第3の旅:お茶会の《星》

第29話:お茶会の《星》でひとやすみ

 ゆられている。

 やさしく、そしてやわらかく。不規則な揺れだが、それは決して不愉快ではない。

 自然で心地よくて、少しの眠気を誘うそんなゆれ。

 風は涼しく頬をなで、今私がいる場所が、海の上だと体に伝えてくれていた。

 そう、今私は船の上にいる。

 ここまでの旅のように、星間列車ではなく、《マボロシの海》をゆく星間連絡船の中にいた。

 私は、船のデッキで風に吹かれているのだ。

 キズナから告げられたツアー、次の《星》はお茶会の《星》。

 船に乗ってから聞いたキズナ情報によると、お茶会の《星》は、これまでのように列車の駅の回りにある観光地では無く、独立した島になっているんだそうな。

 回りには《マボロシの海》の中でも、特に海としての存在概念が強く出て、たゆたう水があたりをまさに海のように流れをつくる幻流海というエリアになるらしい。

 そのため、お茶会の《星》のメインとなる島には、幻流海を渡っていかないと、たどりつくことができないらしい。

 まあ、要は星間列車ではいけない場所にあるということだ。

 船の旅は本ツアーでははじめてだけど、悪くないと思った。なにより、穏やかなこの幻流海は、優しい波の揺れがとても快適で、船酔いもまったくないのがすばらしい。

 海を漂うこの感覚は、やはり強く『旅』を感じさせる要素だ。海はそれまでの場所と、行き先の場所を明確に隔てるそんな力があると私は思う。

 いってみれば、海は異界なのだ。

 世界自体が異界の《マボロシの海》でいうことではないかもだけれど。

 そんなこんなで私は快適な移動を満喫していたりした。

 列車も好きだけれど、船の旅も悪くない。

 こんなにいろんな経験が出来る、このツアーは素敵だなと3つめの旅の地にして、強く感じていた。

 やるな幻想旅行社。


 さて、次のお茶会の《星》は、これまでのように観光目的が主じゃなくて、休憩というか幕間というか、いってみれば一休みって感じの行程らしい。

 私はと言えば、次のメインが、美味しいお菓子とお茶というところで、テンションが上がりまくっている。

 なんとも心躍る《星》の名だからである。

 だって、お茶会だよ!

 お茶会と言えば、美味しいお菓子と、美味しいお茶、そして静謐な空間と、素敵な会話が、時間を演出するそんな会のこと。

 楽しみじゃ無いわけが無い。

 正直、雲の道の《星》もおもちゃ箱の《星》も、食事は添え物程度だったから。雲飴くらいかな?

 甘いものや、優雅な食事に飢えていた面があるのは否めない。

 何が食べられるのか、どんなお茶会が楽しめるのか、空想はひろがるばかり。

 そんなことを考えていると、いつのまにか業務連絡があると言って離れていたキズナが戻ってきていた。

 ぬいぐるみのように小さな体に、丸くて深いキャスケット帽と、大きな肩掛け鞄。この旅のマスコットくん。

 それでいて仕事熱心でクールなキャラクタというギャップが面白い。

「今回は移動中に寝ないんだね、スフィア」

 キズナは、すーっと飛んでくると、船の縁に腰掛ける。

 なにやらタブレットを抱えていたところを見ると、連絡をそれで取っていたか、次の行程を確認していたのか。

「まあね。正直今回は楽しみで気分が高まっていて、眠気がやってこないわ」

「ふうん、珍しいことがあったもんだね。よほど次の《星》が楽しみなわけだ。ありがたいことで」

 キズナの皮肉げな言葉も、もうすっかり慣れっこ。

 悪意が無いのはわかっているし、たぶん他のツアー客にはこんなこと言わないんだろうと思っている。

 私に合わせてくれてるんだ。

 きっと、この世界どころか、自分の記憶の中にすらによりどころをもたない私に、暗いことを考えさせないようにしているのではとにらんでいる。

 きっとキズナは真面目で根が優しいのだ。

 そう気づいてからは、この口調はむしろ微笑ましく思えて、少しだけど私も心を開くようになってきた。

 まあ、キズナに言わせれば、スフィアが気を遣っていた瞬間なんてない!っていうだろうけど。

 だから私は、自分の素直な気持ちでこう言う。

「楽しみに決まってるでしょ! だってお茶会! やってみたい! 美味しいお菓子、美味しいお茶!」

 私としての、偽る事なき本音で返す。しかも全力で。

「う、うん、そこまで楽しみにしてもらえてるならよかった」

 おっとテンション上げすぎた。キズナが少し引いている。 でも、旅の楽しみはお上品にして遠慮していてもきっと得られないものなんじゃ無いかって思っている。

 一度旅に出た以上は、心のゆくままに楽しむのがきっと正解なんじゃ無いかな。


 星間連絡船は、幻流海を波に揺られながら進む。回りに何見えないからスピードはいまいちわからないけど、深い青、そして濃い紫の海に揺られる船は、とても幻想的で夢の中を漂っているように思えた。

