第3話 かわいい相棒 ラズリー
ピアース氏はフィアーに依頼を受けてもらえるよう、深くお辞儀をした。
フィアーは眉を持ち上げながら、悪いことを思いついたヤンキーのような笑顔を見せる。
「俺は、世界一の名探偵です。このフィアー・フライにお任せあれ。全ての事件を、簡単に解き明かして見せましょう!」
「おお、それは心強い話です!」
ピアース氏は喜び勇んで、フィアーと握手を交わした。自信過剰なフィアーの態度を成果の現れだと勘違いし、ピアース氏は依頼料を多めに支払うことも約束する。
簡単な手続きが終わり、ピアース氏が帰り支度をしようとしたところ、アパートの階下からドタドタと誰かが駆け上がってくる音が聞こえた。
ドアがきぃと開き、1人の少女が入ってきた。
背は少し低くて可愛らしく、片手には学校カバン、片手にはルイシャム駅前で買ったアップルパイが握られている。
彼女は来客があることに気がつくと、さっと顔を赤らめて、おやつを背中に隠した。
「あっ、ごめんなさい。依頼人さんが来ているとは思わなくて」
ピアース氏は突然現れた少女にほほ笑みかけ、お辞儀をしてから言った。
「お邪魔しております。可愛らしい方ですね。フィアーさんの妹さんですか?」
「えと……私とフィアーは……」
「ただの知り合いです。それ以上のものではありません」
フィアーは少女の言葉を無理やり切ると、彼女に向けて指示を飛ばした。
「おい、ラズリー。客が来ているんだ。突っ立ってないで、さっさとこっちに来い」
「はぁい。ちょっと待ってね」
ラズリーと呼ばれた少女は、ピアース氏に断りを入れてから、事務所脇の小さな部屋に入る。彼女はカバンとおやつを自分の机に置くと、小走りで戻ってくる。
だが我慢が出来なかったのか、くちびるにはアップルジャムが付いていた。
ラズリーは顔を真っ赤にしながらハンカチで口元を拭うと、ピアース氏の隣に立ち、身をかがめて一礼した。
「ラズベリー・マローと申します。ようこそ当探偵事務所へ!」
「どうも、ご丁寧に。弁護士のピアースと申します。おや、フィアーさんとは苗字が違いますね。2人はどういう関係ですか?」
ラズリーはチラリとフィアーの様子を覗き見てから、少し照れくさそうに返事をした。
「ただの知り合い――まあ、幼馴染ですね。進学を期に、私は当事務所の端っこを間借りすることになったんです。ただし、フィアーの探偵仕事を手伝うのが条件になっています」
「そういうことでしたか。働き者でいいですね」
ピアース氏もお辞儀をして返すと、フィアーへ手のひらを向けながら言った。
「本日は、世界一の名探偵のフィアーさんに、大食いの依頼をお願いしたところです」
「世界一の名探偵? フィアーが、ですか?」
ピアース氏の言葉を聞いたラズリーは、怪訝な表情を浮かべて彼とフィアーを交互に見やる。
少し間があってから、彼女は首と手を激しく振って言った。
「そんなわけないですよ! だってまだルイシャム一の名探偵なんですから!」
「そうなのですか? いやしかし……、新聞ではフィアーさんの記事が出ておりましたよ」
「立派に見えるのは、フィアーが新聞記者に自分を持ち上げる記事を書かせているからなんです。開業して今年でまだ3年目ですからね。フィアーってば、欲深いし、虚栄心は強いし、嘘つきだし……」
フィアーは空ビンをチリンチリン鳴らして、ラズリーの言葉をぶった切った。堂々と胸を張り、今日一番の演技を加えて説明する。
「嘘つきなのは、この小娘のことです。俺は断じて嘘つきじゃない。ルイシャム一の名探偵なのは、れっきとした事実ですからね。世界一になるためには、あとほんの少々、経歴を盛るだけでいけるでしょう」
ほらね、嘘つきでしょう? と言わんばかりに、ラズリーはピアース氏にほほ笑みかけた。その瞬間、彼女の額にフィアーが丸めた紙くずが飛んでくる。
