第30話:お茶会の《星》の幻想のお茶会

 お茶会のスペースのことは『ガーデン』と呼ばれているらしい。

 花の咲き誇る生け垣で囲まれたガーデンの中には、無数のお茶会用テーブルが置かれていた。

 どのテーブルも人がたくさんだ。

 果たして、私はお茶会にありつけるだろうか?

 状況次第では、キズナも言ってたように他のお客と相席ってかたちになるのかしら。正直私はそれでもかまわなかったけど。

 見ると、ちょっとした視界内だけでもそれぞれのテーブルには、いろんな人がいて、いろんなお菓子とお茶を楽しんでいるのがわかった。

 私のように普通の人間型の人もいるし、上品なドレスを着込んだ猫のような顔をした人や、タキシードを着た鳥のようなお客もいた。

 なんなら、この前訪れた雲の街の住民らしき、ふわふわの雲の人型もお茶会を楽しんでいるようだ。あの《星》から出ても特に問題ないんだということに少し驚いていた。

 お茶会の様式も様々だ。ティーカップとティーポット、それにお皿に盛られたスコーンのような焼き菓子を頬張りながら、緩く楽しんでいる人もいれば、数段重ねのお皿の各段に、プチケーキやクッキー、シュークリームなんて、種々様々な小さなお菓子を美麗に盛り付け、優雅に楽しんでいるお茶会もある。

 かと思えば、サンドイッチを大皿に盛り付け、みんなでぱくつきながらカードゲームに興じている集団もいる。

 どれも趣が違って、どれも楽しそうだ。

 私が楽しむのはどれにしよう。


 さらにキョロキョロしていると、ガーデンの向こう側、生け垣で区分けされている向こう側に、草葺きの屋根の建物が見えた。小さな建物で華やかさは無いが、なんとも落ち着く雰囲気を醸し出していた。

「キズナ、あれは何の建物?」

「ああ、あれは茶室って呼ばれている建物だよ。グリーンティーと砂糖菓子や甘く煮た小豆を練ったお菓子を楽しむことが出来る場所。礼儀作法に少し厳しいけど、その分、静かな空気感と、心が引き締まる感じが楽しめるってことで人気が高いんだ」

「へえ、堅苦しいのは苦手だけど、少し興味あるわね」

「和の雰囲気って言うガーデンエリアだよ。似たような雰囲気を楽しみたいなら、もう少し向こうに行けば、川の横で赤い布を引いたベンチのような椅子で、グリーンティーとお団子を楽しめる、フランクな場所もある。初心者はこっちがおすすめかな」

「いいね、それも。わあ、ほんとにいろいろあるんだね。迷うな」

 お茶会と一口に言っても、こんなに雰囲気が違うとは思わなかった。どれも楽しそうで、どれも美味しそう。

 困った。選べない。

「スフィアが選べないなら、ベーシックにアフタヌーンティー形式はどうかな?」

「それはどんな感じ?」

「さっきスフィアも見ていたよ。紅茶を楽しみながら、お皿を数段に重ねたティースタンドに、サンドイッチや、ケーキ、スコーンやクッキーなんかのプチガトー系がのせられたセットを食べる。軽食とお菓子で午後を優雅に楽しもうっていう形式さ。いろいろ食べられるし好みやお腹の具合に任せて選べるから、今のスフィアにちょうどいいんじゃ無いかな?」