 やさしい波と船がぶつかることで、できるしぶきはキラキラと星屑が散るように輝いていて、海でもあり、夜空でもあり、そんな不思議な気分にさせられる。

 風がとても、本当にとても気持ちいい。

 星間列車の揺れも好きだったが、星間連絡船のこのやさしさはゆりかごの中にいるようで大好きだった。

「見えてきたよ」

 キズナが指を指して教えてくれる。

 その方向を見ると、島の影が見えてきていた。

 確かに事前に言われていたように、あまり大きい島まではなさそうな感じだ。少しの木々と、幾ばくかの小さな建物がうっすら見えてきた。

「あそこがお茶会の《星》なんだね。あと少しだ」

「ああ、程なく着くよ。おさらいになるけど少し説明しておくね。お茶会の《星》は『いつでもいつまでも素敵で楽しいお茶会を』という願いがコアになっている。わかりやすくいえば、島中のあらゆるところでお茶会が楽しめる。しかもあらゆるタイプのお茶会が」

「あらゆるタイプ?」

 お茶会ってそんなに種類があるのかしら、つたない私の記憶と知識ではその辺りはよくわからない。

「うん、この《マボロシの海》につながるあらゆるタイプのお茶会が展開されているんだ。まあ、言ってみればわかるよ。綺麗に区画整理はされているけど、正直ちょっとカオス」

「そ、そうなんだ。ちょっとイメージと違いそう」

「でも、いって楽しめることは保証するよ。スフィアが期待している、お茶会は間違いなく楽しめる。お茶もお菓子もね」

「それならいいの、でも他の種類のお茶会ってのも気になるけど」

 わくわくがまたも私を襲う。これだけ旅をしてきても、新しいわくわくがやってくる《マボロシの海》恐るべし。

「《星》の中では、たくさんの観光客が至るところでお茶会を楽しんでいるよ。一人で楽しむのもよいし、他のツアー客に混ざって楽しむもよし。要は自由なんだ。好きな方法で好きな時間を楽しむのがここのコツ」

「いいね、そう言う自由なのって大好きよ」

「だろうね。スフィアの興が乗るなら、他の客と話してみるのもいいかもよ」

「うん、やってみる」

「まあ、君はコミュニケーション能力が異常に高いので、その辺は心配していない、好きにすればいい」

「それは褒めてるの、けなしてるの」

「言葉通りにとらえるといいさ」

 キズナはひょうひょうと受け流す。


「さ、そろそろだよ」

 言われてみてみると、お茶会の《星》はもう目の前に来ていた。あれだけ小さかった島だが、ここまで来るとそこそこ大きく見える。

 船着き場が見える。

 たくさんの他の星間連絡船があるが、きっと他のお客のものなのだろう。かなりの人数が来ていることがうかがえた。

 そして、きっとお茶会を楽しむ人の声なのだろう。波の音に混じって、賑やかな声があちこちから聞こえてきていた。

 私たちの船は、ゆっくりと速度を落とし船着き場に停止する。島の係員のような人が、船を固定し、手を差し出してきたので私は、その手に捕まって船からえいやっと、陸に上がった。

 少しだけ船の揺れが体に残っていて、地面が揺れるような感覚はあったけど、それも一瞬だった。

 なぜなら、そこには……

 はてしなくひろがる。お茶会の広場が展開されていたからだ。

 無数のラウンドテーブル。そして、上品な造りの椅子、そこに集う人たち。

 香ばしく甘い焼き菓子の香り、爽やかな紅茶の香りが花をくすぐる。

 私はこの空気だけで、感動に打ち震えていた。

 ここが、お茶会の《星》!

 他のお客がいなければ叫びだしたいくらいだ。

「どうだい?」

「もう楽しみで仕方ないわ!」

「それはなにより、ではあらためて。スフィア様、ようこそお茶会の《星》へ。この《星》での素敵な旅をお楽しみください」

 キズナの声が素敵な誘いに聞こえていた。

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