静かに喜びを分かち合う二人
◇
「あぁー、陽愛たんは可愛いねぇー」
「あうー」
「もう、あなたったら陽愛ちゃんにメロメロなんだから…… うふふっ」
週に一度か二度、ユアの実家に遊びに来ては、義両親に初孫であるヒメを可愛がってもらっている。
『目に入れても痛くない』っていうのはこういう事を言うのか、というくらいお義父さんはヒメを溺愛していて、何かと理由をつけて俺達を実家に泊まらせようとしてくる。
それで今日はお言葉に甘えてユアの実家に泊まらせてもらうことになっていた。
それ以外にもたまにヒメを預かってもらう事もあるし、義実家との関係は良好だ。
「んふふっ、ヨウ……」
娘を可愛がってもらっている様子を微笑みながら見守り、最近はヒメの特等席となっている俺の膝の上に今がチャンスと言わんばかりに座り、ベッタリと背中を預けているユア……
「やっぱりここが落ち着くわぁ」
母になっても相変わらず甘えん坊な最愛の妻、ユアを後ろから抱き締めながら、この幸せな光景を眺めている。
そしてしばらくすると、眠くなってきたのかぐずり始めたヒメを、お義父さん達が慌てて寝かしつけようとしているのを微笑みながら眺めていたら…… 俺のスマホが鳴った。
画面を確認してみると…… 夏輝さんだ…… こんな夜に電話してくるなんて珍しいな。
「もしもし」
『…………・・・ ……ーーの、…………』
んっ? 返事がないし、ガヤガヤしているのだけが聞こえる…… 何だろう?
「もしもーし…… 夏輝さん?」
『……ーーーー ……・・から、………… ーーです……』
プツプツとだが声は微かに聞こえる……
「ヨウ、誰からの電話?」
「ああ、夏輝さんからなんだけど何を言ってるか聞こえないんだ、間違い電話かな?」
「そうなの? ……スピーカーにしてみて」
「うん……」
スピーカーに切り替えても変わらないと思うんだけど、もしかしたらユアなら聞き取れるかもしれないし、ユアにも聞かせてみよう。
『ーーーすよ、…………丈夫 …………ーー・・』
「本当に聞こえないわね、間違い電話かもしれないし折り返したら?」
「その方がいいかも……」
そして一回電話を切ろうとした、その時……
『…………んで、鎌瀬さ…………』
えっ? 今なんて……
『………… 鎌瀬さん………』
そして『鎌瀬』と聞こえた瞬間、俺とユアは顔を見合わせ、ヒメを義両親に任せ、慌てて義実家を飛び出した……
…………
…………
「……で、あたし達はここに来たってわけ!」
◇
唯愛の姿を見た私は、今までの緊張が解けたのか、一気に身体の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
あぁ…… 恐かった…… 凄く…… 凄く恐かったぁぁぁー!!
恐怖でガクガクと震える身体…… 嫌な汗が吹き出して、油断するとおもらししてしまいそうなくらい恐かった…… でも……
「あらら…… お姉ちゃん、派手にやったわね」
頭を床に付けお尻を突き出すような姿勢で気絶する鎌瀬とかいう男と、急所を二度殴られ泡を吹きながら気絶する男を見て…… 『やり過ぎた!』という思いと同時に『最悪な未来を回避出来た』という嬉しさが込み上げてきた……
「うぅっ、唯愛ぁぁ…… 来てくれてありがとう…… あっ! 夏輝! ……夏輝はどこ!?」
そうだ! 最後に見た時にはグッタリとしていた夏輝…… 夏輝は無事なの!?