「事件を解決すれば、実績が1つ増え、盛った経歴を1つ減らせる。これを繰り返せば、近い内に世界一の名探偵になれること間違いなし! ということで、本事件を有効活用させてもらいますよ。ピアース先生!」
弁護士ピアースは2人のやり取りに苦笑したが、それきりこの話をやめることにした。
彼自身、他の探偵事務所にもかけあってみたのだが、下らない案件だということで一蹴されたのである。こんな変わった内容でも依頼を受けてくれるフィアーの姿勢を、内心気に入っていたのだ。
ピアース氏は、ラズリーのために一連の出来事をもう一度説明した。彼女は注意深く話を聞き入り、ピアース氏の隣にそっと腰掛けた。
「なるほど。私にもわかりました。大食いレストランの謎を解いてきてほしいってことですね」
「その通りです。ああ、そうだ。せっかくですし、ラズベリーさんも行ってみてはどうでしょう。だまし絵って知ってますか?」
「もちろんです。百科事典で昔読みました。でも、本物はまだ見たことがないんですよね。……ねえ、フィアー。私も一緒に連れてってよ」
「ああ。役立たずの小娘を連れて行ってもいいですか、と後でレストランに聞いてみよう」
ラズリーは頬をふくらませてそっぽを向いたが、フィアーはわれ関せずとばかりに適当にあしらった。
立ち上がってピアース氏のコートを手に取り、無造作に彼に手渡す。ピアース氏のために玄関を静かに開けると、かかとを付けて一礼した。
「世界一の名探偵にお任せあれ! 必ずや吉報をお持ちしましょう!」
「どうぞよろしくお願いします。そうだ、私の名刺をお渡ししておきますね。何かありましたら、こちらにご連絡を。誰かが私の事務所にいるはずです」
ピアース氏は弁護士特有の悠々とした所作で一礼し、靴音を鳴らしながら事務所から出ていった。
残されたパンフレットを見ながら、フィアーはトロンプ・ルイユへ電話をかけた。
いくつかのやり取りがあったのち、彼は大音を鳴らしながら受話器を戻した。そのままの姿勢で、ラズリーにサムズアップする。
「ちょうど来週の日曜日が空いてるってよ。手伝いのために、俺と同行しろ」
「やったね! 言われなくても、くっついていく気だったけど」
「まずはルイシャム駅に行って、クローリー行きのチケットを2枚買ってきてくれ。依頼料はピアース先生からたっぷりせしめておいた。金は金庫にあるから、持っていって良いぞ」
気前のいいフィアーを不審に思い、彼女は肩をすくめて声色を低くする。
「どうせ依頼人さんにもあることないこと言って、依頼料を不当に釣り上げたんでしょう? フィアーってば、やっぱり探偵というより詐欺師の方が似合ってると思う」
「詐欺師は廃業だ。これからは探偵の時代だ。まあ見てなって。トロンプ・ルイユの謎ごとき、俺様が一瞬で解決してやるよ」
「一瞬で解決したことなんて、あったかなあ?」
ラズリーは呆れたように両手を広げると、金庫から現金をいくらか取り出し、チケットを買うべくルイシャム駅へと走っていった。
◇ ◇ ◇
さて吉日。
フィアーとラズリーは地下鉄と列車を2時間あまり乗り継いでクローリー駅に到着した。
クローリー市は緑豊かな田園地帯であり、物静かな一方で目を引くものは何もない。唯一の見どころは町の西部にある大きな公園であり、周辺都市の住民が昼下がりの散歩を楽しんでいる。
2人は町の中心部から背を向け南に行くと、トロンプ・ルイユがあるという小高い山を登り始めた。
坂道はかなり急であり、2人の体からはじんわりと汗がにじむ。鳥のさえずりや木々のざわめき、ときおり吹く涼しい風が山登りの清涼剤となっていた。
ラズリーはすっと深呼吸し、胸いっぱいに自然を取り込んで言った。
「ああ、空気が美味しい! ロンドンとは全然違うね」