「それいいね! アフタヌーンティーにする。楽しみ!」

 なんと心踊る提案だろう。いろいろ目移りしている私に、選択肢を与えてくれる形式なんてものがあるなんて。

 ああ、何が食べられるのかしら。

「そう言うと思って、席をリザーブしてあるんだ。人気の形式だからね」

「すごい! キズナありがとう! さすが有能ツアーガイド!」

 心から褒めたつもりなのだけど、キズナは微妙な顔をしていた。

「なんだか、スフィアにそこまで褒められると、裏か皮肉を感じるのは気のせいかしら」

「失敬ね。純粋な讃辞よ!」

「今日はそう受け取っておくよ」

 私のテンションが上がりすぎていることに、やはりキズナが少し引いているようだ。だって、お菓子とお茶だもの仕方ない。


「あっちだよ」

 キズナが私の前を飛びながら先導してくれる、

 少し高いところを飛んでくれているので、人は多い我が迷う心配は無い。

「あそこさ」

 キズナが指さした先は、茶室がある方向とは逆のガーデンの端の方のテーブルだった。

 そこは他のエリアと違って、他のテーブルと離れた少し静かな空間になっていた。きっと静かにお茶会を楽しみたいという希望も多いのだろう。

 この静かさは悪くないと思った。

 生け垣にはバラが咲いている。赤いバラ、白いバラ、黄色いバラ、様々なバラが、消して雑然とせず上品なままに咲き誇っている。よほど丁寧に手入れされているのだろうなと思う。

 この雰囲気にもいやがおうにも期待が高まる。いや、期待以上に素敵なお茶会を楽しめそうな雰囲気だ。

 テーブルは他のと同じラウンドテーブルで、テーブルには質の良さそうな白いクロスがかけられている。

 そしてそこには、一人の客が座っている。

 あれ? キズナは予約していたと言っていたような。先客がいるようだけど……。

 そう思ってキズナを見ると、キズナも不思議そうに首をひねっている。

「……あれ? ツアーの名前で予約は入れているはずなんだけどな。相席の相談も受けていないし……。なにかのミスかな」

 そんなことを言いながら、キズナがすーっとテーブルに向けて速度を上げた。先に状況を確認しようと言うことだろう。状況がわからない私も、あとからゆっくりとついて行く。

 少し先のキズナが何か先客に話しかけようとしたようだが、その瞬間にびくっと動きが固まったのが見えた。

 急に動きが硬いものになっている。私は不思議に思って少し走った。

 テーブルのところまで辿り着くと、キズナはその先客と私の方を交互に見ながら、なんだかしどろもどろ。

「いや、スフィア。あのね、これは……」

 何を言っているのか要領を得ない。

 先客の方を見ると、タキシードを着たウサギ紳士がそこにいた。スマートなからだにタキシードが実にはまっている。赤い蝶ネクタイに高そうなタイピン、ポケットから見える白のチーフがおしゃれだ。片眼にモノクルをかけていかにもおとぎ話に出てきそうな風体。ポケットから出ている鎖はひょっとして懐中時計なのだろうか?

 テーブルには黒のシルクハットが置いてある。

 やりすぎなくらいに、はまっているウサギの紳士だ。

 上品でかつ上流階級な匂いがする。

「やあ、お嬢さん。はじめまして」

 ウサギ紳士が立ち上がって大仰にお辞儀をした。

「あ、ええと、はじめまして、私は……」

 私もつられてあいさつをする。そして自己紹介をしようとした次の瞬間だった。

「スフィアさんですね。存じ上げております」

 私は盛大に驚いた。

「え? なんで私の名前知ってるんですか?」

「それはもう、噂はかねがね」

 ウサギ紳士はにっこりと笑顔を浮かべてこちらを見ている。少しだけうさんくさい。


 私は戸惑っていた。記憶をなくしてから知り合いなんていなかったのだが、ひょっとしてこの人は、なんて考えたが、どう考えてもこんな知り合いはいなかったと思うのだ。たとえ記憶をなくしていてもそれはなんとなくわかる。

 そこでキズナが、おずおずと割り込んできた。

「えっと、スフィア……。この人はね……」

「キズナ知り合いなの?」

「知り合いというか何というか……。ここにいるはずが無い人というか……」

「なによ、はっきり言ってよ」

 私の言葉で、キズナのなにかがふっきれたようだ。

「この人、いやこの方はね。僕の所属する幻想旅行社の社長なんだ……」

「え?」

「申し遅れました。私、幻想旅行社代表のウォッチと申します。いつも弊社のツアーをお楽しみいただきありがとうございます。どうぞ以後、お見知りおきを」

「え? 社長……」

「はい、社長をやっております」

「嘘でしょ! 何で社長なんて人が私のところに!?」

 私の戸惑いの叫びが、お茶会の《星》にとどろいた。

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