「……大丈夫ですよ咲希さん、ちょっと意識は朦朧としてますが無事です」
陽くんも来てくれたの!? そして陽くんに肩を担がれるように立っていたのは…… あぁ、夏輝ぃ…… 良かった…… 良かったぁ……
「さ…… き……」
「あぁぁぁ…… 夏輝ぃぃぃーーー!!」
足がもつれながらもフラフラと夏輝に駆け寄り…… 無事を確かめるようにギュウっと抱き締めた。
「咲希…… ごめん…… お、れの…… せいで……」
「ううん! 夏輝のせいじゃない! 夏輝のせいじゃないからぁぁー! うわぁぁぁーん! 良かったぁ…… 無事で良かったよぉ……」
…………
…………
◇
『絶対に守るから』
そう言いながらも咲希を危険な目に会わせてしまった。
まだ意識がフワフワとしているし身体に力が入らない状態だが、抱き着き泣きじゃくる咲希を、今持てる精一杯の力で抱き締めた。
食事会の途中、酔いと似たような状態に急激に襲われた俺は、咄嗟にスマホで咲希に電話をした…… つもりが、間違えて陽くんに電話をかけていたみたいだ。
ただそれが良かったのか、陽くん達が早く助けに駆け付けてくれたおかげで、こうして咲希が無事で居てくれた……
「……あとは私達に任せて欲しい ……大丈夫、あなた達にとって悪い結果にはならないと約束する」
咲希を襲おうとして返り討ちにあった…… らしい鎌瀬と春日は、その後すぐに我が家に訪れた、凄く身長が高くて、でもいつ現れたかも分からないくらい存在感の薄い、少し不気味に感じる『ヤエさん』と呼ばれていた女性と、同じく一緒に現れた黒のスーツを着た少し恐い男女二人にいつの間にか家の前に停まっていた黒の高級車でどこかに連れて行かれた。
正直怪しい人達だったから心配だったし、事件だから警察に連絡した方が良いと思ったのだが、この人達は唯愛ちゃんが連絡して来てもらったみたいで、以前二人もこの人達にお世話になったらしい。
唯愛ちゃん曰く、この人達に任せて置けば、今後俺達がまた危険な目に会うような事にはならない、と言われて…… 今は頭がぼんやりして身体も動かないし、それよりも今は咲希の方が心配だったというのもあって、唯愛ちゃんの言うことを信じてあの二人への対処を彼女らに任せた。
「とりあえず今日は朝まであたし達がリビングに居るから、お姉ちゃん達は寝室で休んでいて? ……あとどうなったかはすぐに向こうから連絡があると思う」
向こう? それは誰の事を言っているのかよく分からないが……
「なつきぃぃ…… うぅっ…… よかったぁ…… こわかったぁ…… なつきぃぃ……」
とにかく、今は咲希の情緒が不安定になっているし、唯愛ちゃん達の言う通りにして休ませてもらう事にした。
◇
「夏輝……」
あの男達の話していた内容から、夏輝は食事会中に何らかのクスリみたいのを飲まされてしまったんだと思う。
まだ少しふらついていたので、寝室にあるベッドに夏輝を寝かせて…… その隣で私も夏輝を抱き締めながら横になっていた。
「恐かったよな…… ごめんな、咲希」
さっきから夏輝は何度も何度も私に謝ってくるが、こんな予想出来ない事態が起こったんだから、夏輝が謝る必要はない……
「うん、恐かった…… でも……『夏輝と幸せな未来を過ごすために』って思ったら、無意識に身体が動いちゃったの、えへへっ」
結果、恐い思いはしたけど、ジムに通っていて良かった…… いや、ジムだけじゃない、貞操帯やスタンガンなど色々と防犯グッズを買ったり、最悪な未来を警戒して今まで準備していたのも良かった。
そして何より……
「それに、夏輝にいーっぱい愛してもらえたから…… 助かったんだよ? だから夏輝のおかげだし気に病まないで?」
今回、夏輝の直筆サインがあったのが一番大きかったと思う。
えへへっ、夏輝専用だって一目見て分かるくらい、毎日書いてもらって良かった……
「ところで…… 咲希?」
「んっ、どうしたの?」
「……さっきからどこを触ってるのかな?」
えっ? ……何を言ってるの?
「……満足美味しいん棒だよ? 分からないの?」
ま、まさか! クスリのせいで感覚がないとか!? た、大変! それじゃあ夏輝がマン満足出来なくなっちゃう!
「いや、感覚はあるけどさ……」
分かるの!? ……ふぅー、ビックリしたぁー。
……よく考えたら、感覚がないのはおかしいよね、ピンピンしてるし。
「疲れてるだろ? リビングには唯愛ちゃん達もいるし、だから大人しく寝……」
そっか! 唯愛達がいるんだった!
うぅー、恥ずかしい……
恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたい……
んっ、入りたい? 入れたい? どっちだったかなぁ?
「あっ! コラッ! 咲希……」
ふーん…… 美味しいん棒くんは入れたい派なんだね、ヨシヨシ…… 今、良い子良い子してあげるからね……
「夏輝…… 愛してる……」
そして、私達は最悪な未来を回避出来たことを…… 声を出さないようにしながら静かに喜び合った。
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