第21話 季節を分かつ
アキと環は一日の大半を職場で過ごす。
アキの場合は寮の部屋に帰ってからわざわざ長い通路を通って地上へ出てまで買い物をすることは滅多にない。社内には自販機が充実しているし、住民宛ての荷物は郵便受けに投函される。大型の荷物が届いた時のみ例外的に呼び出しがかかるとは聞いているが、退職するまでに自分に大荷物を送る人間などいないだろう。
この施設で生活を始めてからは八割以上を室内で過ごしていると言っても過言ではない。長らく季節というものを肌で感じていなかった。日付を確認しても何となく今は温かいだろうと感じるだけで季節すら他人事になりつつある。何よりこの施設は何処を通っても基本的に室温が暑くもなければ寒くもない丁度いい温度に設定されているから尚更だ。
作業部屋の場合は天井に空調設備が付いていて、時折椅子に凭れて天井を仰ぐ時に設備と天井の模様の境目をぼんやりと眺めることがあった。こんなアルバイトの為に取り付けるには勿体ないほど質の良いものだ。
音が殆どしない。こんなものは学校や病院にすらない──このようにしてアキは今日も暇な時間を天井を眺めることで気を紛らわせていた。環は当然何も言わない。彼は彼で明後日の方向を見つめているばかりでアキにはこれっぽちも関心を持っていない様子である。
交わらない視線、然しながらどちらも近しい感情を抱いているであろう午後。
二人の退屈を割くようにしてベルトコンベヤが作動する。その時──作業部屋に吹くはずのない温かな風が草の匂いを伴って吹き込んできた。
「うわっ!突然部屋の中がポカポカしてきてませんか?ここ窓無いのに風が吹いてますし。徐々に気温が上がって蒸し殺されるとか御免ですよ」
「落ち着け。これには覚えがある」
すんすんと鼻を鳴らしているアキの傍を通り抜け、環は先にベルトコンベヤの前に立った。彼女には見覚えが無いのかもしれないが環はそれを知っていた。
自分が知っている物が流れてきた時の安心感といったらない──ベルトコンベヤの上には何の変哲もない白い箱、子供が学校で使うような平べったい筆箱のような箱が開封された状態で置かれているだけである。アキは躊躇いなく箱に近付いていく環の様子を横目に彼の背後に隠れるようにして近付いた。
「この国には四季を管理する区域が存在する」
「文字通り……春夏秋冬のことですよね?」
「そうだ。ある一定の区間の中で四季がローテーションすると言えばいいか。何日から春になるから、といった予定が予め決まっている土地が存在する」
「それは便利だと思いますけど……」
アキのはまだ目の前の箱と環の講義内容が結びつかないでいた。
地理の勉強を人並み程度にしかしてこなかった弊害であろうか──社会科の図録にそんな地域の事が書いてあったかもしれない。然しながらこの国において、区が十個も離れればそれはもう外国同然である。知らなくても問題はなかった。
もしかしたら彼はここで働く以前は世界中を飛び回るような仕事をしていたのかもしれない……そう考える事は初めてではないが、彼の性格を考えるにどうもそこまでアクティブな人間に見えないというのがアキの正直な意見である。
「これはそこの商品だ。多分開けたばかりだからしばらく保つ」
「えっ!この夏っぽい気温……一時的に夏になったってことでいいんですか?」
「魔法でも使える人間がいれば別だろうが、そこの商品だと考える方が自然だろうな。多分高いぞ。一時間でいくらだったか」
「待って、待って……」
腕を組み、アキを置いてけぼりにして話を続ける環にアキは待ったをかける。
こうしてアキに止められるというのは珍しいことだ。普段饒舌になるのはアキの方で、環は制止されて漸く受講生が置き去りになっていることに気が付いた。何だかんだ普段は相槌を打ち、分からないなりに話を合わせてくるアキにも限度があるらしい。
自分は何処まで話をしたか……環は綺麗に開封された箱に視点を落とす。そして軽く息を吸った後、環は彼なりに順を追ってこの箱について話した。
環によればこうだ――ある地域には四季がローテーションする土地があるという。一般的な季節の巡りではなく日にちという括りでキッカリ季節が入れ替わる。季節を金銭で売買することが可能で、富裕層は自らの土地を暮らしやすい春や秋といった気候に固定して暮らしているのだという。そうした力の一部がこの箱であり、外部の人間であっても嗜好品として手に入れることが出来るのだそうだ。
とはいえ高級品で、環はこれが開封されたばかりの状態で届いたことに疑問を抱いているらしい。時には贈答品、また時には防災用品として扱われることもあるという。とにかくこのように雑に使うような代物ではないというのだ。
アキは彼の説明を大方理解出来たものの、彼の話を聞き終えて抱いた感想は全く異なるもので合った。
「その理屈だと金持ちはみんな春とか秋を買いませんかね。たまには寒いのもいいなって冬を買うことも有るかもしれないですけど。その場合特定の季節の値段が跳ね上がるんですか?そもそも季節に限りがあるのかなって」
「元々の流れに逆らうんだからどれも高額ではあるが、金を出せるなら死ぬまで街一つ春にすることも可能だろうな」
「それ皺寄せとかないんでしょうか?」
アキの問いに環は一瞬表情を曇らせた。
ここまでの情報であれば金さえあれば何人でも何年でも季節を買うことは出来る。季節はどれも高額で……彼の言葉だけを判断材料にするのであれば値段が変動することは早々無いのだと思う。億万長者にしか手が出せないような値段設定になっているのかと考えては見たものの、目の前に空いた箱があると必ずしもお目に懸かれない代物とも思えなかった。
「先ほど季節は巡ると言ったな。それは街に限った話だ。本来季節なんてものは明確な境目が無いもので、更にそこに個人の都合で季節が切り貼りされたら」
「ああ、捨てられた季節は何処に行くんだって話になりますね……」
「旅行するなら必ず旅行会社のツアーに参加することが推奨されている」
要らない知識がまた一つ増えてしまった。
行かない場所の知らなくていい事情を知ってしまった──聞いたのは自分だけど、普段にも増してよく喋る環にも責任が有るだろう。
猛暑や厳冬が続くのか、夏と秋を繰り返すのか……或いは異常気象に見舞われ続けるのか。想像の余地はいくらでもあるのだが、環の口振りから察するに到底良い状態ではないのであろう。それでもこうして他所の話を聞かされた時、アキが思うことは自らが地元に恵まれていたということであった。
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