろ語った。

 雲の道の《星》については、雲の感触をあり方を堪能した話や、そして、雲の《星》のコアと出会い、雲の《星》に新しい名物を誕生させた話を語った。

 おもちゃ箱の《星》については、いろんなおもちゃをひたすら楽しんだことや、無くしたおもちゃを探す人の探し物に付き合って、《星》から過去を映す映写機を借りたことなんかを、全力で話してしまっていた。

 きっと整理もされていないつたない話ではあったが、ウォッチさんは、私が話すたびに驚いてくれたり、興味深そうに質問してくれたりと、話したい心をくすぐる話術で情報を引き出していた。

 そして、それだけではなく、ウォッチさんの話もしてくれた。

 《マボロシの海》で不安に思う人を楽しませたくて、幻想旅行社を作った話や、まだ社員がいない頃に、ツアーガイドをした話。そのときにガイドした、虹の上を歩ける《星》の話や、スノードームの中を形にした《星》の話は、私もいつか行ってみたいと強く思った。

 キズナに念のため聞いてみたけど、今回のツアー日程には入っていないらしい。残念。


「この《マボロシの海》は願いで出来た世界。強い願いの数だけ《星》はあり、願いが生まれればそこに新たな《星》が出来るのです」

「《星》が生まれることもあるんですね」

「ええ、めずらしくもありません。たまにこの世界に別の世界から流れた流星が落ちることがあります。それが《星》の種といえるでしょう。それは願いを核とし、願いに集まった人たちの思いによって、成長していくのです。どんな《星》になるかは、中心となる願いと環境によるでしょうか」

「へえ、願いが強くても、かならずしも願った形になるとは限らないんですね」

「その通り。願いの解釈は意外に違うものなのです。その差がときに《星》を歪ませる。スフィアさんも経験されていることでしょう」

 ああ、その通りだ。

 雲の道の《星》は、雲の上から世界を見せるという思いを実現できずにいたし、おもちゃ箱の《星》は、すべてのおもちゃがある《星》にはなれていなかった。

 完璧では無かったんだ。

「完璧に願いを叶えた《星》って少ないんですか?」

「いえ、そんなことはないですよ。《星》のコアの力によって、その思いを完璧に叶えている《星》がほらここに」

「え?」

 私が一瞬理解できないでいると、

「お茶のおかわりはいかがですか、紅茶も、別の茶葉をお試しいただくと、フルーツ系のお菓子と相性がよいものがございます」

 セリモさんがいつの間にか、そばにいて声をかけてくれていた。

「ああ、この《星》がまさにそうと言うことですね」


 セリモさんがすごいのは、このお茶会では、望めば別に注文しなくてもでてくるのに、話が詰まったり、聞きたいことがあるときにはそばに現れてくれるところ。

 どこまでもかゆいところに手が届くんだ。

「あ、じゃあ、おすすめの紅茶をお願いします」

「承知いたしました」

 そういった途端、目の前には香り高い紅茶が現れている。なんだか、すべての願いが叶ったかのような錯覚に陥る。

「あの、セリモさん」

「スフィア様、なんでしょうか」

「この《星》は、コアであるセリモさんの望みは叶えられていますか?」

 その言葉に、セリモさんは少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。

「ええ、はい。そうですね。この《星》は私のなりたかった姿を実現できている。そう思っています。あらゆるお茶会を再現し、それを越えるサービスを提供し、いつまでもこの《星》でお茶会を楽しんでいただける。日々の光景が夢のようです」

 その言葉には全くくもりないように思えた。これまでの《星》でみた歪みも違和感も全くない、ああ、これが純粋に《星》の願いが体現された場所なのか。


「なるほど、わかりました」

「でしょう。こう言う《星》の方が多いんです。むしろこれまでのスフィアさんの訪れた《星》が珍しいくらいですよ」

「そうなんですね……」

 なぜ私はそんな《星》ばかりを旅したのか、それは果たして偶然なのか。少しだけ引っかかった。

 私が考え込んだからか、これまで沈黙していたキズナが口を開いた。

「セリモさんは、人と話が出来るんですね。正直僕はあなたが《星》のコアだと知りませんでしたから、おどろきました。スフィアの件があるまでは、《星》のコアがしゃべることや、人と意思疎通できるなんてことすらしりませんでしたから」

「普通は《星》のコアはだれかと意志を交わすことは無いと思います。願いを形にすることが本質であって、交流や他の世界の理解を目的としないからです」

「それならばなぜ」

「私の願いの形がお茶会の成立だったからでしょう。お客と話が出来ないと、望みも理解できず、お客を楽しませることも難しいですから」

「なるほど、セリモさんは、成り立ちからして特殊なのですね」

「他を知りませんが、そういうことかもしれません」

「失礼なことを聞いて済みませんでした」

 キズナが頭を下げる。

「いえ、お気になさらず。それよりも、キズナ様も何かお召し上がりになりますか? ひょっとして紅茶よりもコーヒーがお好みなのでは? もちろんコーヒーも最上のものをご用意していますので、よろしければ」

 キズナが少し驚いていた。図星らしい。ここまでずっと私に合わせてか紅茶を飲んでいたのに。

「あの、その通りです。ちょうど飲みたくなっていたところなので、よければ一杯」

「かしこまりました。あわせてカカオ強めのチョコレートを添えさせていただきますね」

 キズナの目の前に、深い琥珀色の飲み物と、添えられた小粒のチョコが置かれている。こうやって、客の嗜好もつかめるのは、コアとしての力か、それとも言葉によって得られた観察眼か。

 

 セリモさんが私たち全員を見渡して言った。

「お客様、このお茶会を楽しんでいただいていますか?」

 私は答えた。

「はい! 最高のお茶会を楽しんでいます」

 私の心からの言葉。

 その言葉に、セリモさんは微笑んでいた。

 コーヒーを飲んでいるキズナは、子供が無理して大人ぶっているようで、少し可愛かったのは秘密にしておこう。

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