第49話 快晴の日
「今日はオカルト雑誌ですね……えっと『人狼か?荒野に降り立った宇宙船、焼け爛れた死体が意味するものとは』ですって。モザイクかかってるけどミイラ載ってます」
「それは焼死体だろう」
今日、ベルトコンベヤが運んできたのは一冊のオカルト雑誌であった。
表紙には荒地に鎮座する一隻の船の写真が掲載されている。発売日を見るとこれは先日発売されたばかりであり、雑誌自体も心なしか状態がいい。
道端に落ちている本というと大半が雨に濡れていたり、土や泥で汚れていたりと何かと良いイメージが持てないアキであったが、これに関しては及第点だ。
雑誌を手に取りパラパラとページを捲ってみると──今回は「人狼事件」の特集号なのであろうか。どのページでもこの船と乗員のことが書かれている。
「人狼ってあの人狼ゲームの人狼でしょうかね。村人陣営と人狼陣営に分かれて毎日一人食べられて一人が追放されるっていう。私人狼かなり弱いんですけど」
「ただの異星人だ」
「じゃあなんで人狼なんて呼ばれているんでしょう」
アキは死体の写真がカラー印刷されたページを捲るとそのまま環に差し出した。
すっかり焼け焦げているが、死体はあくまで人型。特徴的な部位も見られなければ記事によると衣服や装備品の類も見つかっているという。性別は男性らしい。
発見された遺体はこの死体だけで他に船員はいなかった。
「役人共がこいつを発見した場所は船の甲板だと」
「うーん……変ですね。船体がボロボロですし、墜落して火事で亡くなったってわけでもないんでしょう。この人はわざわざ甲板まで出てきてるわけですし」
「回答を読むか?」
「あっ!言わないでください。今回結構いい線行ってると思うので」
甲板で火災が発生したとして船も服も無事ではいられないだろうが、人狼の衣服が焦げている様子は無い。
白いのブラウス、茶色いズボン、革製の手袋にブーツ……身に纏う服飾品は所々荒野の砂で汚れてはいるものの状態としては悪くない。スラムにこの死体が落ちていたら住民達が挙って衣服を剥ぎ取っていくだろう。全体的に露出の少ない服装だ。
記事の言う「焼け爛れた死体」というのは顔と首を差している。部分的な火傷とも言うべきだろうか──死体の顔は原型を留めぬほどに皮が捲れ、目も当てられない状態になっている。膨らんでいるのか、剥がれているのか。或いは泡立っているのか。これが皮膚であることを忘れてしまいそうになるほど凄惨だ。
「昔習った難病の一つにこういうものがありました。強い紫外線に当たると皮膚に赤い発疹や水膨れが出たり、発熱する人がいるって。皮膚に出来る発疹が狼に噛まれた痕に似ているから地域によっては変わった呼び方をするみたいですけど」
「異星人は紫外線に弱いと思うか?」
「思いません。彼等が光に弱いならとっくに私達は戦争に勝ってます」
この国における難病にも似たような症例は存在する。
然しながら仮にこの船員が難病患者であったとして──わざわざ慣れない環境に出奔する理由が分からない。そして異星への渡航手段を持たない国の住民としての意見ではあるが、渡航手段としては極めてアナログだ。
国の役人達ならともかくアキのような一般市民に船の知識はない。あるとすればSF映画で見に着けた情報だけだ。それにしても医療ポッドが搭載されているのか、船医が乗船していないのか……等々疑問が湧いてくる。
たまたま重病の異星人が一人でこの星へ渡ってきた、というイレギュラーで済ませていい問題なのか。頭を悩ませているアキの隣で環が口を開いた。
「そういう種族がいるんだ」
「なんだか弱そうですね」
「人を食えば百人力だ。故に奴隷としての需要が非常に高い」
「強いのに奴隷になるってのは変な話ですね。そんなに強いなら上手いことやっていけると思うんですけど」
環曰くこの種族は強いのだそうだ。
人間と変わらない姿を持ち、血肉を食べることで本領を発揮出来る生物。一見すると吸血鬼のようでもあるが……彼等のように動物を操ったり、人に暗示をかけたりといった魔法めいた行いが出来る訳ではないという。変身も出来なければ血を武器にして戦うことも出来ない。
その代わりにとにかく怪力。これに関しては吸血鬼や鬼といった実在するかも分からない生物の特徴にも共通するが、彼等はその中でも力に特化した種族でこれといった急所も無く打たれ強く丈夫であるという。
ただ彼に言わせれば武器に頼らずに戦闘が出来る──アキは「それがどうした」と言いたくなったが、宇宙環境にはこちらの知らない勝手とやらがあるのだろう。
だからこそアキには彼等が他種族の奴隷になる理由が理解出来なかった。
「そうだ。群れられたら俺達に勝ち目なんてない」
「ならどうして異星どころかウチにすら攻めてこないんですか」
「団結出来ないから。奴らは自分の村も街も当然国だって持たない。持てないんだ」
独自の文化を持つことは強さと同義である。
彼等の歴史は賽の河原のようだと環は言う──脅威となる者が存在するなら、他がすべきことは彼等に文化を持たせないことだ。技術、文化、歴史というものは礎が無ければ築くことが出来ない。故に他の異星人達は彼等を排斥し続け、現在に至るのだそうだ。
生まれた時から自国の文化を当然のように享受してきたアキには到底理解の及ばない話であった。兵器をばら撒かれたとしても、地元が仮に滅んだとしても、隣のセクターに行けば人間としての暮らしを続けられるのだから。
「だとしたら血迷ってこの国に逃れてくる人がいたとしても不思議では無いのかもしれませんね」
「ああ」
「でも運よく別の星に来れたわけじゃないですか。この人だって夜を待っていれば行動出来たでしょうし、なんでわざわざ甲板になんて上がっちゃったんだろう」
こんなの控えめな自殺じゃないですか。
──もし、自分が同じ立場だったとしたらどうするだろうか?これでも既に一度家族も故郷も失っている身だ。アキの場合はまず地元を出て、各地を転々として……偶然フェノム・システムズへ辿り着いた。
「絶望したから?」
死ぬ気なら、わざわざこの国に来る必要は無いはずだ。
結局、何に生まれたとしても生を望むのであれば転々とするしかないのだろう。悪く言えばなるようにしかならない。致命傷になると分かっていて尚、その行動を取る理由がアキには理解出来ないままであった。
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