「ロンドンの空気は汚いと有名だからな。コーンウォールから越して以来、鼻毛がすっかり伸びてしまった。が、あれでもヴィクトリア時代よりずっとマシになったらしい」
「まあ、私たちの地元も田舎だからね……」
「しかしだ、朝飯を抜いてきたのは失敗だったかもしれない。道中が山道だと、どうしてピアース先生は教えてくれなかったんだ? このままじゃあ、到着前にぶっ倒れるぞ」
「その時は、フィアーを置いて先に帰るからね!」
などと互いをいじり合いながら、早20分。ようやく山の終わりが見えてきた。
光が差し、トロンプ・ルイユの敷地へとたどり着いた途端、2人はその奇天烈さに度肝を抜かれることとなった。
トロンプ・ルイユは、まるで万国博覧会を凝縮したような世界になっていた。
まず目に入るのは、広場の入口を固める古代ローマ風の石像である。歩道に沿って石像が年代別に並べられており、奥には、万里の長城風の外壁で囲まれたギリシャ神殿があった。
入口へとつなぐ階段にはペルシャじゅうたんが敷かれており、扉は北欧を模した木目調のドアであった。
頂上にはモスク風の建物があり、こちらは倉庫として使われているようであった。
ラズリーは思わず広場の真ん中まで走り出し、両手を広げてくるくると舞った。
「なにこれ、すごい! 遊園地みたい!」
フィアーはポケットからパンフレットを取り出すと、目を皿のようにしながら紙面と現実を比較する。
「不思議と魅惑の世界。パンフレットに偽りなし。こんな田舎にこんなものがあるとは思わなかったな」
2人は別れて各々歩き回る。
ラズリーが少し先に最奥のレストランに到着し、階段の下から建物全体を眺めた。レストランと言うよりは美術館に近い建物が、堂々と彼女を見下ろしている。
と、都合よく扉が開き、数人の客がすれ違いに出てきた。お酒を飲んでいたのか、彼らは陽気に歌いながら山道を降りていった。
ふとラズリーは、店内から1人の男が顔をのぞかせていることに気がついた。
フランス宮廷風のロココなコックコートを身に着けており、腹にはたっぷり脂肪がついている。階段の上からじっとラズリーをにらみつけると、彼は低い声を響かせて言った。
「ご予約のお客様か?」
「はい、そうです」
「お嬢さんのお名前は、フィアー・フライであるか?」
「いいえ。フィアー・フライは……あそこで石像と次々に握手をしている男です」
コックコートの男は顔をぐいと前にずらしてフィアーを見やった。フィアーも男の視線に気がついたのか、ゆっくりと玄関先まで歩いてくる。フィアーが到着するやいなや、男はまたもや同じ質問をした。
「君のほうが、ご予約のお客様か?」
「ああ、大食いをしにきたフィアー・フライだ。ルイシャムからわざわざ来てやったぞ」
「ご苦労。……おや? 君が手にしているのは、ペリエの瓶ソーダではないか?」
突然、手元の瓶ソーダの話を振られ、フィアーは質問の意味がわからないといった調子で、怪訝そうに空瓶を持ち上げた。
「これか? ああ、たしかにペリエの瓶ソーダだ。ところで、俺に水を一杯わけてくれないか? 山登りの途中で、炭酸水を全部飲んでしまったんだ。喉が渇いて、今すぐ死にそうだ」
男はフィアーの頼みをスルーし、さらなる質問をする。
「君の好みは、ペリエの瓶ソーダ750mlタイプであるか?」
「分量の話か? ああ、そうだ。このボトルを毎日5本飲んでいるぞ。飲まなきゃやる気がまるで出ないからな。頼む、そろそろ俺に一杯の水を……」
「それは都合が良い」
フィアーは男のセリフが理解できないとばかりに、肩をすくめた。が、目の前の男は階段の上からフィアーをジロリと睨みつけて言った。
「私はガストロノミーの探求者であり、食事に関する探偵でもある。ゆえに、1つの食材から、君という人間を言い当ててみせよう」
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